法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題41 「ノー・ウェイ・アウト(No Way Out)」 解答例

解答例

1 甲の第1暴行について、暴行罪(208条)が成立する。

2 甲の第2暴行に傷害罪(204条)が成立する。

(1) 甲の第2暴行はAの生理的機能を障害するに足りる行為である上、それによって、Aには加療約2週間を要する顔面挫創の「傷害」を負っている。

(2) 甲には上記障害罪の故意(38条1項)が認められる。

(3) 甲の第2暴行について正当防衛(36条1項)が成立せず、違法性が阻却されない。

  ア 甲は、Aから右腕で公法から甲の背中の上部又は首付近を強く殴打されている上、さらにAから殴りかかられようとしているところ、甲の身体という「自己の権利」に対して法益侵害が現在し「急迫」の侵害が認められる。

  イ Aは甲に対して殴打行為に及ぶ前に甲から第1暴行を受けているため、Aの甲に対する殴打行為に正当防衛が成立し違法性が阻却される結果、「不正」の侵害にあたらないとも思える。しかし、Aの殴打行為時には既に甲の第1暴行から数分が経過し、侵害が終了しているところ、「急迫」性が認められないため、Aの殴打行為に正当防衛は成立しない。

    したがって、Aの行為は不法な有形力行使といえ「不正」な侵害にあたる。

  ウ 行為不法の観点から、防衛の意思が必要であるところ、「防衛するため」とは、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態をいう。

    本件では、甲はAからの侵害を防衛する目的で第2暴行に及んでいるといえるところ、Aの攻撃を避けようとする単純な心理状態が認められる。

したがって「防衛の意思」が認められる。

  エ 「やむを得ずにした」行為とは、防衛するための必要最小限度の法益侵害行為を意味すると考える[1]

    本件では、確かに、甲は素手のAに対し、特殊警棒という武器を用いて防衛行為に出ているところ、武器対等の原則に反し、必要最小限度の法益侵害とはいえないとも思える。しかし、甲は41歳で、身長165センチメートル、体重60キログラムであるのに対し、Aは31歳と甲より10歳も若く体力的に勝る上、身長175センチメートル、体重75キログラムと甲よりも非常に体格がよく、Aの侵害に対して甲が素手で防衛行為に出ても、防衛目的を達することができないといえる。そうだとすれば、甲が特殊警棒を用いた点については、より緩やかな法益侵害行為がなく、必要最小限度の法益侵害行為といえる。

    したがって、甲の上記行為は「やむを得ずにした」といえる。

  オ もっとも、上記防衛行為は、甲の先行する第1暴行によって引き起こされており、自招防衛として正当防衛状況に欠く結果、正当防衛が成立しない。

  (ア) 違法性阻却の実質的根拠は、当該行為が社会的相当性を有する点にある。そこで、①相手方の攻撃が、防衛行為者の先行する暴行行為と時間的場所的に近接し、②侵害行為が防衛行為者の先行する暴行の程度を大きく超えるものでない場合には、自招防衛として正当防衛状況を欠くと考える[2]

  (イ) 本件では、Aの甲に対する殴打行為は第1暴行の数分後及び、第1暴行の現場から26メートル先を左折して60メートル進んだ歩道上で行われているところ、時間的場所的近接性が認められる(①充足)。また、第1暴行はAの左ほおを手けんで殴打する行為であり、他方、Aの殴打行為も、素手で甲の背中の上部または首付近を殴打する行為であるため、行為態様も同様で障害部位も人体の枢要部である点で共通している。以上にかんがみれば、Aの殴打行為は、甲の第1暴行の程度を大きく超えるものではない(②)。

  (ウ) したがって、正当防衛状況を欠く。

(4) よって、甲の第2暴行に傷害罪が成立する。

3 甲がB所有の無人の倉庫の敷地に逃げ込んだ行為に建造物侵入罪(130条)は成立せず、犯罪不成立である。

(1) B所有の無人倉庫の敷地は、「建造物」にあたる。

  ア 建造物侵入罪の保護法益は建造物管理権者の管理権であるところ、建造物と一体である囲繞地についても、管理権が及び「建造物」に含まれると考える[3]

  イ 本件では、B所有の倉庫の敷地に、高さ100センチメートルのフェンスで囲まれ門には鍵がかかっており、人が自由に立ち入ることのできる敷地ではないため、同敷地は囲繞地にあたる。

