法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題13 「一線を越えた男友達」 解答例

解答例

1 甲が、B店において、Aのクレジットカードを用いて、28万円のバッグを購入した行為に、B店に対する詐欺罪(246条1項)が成立する。

(1) 「人を欺」く行為とは、財物の主観性故に広がる処罰範囲限定の観点から、①財産交付の判断の基礎となる重要な事項を②偽る行為[1]をいう。本件では、甲は、AからAのクレジットカードについて、月に10万円を超えない限度で利用することを許されていたが、上記バッグは28万円するため、Aの同意の範囲を超える。したがって、甲にはAのクレジットカードを利用してバッグの対価を支払う能力及び意思がない。クレジットカードを呈示する行為は、クレジットカードを用いて購入する意思表示となるところ、甲がB店でAのクレジットカードを呈示する行為は、甲に支払能力・支払意思がないにも関わらず、B店の店員に対してバッグの対価を支払う意思表示をするものであって、挙動による欺罔にあたる(②充足)。また、クレジットカード取引システム維持のためには、カード利用者に支払能力・支払意思のあることが取引通念上重要な関心毎であるため、B店にとって甲に支払能力・支払意思があるかどうかは、財産交付の判断の基礎となる重要な事項にあたる(①充足)。したがって、上記行為は「人を欺」く行為にあたる。

(2) 甲は、上記行為によってB店店員を錯誤に陥らせ、それによって、B店商品のバッグという他人の「財物」の「交付」を受けている。また、甲には故意(38条1項)及び不法領得の意思が認められる。

(3) よって、甲の上記行為に詐欺罪が成立する。

2 甲が、「事実証明に関する」文書である売上伝票用紙に、「行使の目的」で、Aの名前という「他人の署名」を使用して、Aの同意のない10万円を超えるクレジットカード利用を示す同用紙に、Aの署名を記入して作成者甲と名義人Aの人格の同一性を偽り「偽造」した[2]行為に私文書偽造罪(159条1項)が成立する。かかる用紙を提出して虚偽の文書を真正な文書として使用し「行使」した[3]行為に、同行使罪(161条1項)が成立する。

3 甲が、C店において、Aのクレジットカードを用いて18万円の腕時計を購入した行為に詐欺罪(246条1項)が成立する。

4 甲が、Aのクレジットカードを用いて、自動キャッシング機で50万円のキャッシングを行った行為に、自動キャッシング機の管理者に対する窃盗罪(235条)が成立する。

5 甲の1、3及び4の行為について、甲はAたる「他人のためにその事務を処理する者」として、Aの同意の範囲を超える権限逸脱行為を行って「任務に背く行為」をし、かつAに「財産上の損害を加え」ているため、背任罪(247条)が成立する。

6 甲が、Aに対し、Aの左上腹部を包丁で強く突き刺し、よって死亡させた行為に、強盗殺人罪(240条、236条2項)が成立する。

(1) 甲の上記行為に、2項強盗罪(236条2項)が成立するため、「強盗」にあたる。

  ア 甲は、Aのクレジットカードを、Aの同意の範囲を超えて利用しているため、Aに対し不当利得返還債務を負っている(民法704条)。

  イ 「暴行」とは、恐喝罪との区別及び処分行為を不要とするところの処罰範囲限定の観点から、①具体的かつ確実な利益移転に向けられた[4]②相手方の反抗を抑圧するに足りる程度[5]の不法な有形力行使をいう。本件では、甲は、刃渡り20センチメートルの刺身包丁という殺傷能力の非常に高い凶器を用いて、Aの左上腹部という人体の枢要部に力を込めて強く突き刺しており、相手方を死亡させるに足りる程度の行為である。相手方が死亡すれば反抗は不可能にとなるため、甲の上記行為は相手方の反抗を抑圧するに足りる(②充足)。また、被害者Aが死亡すれば、Aが甲にAのクレジットカードを利用させていた事実を知るものは誰もいなくなり、具体的かつ確実に上記不当利得返還債務を免れる(①充足)。したがって、甲の上記行為は「暴行」にあたる。

  ウ Aは死亡しており、甲は上記債務を免れるという「財産上不法の利益を得」ている。

  エ よって、甲の上記行為に2項強盗罪が成立し、「強盗」にあたる。

(2) 前述のとおり、Aは「死亡」しており、甲の上記行為との因果関係も認められる。

(3) 上記のとおり、甲の行為は人を死亡させる非常に危険性の高い行為であるところ、かかる事実を認識して上記行為に及んだ甲には、Aが死亡することの認容もあったといえ、構成要件該当事実に対する認識・認容たる故意(38条1項)が認められる。なお、強盗致傷罪との法定刑の均衡の観点から、同条には強盗殺人罪も含まれる。

(4) よって、甲の上記行為に、強盗殺人罪が成立する。

7 甲が、Aの財布を持ち去った行為に窃盗罪(235条)が成立する。

(1) Aの財布は「他人の財物」にあたる。

(2) 債務者Aは死亡しているものの、なお甲との関係では、Aの財布に対する占有があり、甲の上記行為は「窃取」にあたる。

  ア 「窃取」とは、財物の占有者の意思に反してその物を自己または第三者の占有下に移すこと[6]をいう。占有とは、事実上の支配[7]をいい、原則として死者に占有は認められない。しかし、①被害者を殺害した犯人との関係では、②殺害行為と財物奪取行為との間に時間的場所的近接性が認められる場合には、死者の占有は刑法的保護に値するため、死者に占有が認められる。

