解答例
第1 甲の罪責
1 甲が、A所有の倉庫の敷地内に侵入した行為に、建造物侵入罪(130条)が成立する。
(1) 敷地内も「建造物」に含まれる。
ア 建造物侵入罪の保護法益は建造物管理権者の管理権であるところ、建造物と一体である囲繞地についても、管理権が及び「建造物」に含まれると考える[1]。
イ 本件では、A所有の倉庫の敷地が塀で囲まれており、人が自由に立ち入ることのできる敷地ではないため、同敷地は囲繞地にあたる。
ウ したがって、同敷地は「建造物」にあたる。
(2) 「人の看守する」とは、客体を管理・支配するための人的・物的設備を施すこと[2]をいう。A所有の倉庫及びその敷地は、夜間の警備でも数時間おきに宿直員による見回りがなされており、同倉庫及び同敷地を管理・支配するための人的設備が認められる。また、同倉庫及び同敷地は前述のとおり塀で囲まれており、管理・支配するための物的設備も認められる。したがって、同敷地は「人の看守する」建造物にあたる。
(3) 甲は、管理権者Aの意思に反して同敷地に立ち入って「侵入」している。
(4) よって、甲の上記行為に建造物侵入罪が成立する。なお、乙と共同正犯となる。
2 甲がCに対し、「近づくと撃つぞ」と叫んで、空に向けて拳銃を射撃し、よって、Cに全治7日間の擦過傷を負わせた行為に強盗致傷罪(240条)が成立する。
(1) 甲の上記行為に事後強盗罪(238条)が成立し、甲は「強盗」にあたる。
ア 「窃盗」(238条)には、窃盗未遂犯も含まれるところ、甲がA所有の倉庫の入り口のドアの鍵をバールで壊そうとした行為に窃盗未遂罪(243条、235条)が成立し、甲は「窃盗」にあたる。
実行行為とは、構成要件に該当する現実的危険性を有する行為をいうところ、かかる実行行為に着手した場合は「実行に着手」(43条本文)したといえる。もっとも、実行行為に着手していなくても、行為者の犯行計画に照らし、それに密接に関連する行為が行われた場合には、上記危険性が惹起されたといえ、「実行に着手」したと考える。
本件では、甲はA所有の倉庫の鍵を壊して、同倉庫の中に侵入し、ピカソ作の絵画を持ち出すことを計画している。倉庫の場合、内部に侵入することに成功すれば、財物を発見し、それを窃取することが引き続いて行われうるため、侵入行為と窃取行為との間に時間的場所的近接性が認められ、窃取行為を障害する特段の事情もない上、窃取行為を容易かつ確実に行うために侵入行為は必要不可欠であったといえる。以上にかんがみれば、甲の上記行為は、窃取行為と密接に関連するといえる。
したがって、甲は窃盗罪の「実行に着手」したといえる[3]。
イ 「脅迫」とは、①窃盗の機会になされた②相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の害悪の告知をいう。本件では、上記行為時、甲は窃盗の実行に着手しており、窃盗の機会に上記行為が行われている(①充足)。甲はCに対し「近づくと撃つぞ」と叫んで本物の拳銃を空に向けて射撃している。通常、本物の拳銃で威嚇射撃をされれば恐怖心によって行為者に反抗することができなくなるであろうから、甲の上記行為は相手方の犯行を抑圧するに足りるといえる(②充足)。したがって、「脅迫」にあたる。
ウ 甲は「逮捕を免れ」る目的を有していた。
エ したがって、甲の上記行為に事後強盗罪が成立し、甲は「強盗」にあたる。
(2) Cは全治7日間の擦過傷を負っており「負傷」にあたる。なお、軽微な障害については「負傷」にあたらないとの見解もあるが、240条の文言が傷害結果を限定していないこと及び強盗致傷罪の法定刑の下限が6年に引き下げられたことから、傷害の程度については量刑で考慮すれば足りると考える。
(3) 甲の上記行為とCの負傷結果との間に因果関係が認められる。
ア 法的因果関係とは、当該行為に結果発生を帰責できるかという問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化した場合に因果関係が認められると考える。
イ 本件では、甲の上記脅迫行為そのものによってCは傷害を負ったわけではなく、被害者Cの物陰に身を隠すという介在事情によるものである。しかし、かかる介在事情は、甲はCを脅迫したためにCが物陰に身を隠したのであるから、甲の上記行為に誘発されたものといえる。また、拳銃で脅されれば、人は通常自己の身を守るために近くの物陰に身を隠すであることが想定されるところ、介在事情に異常性は認められない。以上にかんがみれば、甲の上記行為の危険性が結果へと間接的に現実化したといえる。
