法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題11 「帳簿の紙吹雪」 解答例

解答例

1 甲が、Bに対し、Bの手を振り払い、事業関係帳簿を破いた行為に公務執行妨害罪(95条1項)が成立する。

(1) Bは国税調査官であるところ、「公務員」(7条1項)にあたる。

(2) Bは、国税通則法74条の2の質問調査権に基づいてA社の帳簿を調査していたのであるから、公務員が取り扱うすべての事務である「職務」の「執行」にあたる。

(3) 職務執行が違法である場合にまで刑法的保護を与える必要はないことから、書かれざる構成要件として職務執行の適法性が必要であるとかんがえる。

  ア 職務執行が適法として要保護性が認められるためには、①当該行為が当該公務員の抽象的職務権限に属すること②当該公務員が当該職務行為を行う具体的職務権限を有していること③当該職務執行が有効要件として定められている重要な方式を履践していることが必要[1]である。そして、職務適法性要件は公務を保護するための要件であるため、客観的に判断する[2]と考える。

  イ 本件では、Bは国税調査官であり、国税通則法74条の2の質問調査権を有する(①充足)。また、A社については、帳簿操作の疑いが濃厚となっているところ、質問調査権を行使する具体的職務権限もあったといえる(②充足)。BはA社の税務調査にあたって身分証明書を提示していないところ、所得税法236条に反する違法がある。しかし、所得税法236条に定める身分証明書の提示は、これを提示することで初めて国税通則法74条の2の質問調査権が付与されるものではない。加えて、本件では、甲はBに対し身分証明書の提示を求めているものの、かかる要求は調査の開始後になされたものであるため、かかる事実をもって重要な方式を履践していないとはいえない(③充足)[3]

  ウ したがって、本件職務執行行為は適法である。

(4) 「暴行」とは、公務員の身体に対し直接であると間接であるとを問わず不法な攻撃を加えることをいう[4]。甲の上記行為のうちBの手を振り払った行為はBに対する直接的な不法な有形力行使であるため、暴行にあたる。また、Bの目の前で帳簿を破いた行為についても、Bに対する間接的な攻撃といえ「暴行」にあたる。

(5) 甲は身分証明書を見せないなら違法だと思っているものの、甲の主観において事実の誤認があるわけではないため、故意(38条1項)は阻却されない。

  ア 適法性に関する錯誤については、事実面での誤信と適法性の法的要件に関わる誤信とを区別し、前者の場合には事実の錯誤として構成要件的故意が阻却されるが、甲社の場合は法律の錯誤であるため故意が阻却されない[5]

  イ 本件では、甲はBの質問調査権の行使において事実の誤信はなく、身分証明書の提示のない質問調査権の行使が職務執行として違法であると誤信しているにすぎず、法律の錯誤にあたる。

  ウ したがって、甲の故意は阻却されない。

(6) よって、甲の上記行為に職務執行妨害罪が成立する。

2 甲の1の行為は、Bの権力的公務に対する暴行であるため、業務妨害罪(233条)は成立しない。

(1) 「業務」とは、人が社会生活上の地位に基づき継続して行う事務又は事業[6]をいう。そして、公務のうち権力的公務については妨害排除力を有するため、業務に含まれないと考える[7]。本件では、Bの職務執行は権力的公務であるため、「公務」にあたらない。

(2) よって、甲の上記行為に業務妨害罪は成立しない。

3 甲の1の行為のうち、Bの手を振り払う行為はBに対する不法な有形力の行使であるため、暴行罪(208条)が成立する。

4 以上より、甲の行為に①職務執行妨害罪②暴行罪が成立し、②は①に吸収され、甲はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 山口青本・448頁参照。

[2] 山口青本・448頁参照。最決昭和41年4月14日参照。

[3] 最判昭和27年3月28日は、収税官吏が検査章を携帯せずに所得税調査をした事案であるが、本問題と異なって、被告人が検査章の提示を要求していないという事案であった。判旨は、①所得税調査権は検査章の提示をもって付与されるものではないこと②被告人は、検査章の提示を求めておらず、検査章不携帯という瑕疵が顕在化していないことを職務執行の適法性を基礎づける理由としているため、判例の射程が問題となる。同書解説はこのような問題意識に基づく解説である。もっとも、甲の妨害目的をもって公務の要保護性を肯定するとしている点については疑問がある。

[4] 最判昭和37年1月23日参照。

[5] 山口青本・449頁参照。

[6] 大判大正10年10月24日参照。

[7] 山口青本270頁参照。