法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題46 「夜の帝王」 解答例

解答例

第1 甲の罪責

 1 甲が、殺害目的で、甲の両親の自宅に合い鍵を用いて入った行為に、住居侵入罪(刑法130条)が成立する。

 (1) 甲は、甲の両親の子であるが、両親の自宅に住んでいるわけではないのでAの住建に属さず、「人の」「住居」にあたる。

 (2) 甲は、合鍵を用いて平穏に両親の自宅に入っているが、「侵入」にあたる。

   ア 本罪の保護法益は住居権者の住居権にあるところ「侵入」とは、住居権者の意思に反する立入り[1]をいう。

   イ 甲は、両親を殺害する目的で自宅に立ち入っており、このような子を自宅に入れることは両親であっても承諾しないであろうから、甲の両親の意思に反する。

   ウ したがって、「侵入」にあたる。

 (3) よって、甲の上記行為に住居侵入罪が成立する。

 2 甲が、殺意をもって、両親を金属バットで殴りつけよって死亡させた行為にそれぞれ殺人罪(199条)が成立する。

 (1) 甲の上記行為は2項強盗罪(236条2項)の「暴行」にはあたらない。

   ア 「暴行」とは、処罰範囲限定の観点及び恐喝罪との区別の観点から、①現実的かつ具体的な利益移転に向けられた②被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の不法な有形力行使をいう。

   イ 本件では、甲は甲の両親の子であり相続人にあたる(民法887条1項)。もっとも、相続による財産の承継は、事実上の期待権にすぎないのであり、甲の上記行為が現実的な利益移転に向けられたとはいえない(①不充足)[2]

   ウ したがって、「暴行」にあたらない。

 (2) よって、殺人罪が成立する。

 3 甲がCに対して、甲の両親であるかのように偽り、カードの暗証番号を聞いた行為に2項詐欺罪(246条2項)が成立する。

 (1) 「人を欺」く行為とは、①現実的かつ具体的な利益移転に向けられた②処分の判断の基礎となる重要な事項を偽る行為をいうところ、キャッシュカードの暗証番号はキャッシュカードとその暗唱番号を用いて、事実上ATMを通して預金口座から預金の払戻しを受け得る地位という財産上の利益を有する。したがって、甲の上記行為は現実的かつ具体的な利益移転に向けられている(①充足)。また、甲の上記行為はC名義の預金口座の積立金管理を行っていた甲の両親になりすましているところ、Cにとって暗証番号を伝えるか否かに重要な事項を偽る挙動による欺罔にあたる(②充足)。したがって、「人を欺」く行為にあたる。

 (2) 甲の上記行為によってCは錯誤に陥り、それによって甲に暗唱番号を伝えている

 (3) よって、甲の上記行為に詐欺罪が成立する。

 4 甲が、両親のキャッシュカードを身に着けて玄関先に出た行為に、窃盗罪(235条)が成立する。

 (1) キャッシュカード等は「他人の財物」にあたる。

 (2) 甲の両親は死亡しているが、甲との関係で財物に対する支配が認められ「窃取」にあたる。

ア 「窃取」とは、他人が占有する財物を、占有者の意思に反して自己又は第三者の占有に移転させることをいう。占有とは財物に対する事実上の支配をいう。そして死者に占有は認められないのが原則であるが、①被害者を死亡させた犯人との関係で②殺害行為と窃取行為との間に時間的場所的連続性が認められる場合には、例外的に死者の占有が認められると考える[3]

イ 本件では、前述のとおり甲は両親を殺害している(①充足)。また、窃取行為と殺害行為は時間的にも連続しており場所的にも同一の場所で行われている(②充足)。したがって、キャッシュカードその他の物は甲の両親の占有にある。甲の上記行為はかかる財物を自己の占有に移転移するものである。

ウ したがって、「窃取」にあたる。

 (3) もっとも、キャッシュカード以外の金目の物は所有者及び占有者が甲の両親という「直系血族」にあたるため、244条1項により刑が免除される。

 (3) よって、甲の上記行為に窃盗罪が成立する。

 5 甲がFに対し、石を投げつけ、Fの顔面に命中し、よって重傷を負わせた行為に強盗傷人罪(240条)が成立する。

 (1) 前述のとおり、甲は「窃盗」にあたる。 また、甲の上記行為は窃盗の機械継続中になされた相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の行為であり「暴行」にあたる。甲は捕まってなるものかと思っているため「逮捕を免れ」る目的を有している。したがって、甲の上記行為に事後強盗罪(238条)が成立し、「強盗」にあたる。

 (2) 甲の上記行為によってFは重傷を負い「負傷」している。

 (3) 故意(38条1項)とは、構成要件該当事実の認識認容をいう。甲の上記行為は傷害結果を発生させる危険性の高い行為であり、かかる事実を認識しているにもかかわらずあえて行為に出ているところ、認容も認められる。したがって、故意が認められる。

 (4) よって、甲の上記行為に強盗傷人罪が成立する。

 6 甲の5の行為によって、Fのメガネという「他人の物」を粉々にし、効用を害して「損壊」した行為に器物損壊罪(261条)が成立する。

 7 以上より、甲の一連の行為に①住居侵入罪②殺人罪③殺人罪④詐欺罪⑤窃盗罪⑥強盗傷人罪⑦器物損壊罪が成立し、①と②③は牽連犯(54条後段)として全体として科刑上一罪となり、⑤は⑥の法益侵害に含まれるため吸収される。また、⑦は⑥の行為によって不可避的に生じるものであるから単純一罪として⑥に吸収される[4]。①②③と④と⑥はそれぞれ併合罪(45条)となる。甲はかかる罪責を負う。

第2 乙の罪責

 1 乙が、Hと共謀の上、Hが甲を殺害した点について、殺人罪の共同正犯(60条、199条)が成立する。

 (1) Hは乙と共謀し、かかる共謀に基づいて甲を殺害しているため、殺人罪の共謀共同正犯が成立する。

 (2) 乙は、甲のAの経営権という財産上の利益を奪い取るために上記行為に及んでいるものの、甲を殺害したとしても確実に乙がAの経営者になれるとは限らないため、上記行為は現実的かつ具体的な利益移転に向けられたとはいえず(①不充足)、「暴行」(236条2項)にはあたらない[5]。よって、強盗罪は成立しない。

 (3) よって、乙の上記点について殺人罪の共同正犯が成立する。

 2 乙が、H共謀の上、Hが甲の死体を処理した行為に死体遺棄罪の共同正犯(60条、190条)が成立する。

 3 以上より、乙の一連の行為に①殺人罪②死体遺棄罪が成立し、乙はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 最判昭和58年4月8日参照。

[2] 相続目的の2項強盗殺人罪を否定した裁判例として、東京高判平成元年2月27日参照。もっとも、同裁判例は処分行為が観念できないという理由で強盗罪の成立を否定している。現在の通説から強盗罪の成立を否定するとすれば、本解答例のような理解によるのがもっとも自然と思われる。

[3] 最判昭和41年4月8日参照。

[4] 観念的競合(54条前段)の方が分かりやすいかもしれない。

[5] 神戸地判平成17年4月26日参照。