ウ したがって、甲の上記行為と結果との間に因果関係が認められる。
(4) よって、甲の上記行為に強盗致傷罪が成立する。なお、強盗致傷罪の身体犯的性格から、傷害の結果発生がある以上既遂となる。また、乙と共同正犯となる。
3 以上より、甲の一連の行為に①建造物侵入罪②強盗致傷罪が成立し、①と②に吸収された窃盗未遂罪が目的手段の関係として牽連犯となるところ、①と②も牽連犯となり、甲はかかる罪責を負う。
第2 乙の罪責
1 乙が、A所有の倉庫の敷地内に侵入した行為に、建造物侵入罪(130条)が成立する。
2 甲乙が共謀の上、甲が第1の2の行為に出た点について、乙に強盗致傷罪の共同正犯(60条、240受)が成立する。
(1) 乙は、強盗罪の実行行為を行っていないものの、共同正犯の客観的構成要件を充足する。
ア 一部実行全部責任の処罰根拠は、各犯罪者が犯罪目的達成のため、重要な因果的寄与ないし本質的な役割を果たした点にある。
そこで、①各共犯者間に共謀があり②かかる共謀に基づく実行行為がある場合には、共同正犯の客観的構成要件を充足すると考える。
イ 本件では、甲は乙に犯行計画を打ち明けて協力を求めており、これに対して乙は計画に加わることを承諾しているため、甲乙間に意思連絡が認められる。また、乙は甲と共に犯行現場まで出向き、現場において甲のために見張り役をするという重要な役割をしている。また、乙も盗んだ絵画を売って得た金の30パーセントを分け前として渡すという約束を受けていた。ピカソ作の絵画であれば、その売却金額は億になることも考えられ、そうだとすれば、乙は何千万円の報酬を受ける約束をしていたといえる。以上にかんがみれば、乙は高額な報酬のため自己の犯罪として遂行したといえ、正犯意思も認められる。したがって、甲乙間に、ピカソ作のA所有の絵画を盗むという窃盗罪についての共謀が認められる(①充足)。
ウ 確かに、甲は事後強盗行為にでているところ、上記窃盗の共謀の射程が及び、共謀に「基づく」実行行為といえる[4]。
共謀に「基づく」実行行為とは、共謀に内在する危険性が実行行為として現実化したこと[5]をいうと考える。本件では、確かに甲乙間では窃盗罪の共謀しかなされていない。しかし、窃盗を行う場合に人に見つかり、逮捕を免れるため事後強盗罪に及ぶことは通常考えられるところ、乙の上記脅迫行為は共謀と動機の連続性が認められ、本件事後強盗罪も上記共謀に内在する危険性が実行行為として間接的に現実化したものといえる。したがって、甲の第1の2の行為は、共謀に「基づく」実行行為にあたる(②充足)。
エ よって、乙は強盗致傷罪の共同正犯の客観的構成要件を充足する。
(2) 乙は、だれかに発見されて逮捕されそうになれば、甲と共に逮捕を免れるため相手に暴行を振るうことになってもしかたがないと思っており、事後強盗罪についての認識・認容があり、故意(38条1項)が認められる。
なお、乙は、甲が拳銃を容易していることまでは知らなかったため、事後強盗罪の行為態様について誤信していたといえ、因果関係の錯誤が問題となるものの、同一の構成要件内で符合している以上、故意は阻却されない。
(3) よって、乙に強盗致傷罪の共同正犯が成立する。
3 以上より、乙に①建造物侵入罪②強盗致傷罪の共同正犯が成立し、①②は牽連犯となり、乙はかかる罪責を負う。
以上
[1] 最判昭和51年3月4日参照。
[2] 山口青本・252頁参照。
[3] 土蔵の壁の一部を破壊し、外扉の錠を破壊した段階で窃盗罪の実行の着手を肯定した判例(名古屋高判昭和25年11月14日)及び自動車ドアの鍵穴にドライバーを差し込んだ行為に窃盗罪の実行の着手を肯定した判例(東京地判平成2年11月15日)参照。なお、犯行計画ベースで未遂犯を捉える場合、住居侵入窃盗類型で、物色行為時点まで窃盗罪の実行の着手を認めない判例法理は未遂成立時期として遅すぎであり、妥当でないといえる。最決平成16年3月22日参照。
[4] 共謀の射程が問題となる同書の他の問題として、問題16、問題31等参照。
[5] 橋爪連載(総論)・第10回130頁参照。共謀の意思連絡の内容を第1次的に、実行担当者の動機の同一性・連続性の観点から検討する。なお、同書解説には、事後強盗罪の共謀が認められるか、という点から検討すべき、との解説がなされているように読めるが、事後強盗罪の黙示の共謀の認定は困難ではないかと思われ、むしろ共謀の射程から論じた方が素直なように思われる。