法律解釈の手筋

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一橋ロー入試 平成31年度(2019年度) 民法(新規定対応) 解答例

解答例

第1 第1問 

1 BはDに対し、所有権に基づく返還請求としての甲土地返還請求をすることが考えられる。

2 X年9月1日、甲土地はBが所有していた。また、現在、Dは甲土地にファミリーレストラン経営のための駐車場設備を完成させ、乙建物を建設しているのであるから、甲土地を占有している。

3 これに対して、Dはまず、CがAから甲土地を買い受けており、これによってBが所有権を喪失した結果、上記請求は認められないと主張することが考えられる。

(1) Aは、Bの代理人ではないため、原則として無権代理として本人Bに効果帰属しない(113条1項)。

(2) 次に、表見代理によって、例外的にAC間売買契約がBに対して効果帰属しないか。

   ア AはBになりすましてCと甲土地の売買契約を締結しているところ、Aには基本代理権が認められないため、110条及び112条の適用はない。

  イ また、AはBになりすましている以上、BのCに対する代理権授与の表示もないため、109条の適用もない[1]

(3) さらに、Dは94条2項類推適用によって、Bは「第三者」Cに自己の所有権を対抗てきないと反論することが考えられるが、甲土地の所有権移転登記名義はAであった以上虚偽の外観が存在せず、同項の類推適用の基礎を欠く。

(4) したがって、Dの上記反論は認められない。

4 そうだとしても、Dは、次に、自己はC名義の甲土地所有権移転登記を信頼してDとの間で事業用定期賃貸借契約を締結しているところ、94条2項類推適用により、甲土地借地権をBに対し対抗することができる結果、甲土地の占有権原を有すると反論することが考えられる。

(1) まず、BD間には通謀が認められないため、94条2項の直接適用は認められない。

(2) もっとも、同条の趣旨は、虚偽の外観を作出した本人の犠牲の下にそれを信頼した第三者を保護する権利外観法理にある。そこで、①虚偽の外観が存在し②本人の帰責性が認められ③第三者を保護すべき事情が認められる場合には、94条2項が類推適用されると考える。

   本件では、確かにB所有の甲土地についてC名義の所有権移転登記が具備されており、虚偽の外観が存在する(①充足)。しかし、BはAがなりすまして行ったAC間の甲土地売買契約について知ることは出来なかった。また、BからCへの所有権移転登記がされてから、CD間で賃貸借契約が締結されるまでの期間は1か月しかなく、Aが虚偽の外観に気付くことはなかったといえる。そうだとすれば、Aが虚偽の外観の存在を知りながらあえて放置したといえるような事情[2]は存在しない[3](②不充足)。

   したがって、94条2項類推適用も認められない。

(3) よって、Dのかかる反論も認められない。

5 そうだとしても、Dは、さらに、仮に自己の権利が認められないとしても、駐車場整備費用を被保全債権として、かかる債権が弁済されるまで甲土地を留置するとの反論をすることが考えられる。

(1) まず、Dは前述のとおりB所有の甲土地を占有しており「他人の物」の「占有者」にあたる。

(2) 次に、Dは「弁済期」の到来した「債権」を有するか。駐車場整備費用について、Bに対する196条2項に基づく有益費償還請求が認められないか。

  ア 「有益費」とは、物の価値を増加させる費用をいう[4]

    本件では、甲土地の整地及び駐車場設備によって客観的に甲土地の価値を増加させたといえる。

    したがって、Dの駐車場設備に投下した費用は「有益費」にあたる[5]

  イ また、かかる「価値の増加」は、なお甲土地に「現存」している。

  ウ したがって、DのBに対する請求は認められる。

 (3) DのBに対する有益費償還請求権は甲土地に「関して生じた」ものといえる。

 (4) よって、Dのかかる反論は認められる。

 6 以上より、Bは甲土地の価値増加額又はBの甲土地への支出額のいずれかを選択して弁済した場合に、かかる請求が認められる。

第2 第2問 小問1

 1 まず、Aは自己は未成年であるとして、5条2項、120条1項に基づき契約の取消しを主張することが考えられる。

 (1) Aは17歳であるので、未成年である(4条)。また、Aは、Bとの間でした、外国製の万年筆(以下「本件万年筆」という。)を売買代金10万円で購入する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)について、法定代理人の同意を得ていない(5条1項本文)。そして、売買契約は買主も代金支払義務を負うため、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為とはいえない(5条1項但し書)。

