法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題26 「某球団ファンの暴走・その1」 解答例

解答例

第1 乙の罪責

 1 乙が、「建造物」AにAの管理権者の意思に反して立入り「侵入」した行為に建造物侵入罪(130条前段)が成立する。なお、丙と共同正犯となる。

 2 乙が、貴金属を盗むためにショーケースを叩き割った行為に窃盗未遂罪(235条、243条)が成立する。

 (1) 上記行為は、「窃取」行為そのものではないものの、窃盗罪の「実行に着手」(43条本文)したといえる。

   ア 「実行の着手」が認められるためには、未遂犯として処罰し得るだけの当罰性を兼ね備えた実行行為と密接に関連する行為に及んでいる必要があると考える。そして、密接関連行為といえるかどうかは、実行行為が行われていない未遂犯の検討では行為者の主観ないし犯行計画を前提に判断する他ない。

   イ 本件では、甲はショーケースを叩き割って中の貴金属を盗もうとしている。上記行為は、貴金属を盗むという「窃取」行為のために必要不可欠であり、かつ、直前行為である。また、かかる行為を行った場合、あとは貴金属をそこから取るだけであり、防犯体制がとられていたとしても「窃取」行為そのものを障害する特段の事情は存しない。

   ウ したがって、乙の上記行為は窃盗罪の「実行に着手」したといえる。

 (4) よって、乙の上記行為に窃盗未遂罪が成立する。なお、丙と共同正犯となる。

 3 乙が、Bの右脇腹を殴打し、よって、加療2週間の傷害を負わせた行為に、強盗罪傷害罪(240条)が成立する。

 (1) 乙の上記行為に事後強盗(238条)罪が成立するため、乙は「強盗」にあたる。

ア 前述のとおり、乙に窃盗未遂罪が成立するため「窃盗」にあたる。

   イ 「暴行」は強盗罪との均衡の観点から、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の不法な有形力行使をいうと考える。本件では、乙は、スパナという非常に硬度の高い凶器で、被害者Bの腹部を力いっぱい殴打しているところ、相手方の反抗を抑圧するに足りるものといえる。したがって、「暴行」にあたる。

   ウ 乙は警備員Bから逃げようと思って上記行為に及んでいるところ、「逮捕を免れ」る目的を有していた。

   エ よって、乙の上記行為に事後強盗罪が成立し、乙は「強盗」にあたる。

 (2) 乙の上記行為によって、Bは加療2週間の傷害を負っている。

 (3) 乙は、上記事実について認識・認容しており、故意(38条1項)が認められる。

 (4) よって、乙の上記行為に強盗傷害罪が成立する。

4 以上より、乙の一連の行為に①住居侵入罪②窃盗未遂罪③強盗傷害罪が成立し、②は③に吸収され、①と②③は牽連犯(54条後段)となり、乙はかかる罪責を負う。

第2 丙の罪責

 1 丙が、乙と「共同」して、Aに侵入した行為に建造物侵入罪の共同正犯(60条、130条前段)が成立する。

 2 丙が、乙と「共同」して、Aのショーケースを叩き割った行為に窃盗未遂罪の共同正犯(60条、243条、235条)が成立する。

 3 乙が、Bの腹部を殴打し、Bに加療2週間の傷害を負わせた点について、丙には何らの犯罪も成立しない。

 (1) 丙は、強盗傷害罪の共同正犯の客観的構成要件を充足する。

   ア 一部実行全部責任の根拠は、各行為者が作業分担を通じて、犯罪実現のために本質的な役割ないし重要な寄与を果たした点にある。そこで、共同正犯が成立するには、①共謀②共謀に基づく実行行為が必要であると考える。

   イ ①共謀

本件では、乙丙は、Aに侵入し、貴金属など金目の物を盗む計画を立てているところ、乙丙間に意思の連絡が認められる。また、乙丙は建造物侵入罪及び窃盗未遂罪の実行行為を共同して行っており、重要な役割及び正犯意思が認められる。以上にかんがみれば、乙丙間で、Aに対する住居侵入罪及び窃盗罪の共同遂行合意たる共謀が認められる(①充足)。

   ウ ②共謀に基づく実行行為

     共謀に基づく実行行為といえるためには、共謀に内在する危険性が実行行為へと現実化したことが必要である。本件では、共謀内容に強盗傷害罪は含まれていない。しかし、建造物侵入窃盗において、警備員に見つかることはよくあることである。そして、乙は共謀した犯罪目的達成のために警備員の逮捕を免れるために暴行行為に及んでいるところ、上記共謀に関連して行われたものといえる。

