解答例
1 甲は、見通しの悪い交差点において、徐行し、進路の安全を確認しつつ進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り自動車を進行させているが、Aの死について過失運転致死罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)は成立しない。
2 「自動車の運転上必要な注意を怠」った、すなわち、過失とは法益侵害の危険に対する予見可能性を前提とした結果回避義務違反を意味する[1]。
本件では、乙は、見通しの悪い交差点に進入する際、徐行措置をとらずに自動車を運転していた。見通しの悪い交差点に進入する際には前方の他の車両運転者や歩行者と衝突し、死傷の結果が生じうることが予見可能である以上、交差点侵入時に徐行義務が認められる。それにもかかわらず、乙はかかる義務を履行していない。
したがって、乙の上記行為は「自動車の運転上必要な注意を怠」ったといえる。
3 もっとも、甲の上記義務違反行為がなかったとしても、A車両との衝突を回避することが合理的疑いを超える程度に確実とはいえず、因果関係が認められない[2]。
(1) 行為者に結果責任を負わせるためには、義務違反行為と結果発生との間に因果関係が認められる必要があるところ、義務違反行為がなかった場合には当該結果発生を回避することが合理的疑いを超える程度に確実であったといえる場合に因果関係が認められると考える。
(2) 本件では、Aは酒気を帯び、指定最高速度である時速30キロメートルを大幅に超える時速70キロメートルで足元に落とした携帯電話を拾うため前方を注視せずに走行し、対面信号機が赤色灯火の点滅を表示しているにもかかわらず、そのまま交差点に進入してきた事情が認められる。かかる事情にかんがみれば、甲が上記義務を履行し、時速10キロメートルないし15キロメートル減速して交差点内に侵入していたと仮定したとき、甲車が衝突地点の手前で停止することができ、衝突を回避することができた可能性もあったが、間違いなくできたと断定することには困難があった。
そうだとすれば、徐行義務違反行為がなかったとすれば、A車両との衝突を回避することが合理的疑いを超える程度に確実であったとはいえない。
(3) したがって、甲の上記義務違反行為とA車両の衝突との間に因果関係が認められない。
4 よって、甲の上記行為に、過失運転致死罪が成立せず、なんらの犯罪も成立しない。
以上
[1] 新過失論からの立論。
[2] 結果回避可能性を結果回避義務の前提とは別に因果関係として要求する見解を前提とする。橋爪連載(総論)・第7回121頁参照。