法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題14 「燃え移った炎」 解答例

解答例

【解答例】

第1 共同正犯

 1 甲乙丙が、共同してトーチランプの炎が消火しているかを確認することなくトーチランプのそばを立ち去った行為について、業務上失火罪の共同正犯(60条、117条の2)は成立しない。

 2 過失犯に共同正犯は成立しない。

 (1) 共同正犯の一部実行全部責任の根拠は、各犯罪者が役割分担を通じて犯罪達成のために重要な役割を果たした点にあるところ、共同実行の意思が必要である。過失犯の場合、上記のような主観的な共同意思が存在しない以上、一部実行全部責任の根拠がない。

    そこで、過失犯の共同正犯は成立しないと考える[1]

 (2) 本件は、過失犯の共同正犯が問題となっている。確かに、東京地判平成4年1月23日は、過失犯の共同正犯を認めている。しかし、かかる同判例は、社会生活上危険かつ重大な結果の発生することが予想される場合について過失犯の共同正犯を認めている。このような場合には共同正犯を認めなくても過失犯の単独正犯が認められ、かつそれで足りるため、何らの問題もない。

 3 よって、過失犯の共同正犯は成立しない。

第2 単独正犯

 1 甲、乙、及び丙の上記行為について、業務上失火罪(117条の2)の単独正犯も成立しない。

 2 甲乙及び丙は、A社の作業員として通信ケーブルの断線探索作業を行うにあたってトーチランプを使用しているところ、職務として火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位[2]たる「業務」にあたる。

 3 甲乙及び丙は、自己及び共同作業者のトーチランプの炎が布製防護シートに着火し火災が発生する危険を予見することができたにもかかわらず、トーチランプの炎が確実に消化しているか否かについて確認することなくその場を立ち去っているところ、「必要な注意を怠った」といえる。

 (1) 過失とは、予見可能性を前提とした注意義務違反をいう。

 (2) 本件では、前述のとおり、法益侵害の危険性が認められる。また、本件では、トーチランプの炎が布製防護シートに着火するという危険は、社会生活上危険かつ重大な結果を発生する危険であるところ、このような危険性については誰にでも予見可能であるため、甲乙及び丙はそれぞれ、自己及び他の者のトーチランプの炎が消火しているかどうかについて確認する義務を負うと考える。それにも関わらず、甲乙及び丙はかかる義務を履行していない。

 (3) したがって、甲乙及び丙は「必要な注意を怠った」といえる。

 4 本件では、防護シート及び通信ケーブルに炎が引火し「焼損」している。また、甲乙及び丙は、単独でも上記注意義務を履行していればかかる結果発生を回避できたことが合理的疑いを超える程度に確実であるところ、甲乙及び丙の注意義務違反と結果発生との間にそれぞれ因果関係が認められる。

 5 通信ケーブルは「建造物」(108条、109条)にあたらないため、「公共の危険」(117条の2、116条2項)の発生が必要であるが、本件では、「公共の危険」の発生が認められない。

 (1) 「公共の危険」とは、不特定又は多数の人の生命、身体又は建造物等以外の財産に対する危険[3]をいう。

 (2) 本件では、確かに火災から大量に発生した煙によって東都電話局局舎の職員をはじめ周りの建物いた多くの人々が一時対比する騒ぎとなっているところ、かかる煙による周辺住民の生命・身体に対する危険性をもって、公共の危険が発生したといえるとも思える[4]。しかし、焼損の概念について有毒ガスの発生による不特定多数の人の生命、身体に対する危険が生じただけでは足りないとしているのは、放火罪の保護法益である公共の危険を火が燃え広がることによる危険性に限定しているからと考えられ、そうだとすれば、公共の危険についてもそのような火が燃え広がることによる危険に限定すべきであると考える[5]。そして、本件では火災による延焼の危険はなかった。

 (3) したがって「公共の危険」が生じたとはいえない。

 5 よって、甲乙及び丙は業務上失火罪の単独正犯も成立せず、何らの犯罪も成立しない。

以上

 

[1] 井田総論・475頁以下参照。

[2] 山口青本・376頁参照。

[3] 最決平成15年4月14日参照。

[4] 同書解説参照。橋爪連載(各論)・第21回105頁も、直接的ではないが、「火災の熱やガスによって直接、周辺の住民の生命・身体に危険が及ぶ場合も十分に考えられるから」と述べているところ、煙による生命・身体に対する危険でも公共の危険にあたると考えているものと思われる。

[5] 同書解説参照。