法律解釈の手筋

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慶應ロー入試 令和元年度(2019年度) 刑法 解答例

解答例 

第1 問題1 (以下、刑法は法名略。)

 1 事例①

   199条[1]

 2 事例②

   240条後段、236条2項[2]

 3 事例③

   252条1項[3]

 4 事例④

   60条、65条1項、252条1項[4]

 5 事例⑤

   235条

第2 問題2

 1 XがAのバッグ(以下「本件バッグ」という。)を取り上げて立ち去った行為に窃盗罪(235条)が成立しないか。

 (1) 本件客体は、Aという「他人」の本件バッグという「財物」である。

 (2) Xの上記行為は、Aがベンチから立ち去った後になされているところ、「窃取」にあたるか[5]

   ア 「窃取」とは、他人の占有する財物を占有者の意思に反して、自己又は第三者の占有に移転することをいう。占有とは、事実上の管理支配をいう[6]

   イ 本件では、確かにAはベンチから立ち去っており、他人たるAの占有から離脱しているとも思える。しかし、Xの上記行為時、Aは公園脇に駐車した自動車の車内にいた。Xの座っていたベンチからその自動車を見ることができることから、自動車からX座るベンチの隣のベンチに置かれた本件バッグを見ることもできるであろうから、Aが本件バッグの置き忘れに気づいた段階から監視行為に出る可能性が十分にある。また、本件バッグのあるベンチとAの自動車の距離もせいぜい数十メートルであると思われるから、Aがすぐにベンチまで戻って直接的支配を回復することが可能である。そうだとすれば、社会通念上、本件バッグに対してAの事実上の管理支配が及んでいたといえる。

     そして、XはAの意思に反して本件バッグを取り上げて自己の占有に移転している。

   ウ したがって、Xの上記行為は「窃取」にあたる。

 (3) 故意(38条1項)とは、構成要件該当事実に対する認識・認容をいうところ、Xは公園脇の自動車の車内でタバコを吸っていることを認識している。したがって、本件バッグにAの占有がなお及んでいることを認識し、認容した上で本件行為にでている。

    よって、Xに故意は認められる。

 (4) 以上より、Xの上記行為に窃盗罪が成立し、Xはかかる罪責を負う。

第3 設問3

 1 XがAに対し椅子を投げつけた行為は、不法な有形力行使であり「暴行」であるため、暴行罪(208条)が成立する。

 2 XがAに対しAの襟首を掴んで歩道に投げつけた行為に傷害罪(204条)が成立しないか。

 (1) Xの上記行為は、不法な有形力行使たる「暴行」であり、よって、Aは「傷害」を負っている。また、Xには少なくとも暴行罪の故意が認められる。

 (2) もっとも、Xの上記行為の直前に、AはXに対し両腕をあげてつかみかかろうとしていたところ、Xの上記行為は正当防衛(36条)として違法性が阻却されないか。

   ア AはXに対し両腕をあげてつかみかかろうとしているので、Xの身体・生命という「自己の権利」に対する「急迫不正の侵害」が認められる。

   イ もっとも、Aの上記行為は、XがAに対し椅子を投げたことにより誘発されたものであり、自招侵害としてそもそも正当防衛状況が否定されないか。

     違法性阻却事由の実質的正当化根拠は、社会的相当性の有する行為である点にある。そこで、①侵害行為が防衛者の暴行に触発された、一連一体の行為で②侵害者の攻撃が防衛者の攻撃を大きく上回っていない場合、自招侵害として社会的相当性を欠き、正当防衛状況が否定されると考える[7]

     本件では、XがAに対し椅子を投げたすぐ数分後にAがXを追いかけてきて上記暴行にでようとしており、時間的場所的近接性が認められ、一連一体の行為といえる(①充足)。また、Aの両腕でつかみかかろうとする行為は、Xの椅子を投げる行為に比べて上回る攻撃ともいえない(②充足)。以上にかんがみれば、Xの上記行為は、自招侵害として社会的相当性を欠く。

     したがって、正当防衛状況が否定される。

   ウ Xの上記行為に正当防衛は成立せず、違法性は阻却されない。

 (3) よって、Xの上記行為に傷害罪が成立する。

以上

 

[1] 最判昭和33年11月21日参照。法益関係的錯誤説の立場からは、被害者には死亡することの認識がある以上、同意殺人罪が成立するにとどまる。

[2] 最判昭和32年9月13日参照。被害者による利益の処分行為は不要である。もっとも、財産上の利益の移転は具体的かつ確実なものでなければならないとするのが通説である(前掲昭和32年判決も間接的にかかる限定を施していると読める。)。本問では、Aを殺害することで、具体的かつ確実な利益移転が認められる。

[3] 山口青本・332頁、橋爪連載(各論)・第10回86頁参照。

[4] ここでは、盗品等有償譲受罪の正犯との区別が問題となっている。盗品等有償譲受罪の場合、売主が不法領得の意思をもって買主に売却の意思表示をしていることが必要である。本問は、XがAに対し動産を自分に売却するように働きかけているため、横領罪の共同正犯が成立することになる。橋爪連載(各論)・第11回84頁参照。

[5] 占有について判断した判例として、最判昭和32年11月8日、最決平成16年8月25日、東京高判平成3年4月1日等参照。

[6] 被害者の置き忘れ事例においては、被害者による直接的支配を直ちに回復できる客観的状況があるかどうかによって決する。その場合、場所的近接性が重要な基準となるが、①単純な距離的観点と②監視を及ぼすことができるかという観点から検討していくことになる。橋爪連載(各論)第1回・83頁参照。

[7] 最決平成20年5月20日参照。