法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題34 「金とカードと男と女」 解答例

解答例

第1 甲の罪責

 1 甲がATMから現金200万円を引き出した行為に、業務上横領罪(253条)が成立する。

 (1) 現金200万円はA社が使途を限定した金銭であり、株式会社A代表取締役B名義の預金口座に預けられており甲の一般財産との混同が禁止されているところ、金銭そのものが「他人の物」にあたる。

(2) 「占有」とは、①当該財物に権原を有する者との委託関係に基づいて②濫用のおそれのある支配力を有することをいう。甲はAの経理事務員としてBから経理全般を任されており、B名義の普通預金口座の正当な払戻権限を有している上同口座の預金通帳、印鑑、キャッシュカードを保管しているおり、法律上の支配を有する。したがって、Aの預金について甲は濫用のおそれのある支配力を有する(②充足)。また、かかる占有はAの代表取締役Bの委託に基づく(①充足)。したがって、甲は預金について「占有」している。

(3) 「業務」とは、社会生活上の地位に基づいて、反復継続して行われる事務のうち、委託を受けて物を管理することを内容とする事務[1]をいうところ、甲はAの経理事務員として同預金を管理しているため「業務」にあたる。

(4) 「横領」とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いてその物につき権原がないのに所有者でなければできないような処分をする不法領得の意思の発現行為[2]をいう。甲は乙がやくざに払う手打ち金のために現金200万円を引き出しているところ、委託の任務に背いく権限逸脱行為である。また、上記目的は預金の所有者でなければできないような処分であるため、そのような目的のために200万円を引き出す行為は、不法領得の意思の外部的発現といえる。したがって、「横領」にあたる。

(5) よって、甲の上記行為に業務上横領罪が成立する。なお、単純横領罪の限度で乙と共同正犯となる。

2 以上より、甲は業務上横領罪の罪責を負う。

第2 乙の罪責

 1 乙が甲に対し「やくざに殺されてしまう」などと虚偽の事実を告げ、よって甲に200万円を交付させた行為に詐欺罪(246条1項)が成立する。

 (1) 「人を欺」く行為とは、財物の主観性故に広がる処罰範囲限定の観点から、財産交付の判断の基礎となる重要な事実を偽る行為[3]をいう。本件では、乙は200万円用意しなければやくざに殺されてしまうなどと虚偽の事実を告げている。甲は乙に好意を抱いており、上記事実が真実だとすれば、乙を助けるために200万円を立て替えるといえる。そうだとすれば、上記虚偽の事実は甲にとって重要事項である。したがって、「人を欺」く行為にあたるといえる。

 (2) 甲は上記行為によって錯誤に陥り、それによって乙に200万円を「交付」している。

 (3) よって、甲の上記行為に詐欺罪が成立する。

 2 乙が甲と共謀の上、甲が第1に1の行為に出た点について、単純横領罪の共同正犯(60条、252条1項)が成立する。

 (1) 甲は乙に対し、「会社のお金を貸してあげる」などと申し向けており、乙は「分かった」などと200万円の調達を依頼しているため意思連絡が認められる。また、かかる調達は乙が200万円を甲からだまし取るためのものであるところ、乙には正犯意思及び重要な役割が認められ、甲乙間に共謀が認められる。また、かかる共謀に基づいて甲は上記行為に出ている。したがって、乙は共同正犯の客観的構成要件を充足する。

 (2) 乙は甲が会社の金に不正に手をつけることを認識しつつそれでも構わないと認容しているため、業務上横領罪の認識認容たる故意(38条1項)が認められる。

 (3) 乙は業務上横領罪の占有者及び業務者という身分を有しないものの、単純横領罪の限度で共同正犯が成立する。

   ア 文言通り、65条1項は構成的身分犯の成立と科刑、65条2項は加減的身分犯の成立と科刑を定めたものと考える。

   イ 占有者という身分は委託関係の侵害という新たな法益の侵害によって占有離脱物横領罪とは異なる罪質の犯罪であるため、実質的に構成的身分犯にあたる。これに対して、業務者という身分は、かかる身分がなくても単純横領罪で処罰可能であるため加減的身分であるといえる。以上にかんがみれば、占有者という身分に65条1項が、業務者という身分に65条2項が適用される。