  ウ したがって、甲が逃げ込んだ敷地は「建造物」にあたる。

(2) 甲は管理権者Bの意思に反して同敷地に立ち入り「侵入」している。

(3) 甲には、住居侵入罪の故意(38条1項)が認められる。

(4) もっとも、甲の上記行為に緊急避難(37条1項)が成立し、違法性が阻却される。

  ア Aはサバイバルナイフを手にしながら、甲に対し、「痛い目にあわせてやるかたそこで待ってろ」などと叫びながら、甲に自転車で走って向かっているところ、甲の生命・身体という「自己」の「生命」「身体」に法益侵害が切迫し、「現在の危難」が認められる。

  イ 「やむを得ずにした」行為とは、より侵害性の低い行為が他に存在しないことをいう[4]

    本件では、Aは自転車で甲に向かっており、甲は道路を走って逃げたのではAの追跡を免れることはできない。また、道路の左側には逃げる場所がなかった。以上にかんがみれば、甲は道路の右側にあったB所有の無人の倉庫の敷地に逃げ込むか、Aの侵害を逃れる他の手段がなかった。

したがって、より侵害性の低い行為が他に存在せず、「やむを得ずにした行為」といえる。

  ウ 甲の避難によって生じた害は、Bの倉庫の敷地に対する管理権侵害であるのに対し、甲が避けようとした害は、甲の生命・身体に対する侵害であるところ、後者の利益は前者の利益に優越し、法益権衡が認められ、「これによって……超えなかった」にあたる。

  エ したがって、甲の上記行為に緊急避難が成立し、違法性が阻却される。

(5) よって、甲の上記行為に建造物侵入罪が成立せず、犯罪が成立しない。

4 甲の第3暴行について、傷害致死罪(205条)は成立しない。

(1) 甲は、第3暴行によって、Aに脳挫傷の「傷害」を負わせている。

(2) Aは上記傷害が原因で死亡している。

(3) Aの死は、脳血管障害というAの疾患とあいまって発生しているが、なお甲の第3暴行とAの死との間に因果関係が認められる。

  ア 法的因果関係とは、当該結果発生について行為者に帰責できるか、という問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化した場合には因果関係が認められると考える。そして、人はそれぞれ異なった特徴を有し個人として尊重されるべきところ、危険性判断において被害者の素因は判断基底に取り込まれると考える[5]

  イ 本件では、Aの病気は、Aも周りの者も誰も事前に認識していないものの、上記のとおり事前判断に取り込まれる。そうだとすれば、甲の第3暴行は脳血管障害を有するAにとっては死の危険のある行為であり、かかる危険が直接結果へと現実化したといえる。

  ウ したがって、甲の第3暴行と使途の間に因果関係が認められる。

(4) 甲には、傷害罪の故意(38条1項)が認められる。

(5) もっとも、甲の第3暴行に正当防衛が成立し、違法性が阻却される。

ア Aの侵害行為は、甲の第2暴行から約30分、同現場から20キロメートル離れた場所での出来事であり、時間的場所的近接性が認められない(①不充足)。また、その行為態様も刃渡り15メートルという殺傷能力の高いサバイバルナイフを使用しており、第2暴行の程度を大きく超える(②不充足)。したがって、甲の自招防衛とはいえず、正当防衛状況にあるといえる。

  イ 甲は、Aからナイフで自己の顔あたりにきりかかられているところ、甲の生命・身体という「自己の権利」に対して、「急迫不正の侵害」が認められる。

  ウ 甲は、自己の身を守るため第3暴行に及んでおり、防衛の意思が認められ「防衛するため」にあたる。

  エ Aは前述のとおり甲の顔をナイフで切りかかるという非常に危険な行為に及んでおり、甲としては素手をもって対抗することは非常に困難である。そうだとすれば、甲が特殊警棒をもってAに対抗することはA及び甲の体格差からしても必要最小限度の法益侵害行為といえる。確かに、甲はAの後頭部という危険な部位を殴打しているものの、攻撃意思の旺盛なAに対しては動きを封じるため相応の態様の強い行為が必要であったといえるため、なお必要最小限度といえる。

 オ よって、正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却される。

(6) 甲の第3暴行に傷害致死罪が成立せず、犯罪が成立しない。

5 以上より、甲の一連の行為に①暴行罪②傷害罪が成立し、両者はAの身体に対す法益侵害という点で共通し、かつ時間的近接性も認められるため、①は②に吸収され包括一罪となる。

以上

 

[1] 山口青本・72頁参照。

[2] 最決平成20年5月20日参照。

[3] 最判昭和51年3月4日参照。

[4] 山口青本・78頁参照。

[5] 最判昭和46年6月17日参照。