法律解釈の手筋

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「ケースで考える債権法改正 第1回 特定物売買と危険負担をめぐって」 (法学教室463号、2019年4月号・73頁)

解答例

第1 事例1①

 1 AはBに対し、売買契約に基づく売買代金支払請求(555条)をすることが考えられる。

 2 AはBに対し甲を200万円で売っている(以下、「本件契約」という。)。

 3 これに対し、Bは、第1に、解除権の行使(542条1項1号、545条1項)によって上記売買契約に基づく債権債務関係は消滅したため、Aのかかる請求は認められないと反論することが考えられる。

 (1) 甲はAの画廊の火災によって消失しており、BのAに対する甲引渡「債務」は「全部」が「履行」「不能」となっている。

 (2) したがって、「債権者」Bは本件契約を解除することができる。

 (3) よって、Bのかかる反論は認められる。

 4 Bは、第2に、履行拒絶権(536条1項)の行使によって、Aのかかる請求は認められないと反論することが考えられる。

 (1) 前述のとおり、Bの甲引渡債務は「履行をすることができなくなった」。また、かかる債務不履行は、隣接する店舗の火災による延焼という、AB「当事者双方の責めに帰することができない事由」による。

 (2) したがって、Bの反論は認められる。

 5 これに対して、Aは、本件ではすでに占有改定による「引渡し」がなされた以上、567条1項によって、Bは解除権の行使及び履行拒絶権を行使することはできないと再反論することが考えられる。

 (1) 同条の趣旨は、当事者の公平の観点から、危険負担の移転時期について実質的支配移転を基準にした点にある。

    そこで、同条の「引渡し」とは、実質的支配移転があったといえるかどうかにより判断する。具体的には、占有改定による引渡しの場合、売主の保管義務が受寄者としての注意義務に変動したといえるような場合には、567条2項にいう「引渡し」にあたると考える。

 (2) 本件では、Aは4月17日にBの自宅まで届けるまでの間、自己の画廊で展示を続けていたにすぎず、Bのために保管していたといえるような状況ではない。

 (3) したがって、Aの保管は「引渡し」にはあたらない[1]

 6 よって、Aのかかる請求は認められない。

第2 事例1②

 1 BはAに対し、不当利得に基づく支払済みの200万円の金銭返還請求(703条)をすることが考えられる。

 2 Aは200万円の「利益」を受け、Bは200万円の「損失」を被っている。またかかる利益と損失はAB間の金銭の移転によって生じているため、因果関係も認められる。

 3 それでは、「法律上の原因がな」いといえるか。

 (1) 第1に、Bは解除権の行使(542条1項1号、545条1項)によって、AB間の債権債務関係が消失する以上、「法律上の原因がな」くなったと主張することが考えられる。前述のとおり、Bの解除は認められるため、Bのかかる主張は認められる。

 (2) 第2に、Bは履行拒絶権(536条1項)を有することを理由として、「法律上の原因がな」いと主張することが考えられる。

   ア そもそも改正法が双方無責の履行不能について解除権を認めたにも関わらず履行拒絶権も規定した趣旨は、解除の不可分性によって解除できない債権者の保護にある。

そこで、債権者の支払済みの金銭返還請求についても解除権の行使なくして請求を認める手段を用意しておく必要があり、履行拒絶権を根拠として法律上の原因を欠くとするのが妥当であると考える。

   イ したがって、Bのかかる主張は認められる[2]

 4 以上より、Bのかかる請求は認められる。

第3 事例1③

 1 AはBに対し、売買契約に基づく売買代金支払請求(555条)をすることが考えられる。

 2 AはBの自宅まで甲を届けて引き渡し、Bは甲を受け取っているところ、甲の実質的支配がAからBに移転したといえ「引渡し」(567条1項)にあたる。したがって、Bは第1の3の解除権及び4の履行拒絶権の行使をすることができない。

 3 よって、Aのかかる請求は認められる。

第4 事例2

 1 Bは、Aに対し、不当利得に基づく支払済みの200万円の金銭返還請求(703条)をすることが考えられる。第2のときと同様に、「法律上の原因」の有無が問題となる。

2 まず、Cは解除権の行使に同意していない以上、Bは解除権の行使(542条1項1号、545条1項)によって、AB間の債権債務関係を消失させることはできない(544条)。 次に、第2の3(2)のとおり、Bは履行拒絶権(567条1項)によって「法律上の原因」がないと主張することができる。

3 それでは、Bの請求できる返還額がいくらかが問題となる。

(1) 履行拒絶権の行使によって法律上の原因がなくなったといえるのは、最終的に自己が経済的利益を負担することになる連帯債務の負担部分に限られると考える。確かに、代金支払前の段階における履行拒絶権行使においては、自己の負担部分のみでなく連帯債務額全額について履行拒絶ができると解されるところ、代金支払前と後とで、履行拒絶権の範囲が変わっているように思え、そうだとすれば妥当でないとも思える。しかし、後者は、履行拒絶権の行使によって「法律上の原因」がなくなったといえるのはどの範囲かという解釈の問題であり、代金支払いを拒む場面における履行拒絶権行使の場面とは規律が異なる。したがって、解釈に整合性がないとはいえず、問題ないと考える。

 (2) 本件では、Bの負担部分であり100万円についてAの利益保持が正当化されない。

 (3) したがって、100万円に限り「法律上の原因」がないといえる。

 4 よって、Bのかかる請求は100万円の限度でのみ認められる。

以上

 

[1] これに対して、Bが翌日取りに来るまでの間、Aが画廊で保管していたというような場合、「引渡し」にあたる可能性はある。このような買主の都合で売主が保管する場合に567条2項の「引渡し」該当性を肯定する見解として、平野裕之『新債権法の論点と解釈』(慶應義塾大学出版会、2019)352頁参照。

[2] 同連載はかかる見解に懐疑的である。が、第1の疑問の権利関係については①最初の中点は事例2参照②2番目の中点については、債権が消滅した以上それが復活することはない③3番目の中点については、Aが改めてBに代金支払請求をしたとしても、Bは536条1項により履行拒絶することができる④4番目の中点については、443条1項によって対処可能である、と考えることができるように思われる。第2の疑問点については、上記のように考えれば、ある程度権利関係は明確になるため問題が少なくなるし、536条1項の適用場面においては、代償請求権と不当利得請求権のどちらが得かの判断を各債権者の自由な判断にゆだねるべきであるから、解除権の不可分性が当事者の意思に適うという制度趣旨が妥当しない、と考えられる(第3の疑問点については概念的なものであるため、改正法によってそのような債権が認められた、という程度の反論にとどめておく)。