1.『事例で考える民事訴訟法』
名津井吉裕、鶴田滋、八田卓也、青木哲・著『事例で考える民事訴訟法』(有斐閣、2021年)
2.『事例で考える民事訴訟法』の特徴
本書は、法学教室2018年4月号(451号)から2020年3月号(474号)まで連載された「事例で考える民事訴訟法」が書籍化されたものである。僕自身、連載当時から毎月コピーして読み込んでおり、非常に勉強になった連載であったため、書籍化を待望していた。
問題数は全部で28問。連載時より、新たに「事例1 訴訟物」「事例12 相殺の抗弁」「事例17 反射効」「事例27 請求の客観的予備的併合と上訴」の4つが追加され、出題可能性の高い分野の網羅性をより高めたということができる。
本書の構成は、予備試験程度の中文事例を念頭に、12~14頁程度の解説を加えた演習書である。予備試験程度、というのは問題文の長さを意味するのみであり、その問題の難易度はみかけによらず高度なものが多い。
各事例解説ごとに「答案作成時の要点」というチェックポイントがまとめられている点や、4つほど「民事訴訟法における答案の作成の作法」という項目で簡単な答案作成上の注意点が語られているなど、解説だけではない、受験に配慮した書籍を目指したものとなっている。
3.『事例で考える民事訴訟法』の良かったところ
(1) ①解説が精緻で分かりやすい
書籍の基本的な評価項目として、文章の分かりやすさというのは大事と思われる。
本書は、中堅で脂の乗った著名な教授陣4名による執筆であり、基本的に文章能力の高い先生方ということもあり、分かりやすい解説が多い。
特に、鶴田教授と八田教授は、(両教授が多数当事者訴訟をよく研究していることもあり、)個人的に論文をよく参照する好きな教授であるが、両教授の担当する事例は、特に文章が分かりやすいと思われる。
これに対して、名津井教授の論文は、個人的に以前から難解で読みにくい部分があり、本書でも名津井教授の執筆担当部分で理解に苦しむ(なお、今も解読できていない。)箇所があったりする。その点は注意が必要かもしれない。
また、本書は問題の難易度が高いこともあり、解説も高度な内容となっている。各事例問題で10頁以上もの紙面を割いて詳細に解説しているため、中級者や上級者にとって新たな理解を得られる内容となっている。
予備校で基礎講座を受けて論文講座を受講した受験生にとっても、非常に勉強になる内容といえる。
同じレベル感の演習書としては、遠藤賢治『事例演習民事訴訟法[第3版]』(有斐閣、2013年)があるが、同書はやや独特な問題も多く、長いこと改訂もされていないため、同書に代わる演習書としても評価ができる。
(2) ②必要十分な網羅性
掲載問題数が28問というところであるが、網羅性としては必要十分な内容になっていると個人的には思われる。
おそらく受験生の中でトップシェアのロープラ民訴は問題数が70問を超えるため、本書の問題数が少ないと感じるかもしれないが、そもそも民訴は試験的に幅広い論点を抑える(各要件の解釈を覚えたり、論証を暗記する)ような科目というよりは、重要論点や原理原則の理解を正面から問われることの方が多いため、この点は問題ないと考えている。
むしろ、本書は学説上議論の熱い点を取り上げているところも多くあり、司法試験ではそのような論点が問われることも多いことにかんがみれば、本書が役に立つ場面は多いと思われる。
4.『事例で考える民事訴訟法』の気になったところ
(1) 「民事訴訟法の答案作成の作法」の内容の薄さ
一番気になったのは、書籍化されて新たに追加された「民事訴訟法における答案作成の作法」という項目。
問いに答える、訴訟物を意識するなど、内容としては正当で、疑いようのないほど大事な作法が記載されているわけであるが、このレベルの答案作成の作法は、どちらかというと初学者に向けた内容であるような気がする。
本書は、問題としてはそれなりに高度な内容を取り上げており、中級者~上級者を対象にしていると思われるのに、答案作成の作法では初学者向けの内容となっている点で、対象がズレてしまっている印象を受けた。
おそらく教授陣にとって答案作成のノウハウの蓄積がないため、これ以上の高度なことが書けない(若しくは、これ以上高度なことを書こうとすると、受験テクニック的な内容になってしまうため、書きたくない)ことに起因するように思われるが、この程度の内容なら特に追加する必要はなかったのではないか、と思われた。
(2) 内容が高度すぎる?
もう一点気になった点として、やはり内容が高度になりすぎている点は挙げられる。
司法試験における民事訴訟法は、受験生の多くが苦手としており、基本的な事項さえ理解しておけば合格との関係では十分であるという特徴がある。
そこから考えると、本書の解説を読みこなして、民訴を得意にするという需要がある受験生は、全体数としては必ずしも多くはないのではないかという疑問はある。ただ、これは一長一短という側面も多分にしてあるので、正直デメリットとして挙げるものではないとも思っている(が、注意喚起を兼ねて記載しておく。)。
5.結論(感想)
民事訴訟法に強くなりたい、確実にAを取れる科目にしたいという受験生にとっては、本書は非常に優良な演習書ではないかと思われる。それに対して、民事訴訟法は最低限の理解で十分、別にAが取れなくても合格点が取れれば良い、と考える受験生にとっては、本書はややオーバースペックかもしれない。
個人的には、このタイプの脚注+高度な内容の演習書は、非常に勉強になるし、学説上も議論が厚い論点を取り上げているところも多いため、大好きな演習書である。
ただ、受験との関係という要素も加えて考慮した場合、高度になりすぎているキライが残るため、総合評価としては★4つとさせていただいた。
既に多くの良質な演習書がある民事訴訟法であるが、その中でも、本書は独自のポジションを確立し、多く利用される演習書の1つになると思われる。
以上