法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題33 「ナンパ仲間の暴走」 解答例

解答例

1 甲が、衣類に火をつけ、Dマンション204号室の壁付近に投げつけ、同室の壁を焼損させた行為について、現住建造物放火罪(108条)は成立せず、何らの犯罪も成立しない。

2 Dマンション204号室は「現に人がいない」が、「現に人が住居に使用」しているため、現住建造物にあたる。

(1) 甲の上記行為時、ABはさらなる性暴力のターゲットを物色しに町中に出かけていっており、204号室にいなかった。また、Cもタバコを買いに外出しており、204号室にいなかった。したがって、204号室には行為者甲以外の他人がおらず「現に人がいな」かった。

(2) 204号室は、友人を止まらせたり、略取してきた女性に性的暴力を働いたりするのに使っているにすぎず、現に人の起臥寝食の場所として日常使用せらるる建造物たる「住居」にあたらない。しかし、本件行為はマンションという部屋が集合している建物でなされており、それぞれ各室に物理的・構造的一体性が認められ、全体として現住建造物にあたる。

  ア 108条が特に重く処罰される趣旨は、公共の危険及び住居権者や現在する者に対する生命・身体の危険という二重の抽象的危険犯的性格にある。

    そこで、現住性を有する建造物と、放火された建造物が物理的・構造的一体性を有する場合には、現住性が認められると考える。

  イ 本件では、Dマンションは、鉄筋コンクリートという燃えにくい性質の材質でできた3階建てのマンションで、耐火構造の集合住宅であるところ、Dマンションの各室について構造的一体性が否定されるとも思える。しかし、Dマンションは各階に5室ずつ合計15室に2LDKタイプの部屋が並んでいる。各室の南側には幅1メートルのベランダが設けられ、北側には、幅1.3メートルの外廊下が玄関前に通じ、西側端には、1階から屋上まで幅2メートルの外階段が設置されており、これが各自の外廊下に接続し、各室への出入りができる構造になっていた。同マンションは全体として一体の構造を有したマンションであるといえる、また、外廊下に面した各室の北川には風呂釜の換気口が突出しており、南側ベランダの隣室との境は金属板で簡易なしきりがなされているだけで、いったん内部家裁が発生すれば、新建材の燃焼による有毒ガスなどがたちまち上階あるいは左右の他の部屋に侵入するおそれは否定できず、火勢が他の部屋に及ぶおそれが絶対にないとはいえない構造であったのである。以上にかんがみれば、Dマンションは全体として物理的・構造的一体性を有する。

  ウ したがって、現住性が認められる。

3 上記行為は、燃焼惹起行為たる「放火」にあたる。衣類を離れて同室の一部約1.8平方メートルについて独立して燃焼継続し、「焼損」した。

4 甲は、上記行為時にCが204号室に存在していると誤信しているものの、Dマンションの現住性については認識・認容して上記行為に及んでいるはずであるから、現住建造物放火罪の故意(38条1項)が認められる。

5 甲の上記行為に緊急避難(37条1項本文)が成立せず、違法性は阻却されない。

(1) 甲は、ABCにわいせつ目的でDマンションに連れ込まれており、自己の身体及び移動の自由について法益侵害が現在しているため、「自己」の「身体」について、法益侵害が切迫し、「現在の危難」が認められる。また、ABが戻ってくれば、甲はわいせつ行為を受けることが必至であるため、自己の性的安全についての法益侵害も切迫しているため、この点からも「現在の危難」が認められる。

(2) 「やむを得ずにした」行為とは、より侵害性の低い行為が他に存在しないことをいう[1]。本件では、甲の上記行為時、見張り役のCはタバコを買いに外出していたのであるから、玄関から逃げることが不可能でなかった。以上にかんがみれば、より侵害性の低い行為が他に存在したといえる。したがって、「やむを得ずにした」行為とはいえない。

(3) したがって、緊急避難は成立せず、違法性は阻却されない。

6 もっとも、甲の主観においては、Cは見張り役をしていたと誤信しており、緊急避難が成立するため、責任故意を欠き、責任が阻却される。

 ア 故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難にあるところ、規範は構成要件という形で一般国民に与えられており、違法性阻却事由も規範たり得る。そこで、主観的に認識していた事実を基礎にすれば緊急避難が成立する場合には責任故意が阻却されると考える。

 イ 前述のとおり、甲の身体の自由及び性的安全という「自己」の「身体」について「現在の危難」が認められる。

ウ 甲の主観においては、Cは玄関前で見張りをしていたため、玄関から逃げ出そうとすればCに捕まり酷い目に遭う蓋然性が高く、かかる選択肢は採り得ない。また、南側ベランダから逃げようとすると地上に飛び降りた際に骨折などの重傷を負うおそれがあるため、かかる選択肢も採れない。そして、隣室とのしきりは意外に頑丈にできており、破ることが不可能であったため、隣室から逃げることも不可能である。以上にかんがみれば、甲の主観においては、火災騒ぎを起こして、その隙に逃げる他のより侵害性の低い行為が存在しなかった。したがって、甲の上記行為は「やむを得ずにした」行為といえる。

エ 甲の行為によって生じた害は、現住建造物放火罪という重大な犯罪ではあるが、実際に生じた法益侵害は204号室の壁の一部が焼損したにすぎず、侵害の程度は軽微である。これに対して、甲の避けようとした害は、強制性交罪(177条)という甲の身体及び性的安全に対する害及び、逮捕、監禁の罪による身体及び移動の自由であるところ、法益侵害性は非常に高い。以上にかんがみれば、法益権衡が認められ、「これによって……超えなかった」にあたる。

オ したがって、甲の主観を基礎とすれば緊急避難が成立するため、責任故意が阻却される。

7 よって、甲の上記行為に何らの犯罪も成立しない。

以上

 

[1] 山口青本・78頁参照。