法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題12 「赤いレンガの衝撃」 解答例

解答例

1 甲がAに対し、椅子を強く蹴りつけた行為に、暴行罪(208条)が成立する。

2 甲が、Aに対し、顔面を殴打し、よって死亡させた行為に傷害致死罪(205条)が成立する。

(1) 甲の上記行為は、Aの生理的機能を障害するに足りる行為であり、「傷害」にあたる。また、Aには死という結果が発生している。

(2) 甲の行為とAの死という結果との間には、Aの転倒及び医者の診察行為という介在事情があるが、なお因果関係が認められる。

  ア 法的因果関係は、当該行為に結果発生を帰責させることができるかという問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化した場合には、因果関係が認められると考える。

  イ 本件では、甲が上記行為に及んだ場所は、狭隘な上、飾り棚のように柱が突き出ており、また床も7センチメートル高くなっている部分があり、長身のAが後ろ向きに倒れた場合、頭部などを床面や壁面等に打ち付けることは十分にありうるような状況であった。甲の上記行為はAの顔面という身体の収容部を柔道の有段者が突くという衝撃の強い行為であり、かかる行為の衝撃によってAが後ろ向きに倒れる危険性が含まれていたといえる。以上にかんがみれば、Aがしりもちをつきながら後方に転倒し、頭部をレンガ製という硬い床面に強打したことは、甲の上記行為の危険性が結果へと現実化したといえる。そして、かかる強打によってAは死因となる傷害を負った。

    確かに、その後Aは病院でEの診察を受けており、EがAの死の危険について察知し、Aの救命のために必要な措置をとればAの死を防ぐことができた可能性がある。しかし、EがAの診察をした段階ではAの意識は清明で、むかつきや吐き気を訴えていなかったことから、EにおいてAの死の危険について察知することが困難であった。そうだとすれば、かかる点にEの過失は認められず、Eの診察がAの死という結果へと寄与したということはできない。したがって、そもそも介在事情にもあたらず、甲の行為とAの死との間の因果関係を否定する事情とはならない。

  ウ よって、甲の上記行為とAの死という結果との間に因果関係が認められる。

(3) 甲は上記行為の構成要件該当事実について認識・認容があり、故意(38条1項)が認められる。なお、致死結果については結果的加重犯である以上故意は不要である。また、結果的加重犯が類型的で高度な結果発生のおそれの高い犯罪を特に処罰するものであるところ、加重結果については過失も不要である。

(4) 甲の上記行為について正当防衛(36条1項)が成立せず、過剰防衛(36条2項)が成立するにとどまる。

  ア 甲は前述のとおり、Aに対し椅子を蹴りつけるという暴行行為にでているものの、自招侵害とはいえず、正当防衛状況が認められる。

 (ア) 違法性の実質は社会的相当性を逸脱する点にある。そこで、正当防衛の各要件を充足するとしても、①侵害行為が防衛者の暴行行為と時間的場所的に近接して一連一体の事態といえ②侵害行為が、先行する暴行の程度を大きく超えるとはいえない場合には、社会的相当性を逸脱する自招侵害であるといえ、正当防衛の成立が否定されると考える。

  (イ) 本件では、甲が1の行為に出た後、Aを突き倒すまでは数分間程度であり、時間的近接性が認められる。また、場所についてもどちらもスナック内で起きた行為であり、場所的近接性が認められる。しかし、甲が椅子を蹴りつけてからBが仲裁に入ることで騒ぎを落ち着かせており、甲A間においても、スナックの出入り口に歩いていくまで、Aから反撃や反論を受けたことがなかったし、両者が向かい合ってにらみ合うというような場面もなかった。そうだとすれば、甲A間に緊迫した対立状況は存在していなかったといえ、一連一体の事態と認められない(①不充足)。また、甲の上記行為は間接暴行で単なるいかく程度のものでしかないのに対し、Aの侵害行為は甲の顔面を殴ろうとする重大な法益侵害行為であるところ、侵害の程度も先行する暴行の程度を大きく超えるといえる(②不充足)。

