法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題2 「D子は見ていた」 解答例

解答例

1 甲が、A所有の財布(以下「本件財布」という。)を持ち去った行為に占有離脱物横領罪(刑法254条(以下法名略。))が成立する。

(1) 本件財布はA所有の財布であり「他人の物」にあたる。

(2) 本件財布は、Bの6階ベンチに置き忘れており、A及びその他の者の「占有を離れた」といえる。

  ア 占有とは事実上の支配[1]をいうところ、行為時点における客観的な占有事実及び占有意思の観点から社会通念に照らして判断する。

  イ Aの占有の存否

    本件では、甲の上記行為時、Aは本件財布を置き忘れた6階から地下1階までエスカレーターで行っていた。6階から地下1階までのエスカレーターによる所要時間は約2分20秒であり、Aが甲の上記行為時に存在した場所から本件財布を取り戻すためには最大2分20秒かかることを意味している。また、6階と地下1階では、Aがおよそ本件財布を視認できない状況に至っている。以上にかんがみれば、Aが本件財布の置き忘れに気づいた段階で直ちに財物の直接的支配を回復する状況にはなく、既にAによる事実上の支配は失われたといえる[2]。したがって、本件財布がAの占有にあるとはいえない。

  ウ Bの占有[3]

    本件犯行現場はスーパーマーケットBの建物内である。スーパーマーケットのように人の出入りが多く想定された場所においては、そこに存在する財物についてその場所の管理権者の閉鎖的・排他的な支配があるとは到底いえないため、AがBのベンチに置き忘れた財布についてBの事実上の支配があるということはできない。したがって、本件財布がBの占有にあるともいえない。

  エ Dの占有

    Dは本件財布をAが置き忘れた時点から注視しており、かかる点で事実上の支配があるとも思える。しかし、Dは一度も占有を確保しているわけではなく、単に注視していたことのみをもって第三者の占有していた財物について事実上の支配を開始したということはできない。したがって、本件財布に対するDの占有も認められない。

  オ よって、本件財布は「占有を離れた」他人の物である。

(3) 後述のとおり、甲は本件財布の中にあったA名義のクレジットカードを利用して食料品や高級ワインを購入しているところ、甲には上記行為時点、権利者Aを排除し、本件財布を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用処分する不法領得の意思があるといえ、上記行為はその発現行為たる「横領」行為にあたる。

(4) 甲は、本件財布がベンチから3メートルほどの距離にあるタバコの自動販売機でタバコを購入しようとしているCの所有物であると誤信しているものの、占有離脱物横領罪の故意(38条1項)が認められる。

  ア 故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難にあるところ、主観的に成立する犯罪と客観的に成立する犯罪が同一の規範たる構成要件内で符合している限り、故意が認められる。また、異なる場合でも、構成要件が実質的に重なり合う限度で規範的障害を克服したといえ、軽い罪の故意が認められる。

  イ 本件では、客観的にはA所有の財布に対する占有離脱物横領罪が成立する。これに対して、甲の主観的には、本件財布はC所有の財布であり、Cは本件財布から3メートルの場所にいるところ、本件財布について事実上の支配を及ぼしているといえ、Cの占有にある。したがって、Cの財布に対する窃盗罪(235条)が成立する。窃盗罪の保護法益は占有にあるとされるが、これは242条の解釈の問題であって、窃盗罪はその背後にある所有権も保護しているといえる。したがって、窃盗罪と占有離脱物横領罪は所有権の限度で保護法益が共通している。また、行為態様も領得行為である点で共通している。以上にかんがみれば、両者は占有離脱物横領罪の限度で実質的な重なり合いが認められると考える[4]

    また、客観的には被害客体はAの財布であるのに対し甲の主観的にはCの財布であるが、およそ人の財物に対する占有離脱物横領罪という点で、同一構成要件内で符合している。

  ウ したがって、甲に故意が認められる。

(5) よって、甲の上記行為に占有離脱物横領罪が成立する。なお、一般人の認識において本件財布がCの所有であると認識し得るとはいえない以上、不能犯が成立し、窃盗未遂罪(243条、235条)は成立しない[5]

2 甲がA名義の本件クレジットカードを呈示して、食料品や高級ワインなど1万2000円相当の商品を購入した行為に、Bに対する詐欺罪(246条1項)が成立する。

(1) 食料品や高級ワインはDたる他人の「財物」にあたる。

(2) 甲の上記行為は、挙動による欺罔として「人を欺」く行為にあたる。

  ア 「人を欺」く行為とは、①財産交付の判断の基礎となる重要な事項を②偽る行為をいう。

イ 本件では、甲はFに対し明示的な欺罔行為をしていない。しかし、通常商品購入段階において、クレジットカードを呈示することは、立替払いによって支払う意思表示であるところ、他人名義のクレジットカードを呈示することは、支払能力・支払意思がないにも関わらずそれがあるかのように装って購入する意思表示をするものであり、挙動による欺罔が認められる[6](②充足)。また、買主が支払能力・支払意思を有するか否かは、クレジットカード取引の維持の観点からして、加盟店にとって取引通念上重要な事項である[7](①充足)。

ウ したがって、甲の上記行為は「人を欺」く行為にあたる。

(3) 甲の上記行為によって、本件商品の処分権を有するFは錯誤に陥り、それによって財物の占有を甲に移転し「交付」している。

(4) よって、甲の上記行為に詐欺罪が成立する。

3 甲が、「行使の目的」で、売上伝票という「義務」「に関する文書」にAと署名を行い、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽り「偽造」した[8]行為に私文書偽造罪が成立する。

4 甲が偽造文書である上記売上伝票を真正な文書としてFに交付し「行使」した[9]行為に、偽造私文書行使罪が成立する。

5 以上より、甲の一連の行為に、①占有離脱物横領罪②詐欺罪③私文書偽造罪③偽造私文書行使罪が成立し、③④は目的手段の関係にあり牽連犯となり[10]、また、④②も目的手段の関係にあるといえ牽連犯となる[11]。①と②③④は併合罪(45条)となる。

以上

 

[1] 山口青本・280頁参照。

[2] 東京高判平成3年4月1日参照。エスカレーターで2分20秒の移動を要することが重視されて、占有が否定されている。

[3] 旅館のトイレにカメラを置き忘れた場合に、旅館主にカメラの占有があるとした判例(大判大正8年4月4日参照)と、鉄道列車内に乗客が遺留した毛布について鉄道乗務係員の占有が否定された判例(大判大正15年11月2日参照)のどちらの判例の射程が及ぶか。メルクマールは、当該場所について管理者の支配の閉鎖性・排他性の存否にある。橋爪連載(各論)・第1階82頁参照。

[4] 橋爪連載(総論)・第5回107頁参照。

[5] 似たように不能犯が問題となるものとして、平成30年度慶應ロー入試刑法参照。

[6] 橋爪連載(各論)・第8回98頁参照。

[7] 橋爪連載(各論)・第8回99頁参照。

[8] 山口青本・394頁参照。

[9] 山口青本・403頁参照。

[10] 大判昭和7年7月20日参照。

[11] 大判明治44年11月10日参照。