  イ 本件では、甲はAを死亡させている(①充足)。また、甲の殺害行為と上記行為との間に時間的場所的近接性が認められる(②充足)。したがって、AにはAの財布に対する占有が認められ、甲の上記行為は、かかる財布をAの意思に反して自己の占有に移転するものである。

  ウ したがって、「窃取」にあたる。

(3) 甲は、Aの財布を持ち去っているところ、占有が甲に移転した。

(4) 甲には、窃盗罪の故意(38条1項)が認められる。また、後述のとおり、甲はAの財布の中にあったキャッシュカードを利用してFへの借金返済をしようとしているため、不法領得の意思も認められる。

(5) よって、甲の上記行為に、窃盗罪(235条)が成立する。

8 甲がD銀行E支店たる「建造物」に、E支店の管理権者の意思に反して立ち入って「侵入」した行為に、建造物侵入罪(130条)が成立する。

9 甲がE支店のATMコーナーで、キャッシュカードを挿入して暗証番号を入力した行為に、電子計算機使用詐欺未遂罪(250条、246条の2)が成立する。

(1) 甲は、Fの口座への振込送金手続行為をしていないものの、上記行為時点で同条の「実行に着手」(43条本文)したといえる。

  ア 実行行為とは、構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為をいうところ、行為者の犯行計画において、かかる実行行為と密接関連する行為に出たといえる場合には、かかる時点で上記危険性が認められ、「実行に着手」したといえる。

  イ 本件では、甲は、Aのキャッシュカードを使ってATMたる「電子計算機」にFの口座への振り込み送金という「虚偽の情報」を与えようとしているところ、かかる行為は暗証番号を入力し、ロックが解除されれば後は情報を入力するだけで良いため、甲が暗証番号を入力する行為は、実行行為と密接関連する行為といえる。

  ウ したがって、甲は同罪の「実行に着手」したといえる。

(2) Aは暗証番号を変更していたため、甲が振込送金をすることはおよそ不可能であったが、甲の上記行為はなお危険性が認められ実行行為性が認められる。

  ア 実行行為の意義は前述のとおりであるが、行為不法の観点から一般人に認識し得た事実及び行為者の認識していた事実を基礎として一般人を基準に危険性を判断する。

  イ 本件では、Aが暗証番号を変更していたことは一般人が認識することはできないし、甲も特に認識していなかった以上、Aが暗証番号を変更した事実を基礎とすることはできない。そうだとすれば、甲の行為によってFの口座に振込送金がなされる危険性がなお認められる。

  ウ したがって、甲の上記行為に実行行為性が認められる。

(3) よって、甲の上記行為に、電子計算機使用詐欺罪が成立する。

10 甲が、Aのクレジットカードを挿入して暗証番号を入力した行為に、窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。

11 甲が、Gの胸部を力強く突くなどの暴行を加え、よって、Gに全治約10日間を要する前胸部打撲傷等の傷害を負わせた行為に強盗致傷罪(240条、238条)が成立する。

(1) 甲の上記行為に事後強盗罪(238条)が成立し、「強盗」にあたる。

ア 「窃盗」には窃盗未遂罪も含まれるところ、甲は9のとおり、窃盗未遂罪が成立するため「窃盗」にあたる。

イ 「暴行」とは、強盗罪(236条1項)との均衡及び暴行罪との区別の観点から、①窃盗の機会になされた②相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の不法な有形力行使をいう。本件では、甲が9の行為に出たすぐ直後に甲は上記行為に及んでいるところ、窃盗の機会に行われたものである(①充足)。また、甲の上記行為は相手方を転倒させ、反抗を抑圧するに足りる(②充足)。したがって、甲の上記行為は「暴行」にあたる。

ウ 甲は「逮捕を免れ」る目的で上記行為に出ている。

エ したがって、甲の上記行為に事後強盗罪が成立し、「強盗」にあたる。

(2) Gは甲の上記行為によって生理的機能を障害して「負傷」している。

(3) よって、甲の上記行為に強盗致傷罪が成立する。

12 以上より、甲の一連の行為に、①詐欺罪②私文書偽造罪③同行使罪④詐欺罪⑤窃盗罪⑥背任罪⑦強盗殺人罪⑧窃盗罪⑨建造物侵入罪⑩電子計算機使用詐欺未遂罪⑪窃盗未遂罪⑫強盗致傷罪が成立し、⑪は⑫に吸収される。②と③、③と①及び⑨と⑩⑫については罪質通例上目的手段の関係にあり牽連犯となる(⑨と⑩⑫についてはかすがいとなる)。⑥は①④⑤とそれぞれ観念的競合(54条1項)となる。それ以外は併合罪(45条)となり、甲はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 最決平成22年7月29日参照。

[2] 山口青本・394頁、最判昭和59年2月17日参照。

[3] 山口青本・403頁参照。

[4] 山口青本・301頁参照。

[5] 最判昭和24年2月8日参照。

[6] 井田各論・211頁参照。

[7] 山口青本・280頁参照。