  (ウ) したがって、なお正当防衛状況が認められる。

イ 侵害者Aは防衛者甲に対し、顔面を殴打しようとしているところ、甲の身体という「自己の権利」に対し、法益侵害の現在した「急迫」「不正」の「侵害」が認められる。

ウ 甲は、「こんな奴に殴られてたまるか」と分芸しているが、なお防衛の意思が認められ「防衛するため」にあたる。

(ア) 行為不法の観点から、行為者には違法性阻却事由があることについての認識が必要であり、「防衛するため」とは、防衛の意思があることを意味する。その意義は急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態といい、防衛者は通常侵害者に対し加害意思を有するものといえるところ、専ら加害意思によると認められない限り、防衛の意思は認められる。

(イ) 本件では、確かに甲は憤激しているものの、専らAを加害しようという意思を有していたとまではいえない。

(ウ) したがって、「防衛するために」にあたる。

エ もっとも、甲の上記行為は「やむを得ずにした」とはいえない。

(ア) 「やむを得ずにした」とは、法益保護のための必要最小限度の行為をいう。

(イ) 本件では甲は素手で殴打しようとしてきたAに対し、素手で顔面を殴打するという行為にでているところ、武器対等の原則に反していないとも思える。しかし、甲は身長170センチメートルと決して小柄ではなく、体重約78キログラムとしっかりした体型である上、柔道の有段者である。これに対し、Aは身長177センチメートルと高いが、体重約50キログラムであり非常にやせ細った体型であることが分かる。そうだとすれば、甲としてはAの侵害行為に対してAの顔面を殴打するという危険の高い行為に出ずとも、Aの体を制止してAの侵害行為を中止させるという、より緩やかな手段によって法益保護をなしえたといえる。以上にかんがみれば、甲の上記行為は法益保護のために必要最小限度の行為とはいえない。

 (ウ) したがって、甲の上記行為は、「やむを得ずにした」とはいえない。

(5) よって、甲の上記行為に傷害致死罪が成立する。

3 甲の2の行為に、Bに傷害を負わせた点について、傷害罪(204条)が成立する。

(1) 甲の上記行為は、Aの近くにきた人が、Aが倒れるのをとっさに避ける危険性を含む。また、甲が上記行為に出た場所は前述のとおり、狭く頭部をぶつける危険性の高い場所であるところ、Aを避けた者が体をぶつける生理的機能を障害する危険を含む。

  したがって、甲の上記行為はBに対する「傷害」行為にあたる。

(2) そして、Bの障害結果は上記危険性が直接結果へと現実化したものといえ、甲の上記行為とBの傷害結果との間に因果関係が認められる。

(3) 甲は、主観的にはAに傷害を負わせることを認識認容しており、Bについては認識していないものの、故意は阻却されない。

  ア 故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難にあるところ、規範は構成要件という形で一般国民に与えられている。

    そこで、客観的に生じた犯罪事実と主観的に認識していた犯罪事実が同一の構成要件の範囲内で符合する限り、行為者は規範的障害を克服したといえ、故意が認められる。

  イ 本件では、客観的にはBに対する傷害罪が生じているのに対し、甲の主観ではAに対する傷害罪について認識認容している。したがって客観と主観はおよそ人に対する傷害罪の範囲内で重なり合いが認められる。

  ウ したがって、甲の故意が阻却されない。

(4) よって、甲の上記行為に傷害罪が成立する。

4 以上より、甲の一連の行為に①暴行罪②傷害致死罪③傷害罪が成立し、①は②と時間的場所的に近接したAの身体という同一法益に対する侵害であるため包括一罪となり①が②に吸収される。②と③は同一の行為であるため、観念的競合(54条1項)となる。②について任意的減免が認められ(36条2項)、甲はかかる罪責を負う。

以上