 (2) もっとも、Aは、Bの「失礼ですが貴方のお年は?」との質問に対し、聞こえなかったフリをして無視しているところ、「詐術」(21条)にあたり、取消しが認められないのではないか。

   ア 同条の趣旨は、相手方保護にあるところ「詐術」とは、制限行為能力者が行為能力者であることを誤信させるため、相手方に対し積極的術策を用いた場合にかぎるものではなく、無能力者が、ふつうに人を欺くに足りる言動を用いて相手方の誤信を誘起し、または誤信を強めた場合をも包含すると考える。

   イ 本件では、AはBから「貴方のお年は?」と質問されたのに対して聞こえなかったフリをして無視しているにすぎない。そうだとすれば、Bの行動が相俟って相手方を誤信させ、または誤信を強めたということもいえない。

   ウ したがって、Bの上記行動は「詐術」にあたらない。

 (3) よって、Bのかかる主張は認められない。

 2 次に、AはBに対して本件売買契約を錯誤(95条1項2号、2項)により取り消すと主張することが考えられる。

 (1) 本件において、Aは本件万年筆を購入する意思で同万年筆を購入しているのであって、意思と表示に不一致はないため、表示錯誤(95条1項1号)にはあたらない。

 (2) 次に、基礎事情錯誤(95条1項2号)にあたるか。

ア 錯誤取消は、表意者から相手方へのリスク転嫁規定であるところ、表意者自身のリスクでなされるべき取引については、契約の「基礎とした事情」にあたらないと考える[6]

イ Aはいつも使っている万年筆を紛失してしまったと誤信していたために本件万年筆を購入しているが、紛失したと思っていた万年筆はAのベッドの下から見つかっている。しかし、このような事情は、自己のリスクによってなされるべきものである。

ウ したがって、上記事情は「基礎とした事情」にあたらない。

 (3) よって、Aのかかる主張も認められない。

第3 第2問 小問2

 1 前段について

 (1) 制限行為取消又は錯誤取消の主張が認められる場合、121条の2第1項により当事者は原状回復義務を負う。

 (2) まず、BはAから受け取った売買代金10万円を返還する義務を負う。

 (3) 次に、Aについては、Bから購入した本件万年筆が消失しているところ、いかなる義務を負うかであるが、121条の2第2項の反対解釈から、給付物の返還が不能であるときは、給付物の価額を返還しなければならない[7]。したがって、Bは本件万年筆の売買代金相当額である10万円の返還義務を負う。

 2 後段について

 (1) かかる場合、確かに買主Aに本件万年筆の消失について帰責事由が認められる。しかし、121条の2第1項は、双務契約の巻き戻し場面における不当利得場面であるところ、かかる場面では、返還の不能が帰責事由によっていたかどうかによって法的規律が異なることはない。

 (2) したがって、BはAから受け取った売買代金10万円を返還する義務を負い、AはBから購入した本件万年筆の売買代金相当額である10万円を返還する義務を負う。

以上

 

[1] 出題趣旨は、署名代理の形式がとられていたと構成することで109条適用の余地があるとするが、疑問である。

[2] 本人の帰責性を認めるためには、虚偽の外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合であることが必要である。最判2006(平成18)年2月23日民集60巻2号546頁参照。

[3] ここは、仮定的あてはめにとどめておくべきかもしれない。

[4] 佐久間・286頁。なお、佐久間自身は、物の扱いは所有者の自由である以上「利得の押しつけ」もできる限り避けるべきであるとして、「有益費」の定義を限定的に解する。佐久間によれば、①物の価値が増加したこと②それが行わなければ通常の利用にも支障をきたしかねないと認められることが必要であるとする。

[5] 佐久間説によると、そもそも駐車場設備は甲土地の通常の利用に支障を来すおそれがあったために投下された費用ではないため(②充足)、「有益費」にはあたらないということになると思われる。

[6] 平野裕之『新債権法の論点と解釈』(慶應義塾大学出版会、2019)26,32頁参照。

[7] 潮見佳男「売買契約の無効・取消しと不当利得(その1)」法教455号・94頁注(1)