法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題30 「暗転した同窓会」 解答例

解答例

第1 第1暴行について

 1 甲乙が共同してBに対し暴行を行う中で甲が第1暴行によってBを死亡させた点について、甲乙には何らの犯罪も成立しない。

 2 甲乙の上記行為について傷害致死罪の共同正犯(205条、60条)の客観的構成要件は充足する。

 (1) 甲乙は第1暴行前にそれぞれBに対し顔面や腹部を蹴るなどの不法な有形力行使たる「暴行」(208条)という犯罪を「実行」している。

 (2) 甲乙はAの髪からBの手を離させようとして上記暴行に出ているところ、明示的な意思連絡はないものの共同意思が認められ、「共同」にあたる。

 (3) したがって、上記暴行と一連一体の中で行われた第1暴行について、甲との間に実行共同正犯が成立する。

 3 もっとも、第1暴行については正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却される。

 (1) 侵害者Bは「他人の権利」であるAの髪を引っ張るなどの暴行行為に出ているところ、Aの身体にたいする侵害が現在しているといえ、「急迫不正の侵害」が認められる。

 (2) 甲乙には防衛の意思が認められ、「防衛するため」にあたる。

ア 行為不法の観点から、正当防衛には防衛の意思が必要であると考える。そこで、「防衛するため」とは、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態をいう。

イ 本件では、甲乙はAの髪からBの手を離させようとしているところ、甲乙両者に急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態が認められる。なお、甲は上記防衛行為時に憤激しているものの、防衛者が侵害者に対して攻撃意思を有することは通常あり得るため、専ら攻撃の意思によるものでない限り防衛の意思は認められる。本件においても、甲にはなお防衛の意思が併存しているといえる。

(3) 上記行為はAの法益保護のために「やむを得ずにした」行為といえる。

   ア 「やむを得ずにした」とは、法益保護のために必要最小限度の防衛行為を意味すると考える。

   イ 本件では、甲はBの顔面という人体の中でも要保護性の高い部位を強く殴打しているところ、Aの身体という法益保護との関係で必要最小限度とまではいえないとも思える。しかし、甲が第1暴行に出る前においてが、甲乙は腕や手をつかむなど比較的態様の弱い行為から防衛行為を始めており、その後、顔面や腹部を殴るなどの行為に移行している。それでも、BはAの髪を離そうとしないどころか、かえって同女の髪を強く引っ張り回しながら、「馬鹿野郎」と悪態をつき、侵害態様を強めている。このような侵害状況にかんがみれば、Aの身体に対しての法益保護の要請が高まっており、甲が比較的態様の強い防衛行為に出る必要性が認められる。そうだとすれば、体制を崩したBの顔面を強く殴打して不可抗力的にAの髪からBの手を離させようとすることは必要最小限度の行為であったといえる。

   ウ したがって、第1暴行は「やむを得ずにした」といえる。

 (4) よって、上記行為に正当防衛が成立し、違法性が阻却される。

 4 以上より、第1暴行については、甲乙に何らの犯罪も成立しない。

第2 第2暴行について

 1 乙が第2暴行を行った点について、傷害罪(204条)が成立する

 (1) 乙の第2暴行によりBは生理的機能に傷害が生じており「傷害」にあたる。

 (2) 乙の第2暴行について、正当防衛は成立せず、違法性は阻却されない。

   ア 第2暴行時点においては、Bは既に仰向けに倒れたまま動かなくなっており、再度立ち上がって乱暴を振るう気配がなかった。したがって、かかる時点でAに対する侵害の現在性は失われ、「急迫」の侵害が認められない。

   イ また、第2暴行は第1暴行と一連の行為ともいえないため、この点から第2暴行に過剰防衛が成立することもない。

   (ア) 正当防衛の成立する第1暴行と第2暴行が一連一体の行為といえる場合には、全体として正当防衛判断を行うことができると考える。そして、一連の行為と認められるかは、第1行為と第2行為の時間的場所的連続性、行為態様の連続性及び防衛的心理の連続性の観点から判断すると考える。

   (イ) 本件では、第1暴行と第2暴行は同一の場所において連続的に行われている。しかし、乙は第2暴行時点においてBが意識を失ったように動かなくなっていることを十分に認識していた。また、第1暴行はAの髪からBの手を離させるために行われていたのに対し、第2暴行時点においては、Bの理不尽な攻撃に激怒しているところ、防衛的心理状態に連続性が認められない。また、その行為態様も倒れたBに対し一方的に足蹴にするなどの行為に変わっていることから行為態様の連続性も認められない。

   (ウ) したがって、第2暴行は第1暴行と一連の行為とはいえない。なお、もし仮に一連の行為と評価できるとしても、その場合、本件で乙には傷害罪ではなく傷害致死罪が成立することになってしまい、分断的評価よりも乙に不利な犯罪が成立することになってしまう。したがって、利益原則の観点から、第1暴行と第2暴行は分断的に評価すべきであるため、第2暴行に過剰防衛が成立しないことに変わりはない。この点で、判例は妥当でない。

 (3) よって、乙の第2暴行について傷害罪が成立し、乙はかかる罪責を負う。

 2 乙の第2暴行について、甲には乙との共犯関係が認められず、何らの犯罪も成立しない。

(1) 第1暴行時点における甲乙間の共謀の射程は及ばない。

  ア 共犯の処罰根拠は正犯者を介して法益侵害を惹起した点にあるところ、共犯関係に内在する危険が結果へと現実化した場合には、因果性が認められ、共謀に基づく実行行為にあたると考える。

  イ 本件では、甲乙には明示的な意思連絡はない。しかし、甲乙はAを防衛するために共同して第1暴行に及んでいるところ、Aを防衛する範囲でBに対し暴行行為を加えるという共謀があったものと認められる。そうだとすれば、Bからの急迫の侵害が終了し、それを十分に認識しつつ乙が第2暴行に及んだ点については、動機の連続性が認められない。そうだとすれば、第1暴行時点における甲乙間で形成された共謀の心理的因果性から勢いづけられたものとはいえず、共謀に内在する危険が第2暴行へと現実化したとはいえない。

  ウ したがって、第2暴行は共謀に基づく実行行為にあたらない。

(2) 第2暴行時点において、甲乙間で何らからの会話が交わされた事実がないため、新たな共謀も認められない。

(3) よって、甲に共同正犯は成立せず、甲に第2暴行について何らの犯罪も成立しない。

以上