     したがって、乙の暴行行為には、乙丙間の共謀の射程が及び、共謀に基づく実行行為にあたる(②充足)。

   エ よって、丙は、強盗傷害罪の共同正犯の客観的構成要件を充足する。

 (2) もっとも、丙は、乙の暴行行為について認識・認容していないため、故意(38条1項)が認められない[1]

 (3) よって、丙に強盗傷害罪は成立しない。

第3 甲の罪責

 1 甲には何らの犯罪も成立しない。

(1) 甲が、乙に対して「むちゃせんといてや」と言った行為について、甲の住居侵入罪及び窃盗罪の幇助犯(62条1項)は成立しない。

  ア 「幇助」とは、実行行為の遂行を促進し構成要件該当事実の惹起を促進することをいう。

    本件では、甲は、「むちゃせんといてや」と、乙の犯行計画を応援しているともとれる発言をしているため、心理的幇助行為を行っているとも思える。しかし、「むちゃせんといてや」という発言は、積極的に犯罪行為を応援するものではなく、正犯の実行行為を促進するような心理的援助とまではいえない。

    したがって、甲の上記行為は「幇助」にあたらない[2]

   イ また、仮に上記行為は幇助行為にあたるとしても、乙は甲の発言を全く気にもとめていなかった以上、甲の正犯行為との間に心理的因果性が認められない。

   ウ よって、甲の上記行為に幇助犯は成立しない。

(2) 甲が、乙がAに盗みに入ることを察知したにも関わらず、犯行を阻止しなかった点についても、不作為の幇助犯は成立しない。

  ア 不作為によっても幇助行為はなしうるものの、自由保障機能の観点から、作為との構成要件的同価値性が必要であると考える。すなわち、①作為の容易性・可能性を前提として②作為義務違反が必要であると考える。

    本件では、確かに乙丙の犯行計画を知っているのは甲のみであり、甲以外の者に乙丙の犯罪を阻止することは困難であったといえるため、乙の正犯行為を促進する点について支配性を有する。しかし、甲と乙は同棲生活をしているものの、交際しているにすぎず、甲は乙の犯罪を阻止する義務を負わない。また、Aとの関係でも甲は無関係の第三者であるため、Aの法益を保護するため、乙の犯罪を阻止する義務も負わない。したがって、甲には乙の犯行を阻止する義務がない(②不充足)

  イ よって、甲には不作為の幇助犯も成立しない。

 2 以上より、甲には何らの犯罪も成立しない。

第4 丁の罪責

 1 丁が、乙丙がAに侵入し、ショーケースを叩き割っていることを警察に通報しなかった行為について、窃盗未遂罪の幇助犯(62条1項、243条、235条)が成立する[3]

 (1) 丁は、何らの作為もしていないものの、警察に通報しないという不作為の「幇助」をしている。

   ア 本件では、乙丙がAに侵入した時点で、乙丙の犯行に気づき警察に通報することができたのは、丁のみである。そうだとすれば、乙丙の犯行を物理的に容易にすることについて、丁が支配しているといえる。また、乙はAの警備員であり、契約上Aの法益を保護する義務を負っている。以上にかんがみれば、丁には乙丙のAへの侵入に気づいた時点で警察に通報する義務があったといえ、作為義務違反が認められる(②充足)。また、上記作為義務は容易かつ可能である(①充足)。

   イ したがって、甲に不作為の「幇助」が認められる。なお、本件幇助は物理的幇助であるため、正犯者の認識がなくとも幇助が可能であるため、片面的幇助が認められる。

 (2) 丁が上記作為義務を履行していれば、乙丙がそれ以上窃盗行為を継続することは困難であったといえ、正犯行為を困難にすることが合理的疑いを超える程度に確実である。したがって、丁の不作為幇助と乙丙の上記正犯行為との間に因果性が認められる。

 (3) よって、丁の上記行為に窃盗未遂罪の幇助犯が成立する。

 2 以上より、丁は窃盗未遂罪の幇助犯が成立し、必要的減軽となる(62条1項、63条)。丁はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 乙の暴行行為との関係では、丙の主観的認識とのズレがないため、共犯の錯誤は問題とならないと思われる。 

[2] 本書解説では、心理的因果性がない、としており専ら因果性要件が切れることを甲の作為の幇助犯否定の論拠としている。本件において、甲の行為と乙の結果との間の心理的因果性が欠けることについては本解答例後述のとおり賛成である。しかし、「むちゃせんといてや」という発言のみでは、心理的に正犯者の犯意を強化・促進する行為にあたるとは思われないため、本解答例では、因果性要件以前に幇助行為該当性を否定している。

[3] 丁が気付いた時には乙丙の建造物侵入罪は既に既遂に達しているため、建造物侵入罪の幇助犯は問題とならない。窃盗未遂罪(及び強盗傷害罪)の幇助犯の成否のみが問題となる。