法律解釈の手筋

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訴訟告知論の手筋

 

 

 

 

 

第1 訴訟告知(53条)の概論

 

 

 「訴訟の係属中、当事者から第三者たる利害関係に対して、訴訟が係属している旨を法定の方式によって通知すること」(高橋宏志『重点講義民事訴訟法・下[第2版補訂版]』(2014年 有斐閣))をいいます(53条)。

 訴訟告知は本訴に利害関係を有する第三者に対してすることができます。すなわち、補助参加だけでなく、独立当事者参加、共同訴訟参加のできる第三者に対してもできます。

 そして、訴訟告知があると、補助参加の利益があった者には、参加的効力が及びます(53条4項)(「参加することができた時」というのが、補助参加の利益のあったことを意味し、「参加したものとみなす」というのが、参加的効力が発生することを意味します。)。

 

 訴訟告知は、訴訟の存在を第三者に知らせることで、第三者に参加の機会を付与する制度であるといえます(被告知者の利益のための制度)。

 もっとも、第三者に参加の機会を付与するだけであれば、訴訟告知でなくとも、単に通知をすれば足りるはずです。わざわざ法定の訴訟告知など必要ないのです。以上からすれば、訴訟告知は、それによって参加的効力を生じさせるという告知者のための制度でもあるということができます(告知者の利益のための制度)。

 私見は、これを更に推し進めて訴訟告知は告知者の利益ための制度であると一元的に考えてもよいのではないかとも思っていますが、現状の通説は、上のような2つの側面が訴訟告知の制度趣旨と考えているということを押さえておけば足ります。

 

第2 訴訟告知の参加的効力の人的範囲

 

 

 訴訟告知においては、独立当事者参加のできる者にも訴訟告知をすることができますが、独立当事者参加では、参加的効力というものは想定されていません。そこで、通説は、訴訟告知の参加的効力の生じる人的範囲は、訴訟告知をすることができる者よりも狭いと考えております。

 すなわち、「訴訟告知によって参加的効力が生ずるのは、告知者と被告知者との間に告知者敗訴を直接の原因として求償または賠償関係が成立する実体関係がある場合」に限るとします(前掲重点講義・下 478頁)。 

 

 

第3 訴訟告知の人的範囲の疑問 (試論)

 

 

 ここは、私が抱いている疑問ですので、興味のない方は飛ばしてください。笑

 さて、通説の人的範囲の制限には、実際上意味があるのでしょうか?

 

 確かに、独立当事者参加、共同訴訟参加のできる者については参加的効力を及ぼすことは不当であるため、この限りで訴訟告知の参加的効力を限定的に解することは必要です。ここについては、ほぼ争いがないと思われます。

 が、この点は、元々条文上織り込み済みなのではないでしょうか。すなわち、53条4項は「第四十六条の適用については」との留保をつけているところ、参加的効力の及ぶ人的範囲を、そもそも補助参加の限度でしか認めていないはずです。そうだとすれば、独立当事者参加のなし得る第三者などを想定して参加的効力の及ぶ人的範囲を解釈で限定することは、不必要なのではないでしょうか。

 

 

 ただ、ひとつ問題なのは、通説がその限定を超えて、補助参加の利益がある者との関係でも参加的効力が及ばない者を想定していると思われる点です。

 

 例えば、債権者が主債務者を被告として主債務履行請求訴訟を提起した場合(以下【事例1】とします。)、通説は、保証人は主債務者に補助参加することができると考えております。

 しかし、上記の通説の定式に従えば、主債務者が保証人に訴訟告知をしても、参加的効力が生じないということになります。したがって、通説は、補助参加ができる者との関係でも、一定の場合には、参加的効力を否定しているとみることができます。

 

 が、この点についても、実際上の意味があるのか疑問です。例えば、事例1で主債務者が敗訴した場合、保証人に対して何らかの求償請求や賠償請求ができるわけではありません。そうだとすれば、ここで参加的効力を及ぼしたところで、何の意味もないのです。

 参加的効力は、被参加人と参加人の間の敗訴の共同負担にあるところ、求償関係・賠償関係などの実体関係がない者の間では、その意義を発揮しえないからです。敷衍すると、事例1で訴訟告知ではなく自発的に保証人が補助参加していったところで、その後に保証人が債務者から何らかの請求をされる可能性がない以上参加的効力を認める実益はないのです。

 以上からすれば、そもそも訴訟告知において参加的効力を補助参加よりも更に限定することは、実際上意味がないということができます。

 

