法律解釈の手筋

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「ケースで考える債権法改正 第2回 錯誤」 (法学教室464号、2019年5月号・71頁)

第1 売買契約①について

1 AはBに対し、原状回復請求権に基づく金銭返還請求(121条の2)をすることが考えられる。

2 Aは、売買契約①は基礎事情錯誤(95条1項2号)があるとして、取消しの意思表示(120条2項)をすることが考えられる。

(1) Aは、主観では、売買契約①の目的物である甲が大島紬の反物であると誤信しているのに対し、客観的には甲は大島紬ではなかった。表示内容と効果意思の間に不一致はないものの、Aの主観と客観的事実の間には不一致があるため、「表意者」たるAが「法律行為の基礎とした事情」について錯誤が認められる。

(2) それでは、Aの上記錯誤に陥っていた基礎事情は「法律行為の基礎とされていることが表示」(95条2項)されていたか。

  ア 「法律行為の基礎とされていることが表示」の意義は、新たな合意主義の観点から、表示がされただけでなく、当事者間において法律行為の内容とされたことが必要であると考える。

  イ 本件では、甲は一般には5万円前後で購入できる「韓国大島」製であったのに対し、15万円の値段がついており、目的物と価額が釣り合っていない。それにもかかわらずAが甲を購入したのは、Bの従業員が「おおしまのものです」と一言添えており、甲が大島紬であると誤信したからである。Aは消費者であり、甲が本当に大島紬であるかどうかについて容易に知り得る立場にないのに対し、Bは呉服業者という専門業者であるため、情報収集の責任をBに転化することも認められる。

    以上にかんがみれば、売買契約①では、甲が大島紬であることが法律行為の内容とされたといえる。

  ウ したがって、Aの錯誤に陥った基礎事情は「法律行為の基礎とされていることが表示」されていた。

 (3) Aは甲が大島紬でないことが分かっていれば、甲を購入することはなかったといえ、Aの意思表示は「錯誤」に基づくものである。また、Aの錯誤に陥った基礎事情は法律行為の内容となっており「重要」性も認められる。

 (4) よって、Aの錯誤取消しの意思表示は認められる。

 3 以上より、Aのかかる請求は認められる。

第2 売買契約②について

 1 AはBに対し、原状回復請求権に基づく金銭返還請求(121条の2)をすることが考えられる。

 2 Aは、売買契約②は基礎事情錯誤(95条1項2号)があるとして、取消しの意思表示(120条2項)をすることが考えられる。

 (1) Aは、主観では、売買契約②の目的物である乙が『直江』作の訪問着であると誤信しているのに対し、客観的には乙は『直江』作ではなかった。表示内容と効果意思の間に不一致はないものの、Aの主観と客観的事実との間には不一致があるため、「表意者」たるAが「法律行為の基礎とした事情」について錯誤が認められる。

 (2) それでは、Aの上記錯誤に陥っていた基礎事情は「法律行為の基礎とされていることが表示」(95条2項)されていたか。前述の規範により判断する。

   ア 本件では、乙はそれなりに知名度のあるNOAE作の訪問着であり、購入価額の50万円程度の価額対で売れているものであったのであるから、目的物と価額は釣り合っている。NAOEもそれなりに知名度があって目的物と価額の釣り合いもとれていることにかんがみれば、Aが従業員の前で「なおえね」と呟いたとしても、『直江』ではなく「NAOE」を意味していると理解されても不思議ではなく、Aの呟き程度の表示によって、乙が『直江』作のものであるということが、売買契約②の法律行為の内容となっているとはいえない。

   イ したがって、乙の錯誤に陥った基礎事情について「法律行為の基礎とされていることが表示」されていたとはいえない。

 (3) よって、Aの錯誤取消しの意思表示は認められない。

 3 以上より、Aのかかる請求は認められない。

第3 売買契約③について

 1 AはBに対し、原状回復請求権に基づく金銭返還請求(121条の2)をすることが考えられる。

 2 Aは、売買契約①は表示錯誤(95条1項1号)があるとして、取消しの意思表示(120条2項)をすることが考えられる。

 (1) Aはカタログ番号No.11の丙帯を購入しようという効果意思を有していたのに対し、表示内容はカタログ番号No.7の丁帯を購入するという内容になっていた。したがって、Aには効果意思と表示内容の不一致があり「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」が認められる。

 (2) Aは丁帯であったら購入していなかったはずであるため、Aの意思表示は「錯誤に基づく」ものである。次に、確かにAの錯誤は帯というレベルでは目的物の同一性が認められる。しかし、帯というものは、通常デザインや質が重要なのであるから、丙帯を購入するつもりで丁帯を購入しているAの錯誤は、取引通念上「重要」であったといえる。

 (3) これに対して、BはAにはカタログ番号を誤記した点について「重大な過失」(95条3項柱書)が認められるため、錯誤取消しの意思表示は認められないと反論することが考えられる。

    通常、人がカタログ番号によって商品を購入する際は、目的物の同一性維持のために、購入番号に間違いがないかを再度よく確認するであろうし、消費者であってもこの程度の確認はすべきである。そうだとすれば、Aには、誤記がないかを確認しなければならない注意義務が認められる。それにもかかわらず、Aはこのような簡単な確認を怠っている以上、著しい注意義務違反が認められる。

    したがって、Aには上記錯誤に陥ったことについて「重大な過失」がある。

 (4) もっとも、Aは、BはAが錯誤に陥っていることについて「重大な過失によって知らなかった」(95条3項1号)といえ、Bの反論は認められない、と再反論することが考えられる。

     本件は、カタログ番号による注文ではあるものの、会場販売によるものであった。そうだとすれば、Bとしては購入の段階でカタログ番号の誤記について確認することが可能であり、かつ容易であったといえる。また、Bは呉服業者という専門業者である。さらに、着物は高価なものである以上、その売買については慎重な確認がなされるべきものであることにかんがみれば、Bには、契約締結の際、カタログ番号の誤記がないかについて購入者に確認するべき注意義務があったといえる。それにもかかわらず、このような簡単な確認を怠っているため、Bには著しい注意義務違反が認められる。

     したがって、BにはAの錯誤について「重大な過失によって知らなかった」といえる。

 (5) よって、Aの再反論が認められる結果、Bの反論は認められず、Aの錯誤取消しの意思表示は認められる。

 3 以上より、Aのかかる請求は認められる。

以上