   ウ したがって、乙は単純横領罪の限度で共同正犯が成立する。

 (4) よって、上記点について、乙に単純横領罪の共同正犯が成立する。

 3 乙が甲に対して「会社の金を使い込んだことをばらすぞ」などと甲を脅し、よってキャッシュカードを交付させた行為に恐喝罪(249条1項)が成立する。

 (1) 「財物」とは、財産的価値を有する有体物をいうところ、キャッシュカードはそれ自体として所有権の対象となるため、「財物」にあたる[4]

 (2) 「恐喝」とは、暴行脅迫により被害者を畏怖させること[5]をいうところ、乙の上記行為は甲の犯罪の告発をほのめかすものであり、甲を畏怖させるに足りる害悪の告知であるため、「恐喝」にあたる。

 (3) 乙の上記行為によって甲は畏怖し、それによって乙は甲にキャッシュカードを「交付」している。

 (4) よって、乙上記行為に恐喝罪が成立する。

 4 乙が、8月17日深夜、甲のキャッシュカードを用いてATMから現金10万円を引き出した行為に、Fに対する窃盗罪(235条)が成立する。

 (1) 現金10万円はFたる「他人の物」である。

 (2) 「窃取」とは、他人が占有する財物を、占有者の意思に反して自己又は第三者の占有に移転させること[6]をいう。本件では、10万円はFの事実上の支配が認められる。また、乙は甲の預金口座について正当な払戻権限がない以上、Fの意思に反して10万円を自己の占有に移転させている。したがって、乙の上記行為は「窃取」にあたる。

 (3) よって、乙の上記行為に窃盗罪が成立する。

 5 乙が、8月19日、FのATMで暗証番号を入力した行為に窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。

 (1) まず、乙は現金を引き出すために暗証番号を入力しているところ、窃取行為に密接に関連する行為にでているため窃取行為の「実行に着手」(43条本文)といえる。

 (2) 甲の預金口座は取引停止措置が既にとられており現金を引き出すことは不可能であったものの、なお乙の上記行為に実行行為性が認められる。

   ア 実行行為とは法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為をいう。行為不法の観点から、かかる危険性が認められるかは一般人の認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎に一般人を基準に判断する。

   イ 本件では、乙が甲からキャッシュカードを受け取ってから2日後の出来事である上、一昨日の時点では現金を引き出すことが可能であったため、甲がその後取引停止措置をとった事実について一般人に認識可能であったとはいえない[7]。そこで、かかる事情を排除して判断するところ、乙の上記行為によって現金が引き出される危険性があったといえる。

   ウ したがって、乙の上記行為に実行行為性が認められる。

 (3) よって、乙の上記行為に窃盗未遂罪が成立する。

 6 乙がGを突き飛ばした行為は、Gの犯行を抑圧するに足りるものではないため、事後強盗罪は成立せず、暴行罪(208条)が成立するにとどまる。

 7 以上より、乙の一連の行為に①詐欺罪②単純横領罪の共同正犯③恐喝罪④窃盗罪⑤窃盗未遂罪⑥暴行罪が成立し、④⑤は時間的に連続したFの財産という同一の法益侵害であるため、包括一罪として④に吸収され、それ以外は併合罪(45条)となり、乙はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 山口青本・340頁参照。

[2] 最判昭和24年3月8日参照。

[3] 最決平成22年7月9日参照。

[4] 預金通帳の財物性を認め詐欺罪(246条1項)の成立を認めた最決平成14年10月21日参照。もっとも、同決定は詐欺罪と偽造犯罪の合理的区別という観点から財物性を論じるものであるため、詐欺罪以外の財物性判断と同一議論とはならない点に注意が必要である。橋爪連載(各論)・第8回104頁参照。もっとも、詐欺罪以外の財産犯では偽造犯罪との合理的区別という問題が生じず財物性判断も広がるため、キャッシュカードについて恐喝罪の財物性が肯定されることに異論はないと思われる。本書解説も1項恐喝罪を念頭に置くものと思われる。

[5] 山口青本・324頁参照。

[6] 山口青本・288頁参照。

[7] 本書解説は、取引停止措置と乙の引出し行為との時間的近接性を考慮している。客観的危険説からかかる考慮は妥当であると思われるのに対し、具体的危険説に立った場合かかる考慮が妥当かは疑問である。むしろ乙がキャッシュカードを受け取った時点と取引停止時点との時間的近接性から、甲が取引停止措置を既にとったであろうと一般人が認識可能であるかを判断すべきであるように思われる。本解答例はこのような理解に基づいて論述している。さらに検討してみたい。