法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題21 「アイ・ラブ・オールド・ピープル」 解答例

解答例

第1 甲の罪責

 1 甲が、アイロップの議事録(以下「本件議事録」という。)に「理事会議事録署名人甲野一郎」と記名・押印した行為に、無印私文書偽造罪(159条3項)が成立する。

 (1) 本件議事録は、アイロップ理事会の議事を記録する文書であるため、「事実証明に関する」人の意思・観念の表示である「文書」[1]にあたる。

 (2) 「偽造」とは、文書の名義人と作成者との人格の同一性を偽ること[2]をいう。文書偽造罪は文書に対する関係者の信頼を保護する証拠犯罪であるところ、作成者とは、意思・観念の帰属主体をいう[3]。また、作成名義人とは、文書から認識される意思・観念の帰属主体をいう。

 本件では、甲がアイロップの代表名義を冒用している。代表名義の冒用の場合、文書内容に基づく意思表示の帰属は代表された本人であるため、文書上意思・観念の帰属主体と認識される作成名義人はアイロップ理事会である。しかし、本件で甲はアイロップの代表権を有しない者であるため、意思・観念の帰属主体は甲である。

 以上にかんがみれば、本件議事録の名義人と作成者の人格の同一性が偽られているため、「偽造」にあたる。

 (3) 甲は、上記事実について、認識・認容しており故意(38条1項)が認められる。

(4) 甲は、アイロップの理事の対立状態に業を煮やし、理事会を開いたことにしようとしているところ、本件議事録の「行使の目的」を有する。

 (5) 本件では、アイロップ理事会の「印章」又は「署名」がない。

 (6) よって、甲の上記行為に無印私文書偽造罪が成立する。なお、後述のとおり、乙と共同正犯(60条)が成立する。

 2 甲が、I社の備付けの契約書(以下「本件契約書」という。)に「乙山一郎」と記入した行為に、有印私文書偽造罪(159条1項)が成立しないか。

 (1)  本件契約書は金銭消費貸借契約という私法上の権利・義務の発生の効果を生じさせることを目的とする意思表示を内容とする文書である「権利・義務」「に関する文書」[4]にあたる。

 (2) 契約書には、相手方当事者の署名・押印があるため、「他人の印章」及び「署名」を使用している。

 (3) 「偽造」の定義は前述のとおりである。

本件では、意思観念の帰属主体は、甲野一郎である。これに対して、作成名義人は誰であるかが問題となるが、文書から認識される意思観念の帰属主体については、文書の性質・機能から関係者の信頼がどこに向けられているかによって決する。本件では、サラ金業者からの融資契約書における作成名義人が問題となっている。かかる文書においては、契約の相手方が融資適格者であることについて相手方の信頼が向けられているといえる。そうだとすれば、本件において文書上認識される意思観念の帰属主体は融資適格者である「乙山一郎」であると考える。

したがって、作成者が甲野一郎であるのに対し、作成名義人は乙山一郎であるため、名義人と作成者の人格の同一性が偽られているといえ、「偽造」にあたる。

 (4) 甲には故意が認められ、かつ、「行使の目的」も認められる。

 (5) よって、甲の上記行為に有印私文書偽造罪が成立する。

 3 甲が本件契約書をI社に交付した行為に偽造私文書行使罪(161条)が成立する。

 4 甲が、融資不適格者であることを告知せずに、キャッシングカードの交付を受けた行為に詐欺罪(246条1項)が成立する。

 5 以上より、甲の一連の行為に①無印私文書偽造罪②有印私文書偽造罪③偽造私文書行使罪④詐欺罪が成立し、②③は牽連犯となり、③と④も牽連犯となり②ないし④は全体として科刑上一罪となる。そして、①と②③④は併合罪(45条)となる。

第2 乙の罪責

 1 乙と甲が共謀の上、甲が第1の1の行為をした点について、乙に無印私文書偽造罪の共同正犯(60条、159条3項)が成立する。

 (1) 共同正犯の客観的構成要件は①共謀及び②共謀に基づく実行行為である。甲乙は、理事会の対立状態にある一方の仲間である。甲乙は、アイロップ理事会の膠着状態に業を煮やし、アイロップ理事会を開いたこととする意思連絡をしている。また、乙は理事会の議事録作成に協力している上重要な役割が認められる。また、自らもアイロップ理事会の理事である以上、本件において自己の犯罪として遂行する正犯意思を有する。したがって、共謀が認められる(①充足)。そして、前述のとおりは、甲はかかる共謀に基づいて実行行為を行っている(②充足)。

 (2) したがって、乙に無印私文書偽造罪の共同正犯が成立する。

 2 乙が、甲に対し、乙山を養父とする養子縁組届を提出して融資を受けられるようにして構わないと言っているところ、有印私文書偽造罪の教唆犯(61条1項、159条1項)が成立する。

 (1) 乙の上記行為は、甲乙間に共謀があったとはいえず、共同正犯(60条、159条1項)は成立しない。

   ア 確かに、乙は甲に対し自己の養子縁組としてよいとの具体的な犯行計画を提示しており、重要な役割を果たしている。もっとも、乙としては、かかる犯罪について甲から何らの報酬を得ることもなく利欲的動機に欠けるところ、自己の犯罪として行う正犯意思に欠ける。以上にかんがみれば、甲乙間に本件契約書の有印私文書偽造罪についての共同遂行合意たる共謀は認められない。

   イ したがって、共同正犯は成立しない。

 (2) 乙の上記行為は、「教唆」にあたる。

   ア 教唆とは、人に犯罪行為遂行の意思を生じさせることをいう。

   イ 本件では、乙は融資不適格者となった甲に対し、乙山を養父とする養子縁組届を提出して、戸籍上の姓を変更した上、融資が受けられるようにしてもかまわないと言っており、私文書偽造罪の犯意を生じさせる行為をしている。

   ウ したがって、乙の上記行為は「教唆」にあたる。

 (3) 乙の上記行為に基づいて、甲は第1の2の行為の犯意を形成しており、かつ、同罪を実行しているため、乙の教唆行為との間に因果性が認められる。

 (4) よって、乙の上記行為に有印私文書偽造罪の教唆犯(61条1項、159条1項)が成立する。

 3 乙の上記行為に、偽造私文書行使罪の教唆犯(61条1項、161条)が成立する。

 4 乙の上記行為に、詐欺罪の教唆犯(61条1項、246条1項)が成立する。

 5 以上より、乙の一連の行為に①無印私文書偽造罪の共同正犯②有印私文書偽造罪の教唆犯③偽造私文書行使罪の教唆犯④詐欺罪の教唆犯が成立し、②③④は乙の同一の行為によるものであるため観念的競合(54条前段)となり、①と②③④は併合罪(45条)となる。

以上

 

[1] 文書とは、文字またはこれに代わるべき可視的符合により、一定期間永続すべき状態おいて物体の上に記載された、人の意思・観念の表示をいう。大判明治43年9月30日、山口青本(3)・391頁参照。

[2] 最判昭和59年2月17日、山口青本(3)・394頁参照。

[3] いわゆる帰属説。山口青本(3)・394頁。意思・観念の由来する者、という意思説が通説と思われるが、意思説では権限濫用の場合にも有形偽造が成立し得る点で帰属説と異なるとされる。

[4] 権利義務に関する文書とは、私法上・公法上の権利・義務の発生・存続・変更・消滅の効果を生じさせることを目的とする意思表示を内容とする文書をいう。山口青本(3)・406頁参照。