※これを参加的効力の人的範囲の限定と説明するか、参加的効力を及ぼしても意味がないと説明するかは、もはや説明の違いにすぎないとも思われます。が、補助参加の場合に、事例1で参加的効力が保証人に及ばないと説明する学説は見当たらないところ、参加的効力は実際上の意味がなくても生じると通説は考えているのではないでしょうか。そうだとすれば、参加的効力の人的範囲を補助参加と訴訟告知で異なるように解釈するのはあまり説得的でないように思います。

 

 以上要するに、訴訟告知の参加的効力は、補助参加と同様に考えてよいのではないでしょうか。

 

 

第4 訴訟告知の実際と不都合

 

 

 関連して、面白い問題を取り上げたいと思います。

 

 債権者Aは借主Bに対して返済を迫ったが、Bは自分が借りたのではない、自分は仲介人にすぎないと主張して払わない。そこでAは、保証人Cに訴えを提起し、Cは求償権を保全するためにBに訴訟告知をした(以下【事例2】とします。)(前掲重点講義・下491頁の事例です)。なお、A及びCはBが主債務であることを争っておらず、Cが参加していっても、Cの主張と抵触するために、十分な訴訟活動ができない状況であったため、Cは何らの応答もしなかった。

 前訴請求認容判決後、CがBに対してする求償請求訴訟の後訴において、BはBのAに対する主債務の存在を争うことができるか。

 

 さて、上記の場合、後訴でBはCから求償請求を受ける地位にある以上、BC間に参加的効力が及びます(人的範囲)。また、主債務の存在は、前訴の判決主文を導くのに必要な理由中の判断ですので、参加的効力の客観的範囲内(参加的効力の客観的範囲の通説に従います。)ということができ、かかる事実に参加的効力が生じます。

 したがって、Bは後訴で主債務の存在を争えないといえます。

 

 

 が、井上説、高橋説は、ここで反対説を主張します。

 要約すると、こうです。

 確かに、Bは補助参加を成し得た。しかし、抵触行為が明らかであるにも関わらず、補助参加をせよというのは、自らの時間と費用をかけて補助参加をしなければならない被告知者に酷ではないか。そうだとすれば、告知を受けても応答せず放置するというBの行動は是認されるべきであり、すなわち、「被告知者の主観において、そのような実体関係にない場合」には、参加的効力は生じない(前掲重点講義・下 492~493頁参照)。

 

 被告知者の利益に配慮した魅力的な説ということができます。

 が、この説明は成功しているでしょうか。

 この説について、生じる疑問は、参加的効力の人的範囲の実体関係は主観で判断するものであったのか、ということであります。事例2においても、一般論としては、BはCの主債務者とされている以上、客観的には求償関係に立つ者であるはずです。そうだとすれば、上記通説の定式に従う限り、Bは参加的効力の人的範囲に含まれるといわざるを得ないのではないでしょうか。

 無論、私見のように通説のような限定をかけないとした場合でも、参加的効力がBに及ぶことは変わりありません。

 

 ここは、新堂説が説くように、何らの応答もしなかった場合には、参加的効力を受けるというのが人的範囲との関係では無難ではないでしょうか。すなわち、Bは補助参加をして主債務の不存在を主張し、Cと抵触する主張であることを明らかにすべきであった、ということになります。現在の通説ということができるかと思われます。

 

 

第5 46条2号類推適用説?(試論)

 

 

 以下の論考も、完全な私見ですので、興味のある方だけお読みください。笑

 

 もっとも、高橋教授・井上教授の説く問題点にはもっともなところがあります。補助参加は被参加人と共同関係に立つ制度のはずであるにも関わらず、抵触行為を目的として補助参加をすることは確かに違和感を拭えません。なにより、抵触行為を明らかにするためだけに補助参加をせよ、というのは、あまりにも硬直的な議論のような気がしてなりません。

 そこで、前訴の審理経過にかんがみて、被告知者の主張が告知者の主張と抵触することが明らかであったような場合には、46条2号を類推適用し、参加的効力が生じないと考えることができるのではないでしょうか。

 

 事例2で考えます。すなわち、後訴において、Bが、前訴でCが主債務の存在について自白をしていたというような事実を主張していたことを証明した場合には、46条2号が類推適用され、この点についてBは争うことができると考えるのです(なお、Cの前訴での自白が訴訟告知よりも先になされていた場合、46条1号類推適用が考えられます)。

 46条各号は、共同戦線を実質的に張ることのできなかった事実については、参加人・被参加人間で参加的効力が生じないことをその制度趣旨にしていると考えらえ、このことは、最初から共同戦線を張ることの不可能であったことが明らかであった訴訟告知の告知者・被告知者間にも妥当すると思われます。

 

 このように、訴訟告知の人的範囲論ではなく、参加的効力一般論の議論として展開することで、論理的に、かつ、妥当な結論が導かれるのではないでしょうか。

 …このような議論をする学者がいれば答案でも書けるんだけどなぁ。笑