法律解釈の手筋

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令和3度年(2021年度) 慶應ロー入試 民事訴訟法 解答例

解答例

第1 設問1(以下民事訴訟法については法名略。)

1 前段について

(1) XはYを被告として消費貸借契約に基づく貸金返還請求訴訟を提起するものと考えられるが、かかる訴えに訴えの利益が認められるか。

ア 将来給付の訴えについては、あらかじめその請求をすることが必要な場合に限り許される(135条)。請求の必要性については、①給付請求権自体の特定性(請求適格)②現時点で給付判決を得る必要性の2つの観点から判断する。

イ 本件では、期限の到来していない貸金債権について請求するものであり、すでに権利発生の基礎となる事実上及び法律上の関係が存在している。したがって、給付請求権自体の特定性は充たされる(①充足)。しかし、本件請求権の存在について、XとYとの間で争いがあるかどうかについては明らかではない(②不充足)。

ウ したがって、Yが貸金返還請求権の存在や内容を争っているなどの事情がない限り、訴えの利益が認められない。

(2) よって、上記事情が認められる場合に限り、Xの訴えは認められる。

2 後段について

(1) XがYに対して貸金債権の存在確認の訴えを提起することに、訴えの利益が認められるか。

ア 確認の訴えは、その対象の無限定さ故に、訴えを限定する必要性が高い。そこで、確認の訴えは、原告の有する原告の有する権利や法律上の地位に危険または不安が存在し、そうした危険や不安を除去するために確認判決を得ることが有効かつ適切な場合に認められると考える[1]

イ 本件訴えは、上記の将来給付の訴えによる可能性があるところ、方法選択の適切性を欠く。確かに、上記のとおりXY間で争いが存在していない場合は将来給付の訴えによることができない点で、本件訴えに方法選択の適切性が認められるとも思える。しかし、XY間に争いがない場合には、即時確定の利益が認められず、本件確認の訴えによることもできない。そうだとすれば、上記将来給付の訴えが認められない場合において本件確認の訴えが認められる場合はないのであるから、方法選択の適切性に欠ける。

ウ したがって、本件確認の訴えは、確認の利益を欠く。

(2) よって、本件確認の訴えは認められない。

第2 設問2

1 第1に、1500万円の貸金返還請求訴訟(以下「本件後訴」という。)に、前訴たる500万円の貸金返還請求訴訟(以下「本件前訴」という。)の既判力が作用し、裁判所は拘束されないか。

(1)  既判力(114条1項)とは、確定された判決の主文に表された判断の通有性をいう。その趣旨は紛争解決の一回的解決という制度的要請にあり、正当化根拠は手続保障充足に基づく自己責任にある。そして、前訴既判力が後訴に作用する場合とは、前訴既判力の生じる訴訟物と後訴の訴訟物が①同一②先決③矛盾のいずれかの関係にある場合であると考える。

(2) 前訴既判力はいかなる範囲に生じるか。

ア 既判力の物的範囲(「主文に包含するもの」114条1項)は、審理の簡易化・弾力化の観点から、訴訟物に限定されると考える。

イ 一部請求の訴訟物がいかなる範囲であるかが問題となるが、原告の処分権主義と被告の副次的応訴の負担の調和の観点から、当該請求が債権総額の一部であることの明示があったと評価される場合にはその一部が訴訟物になり、明示がないと評価される場合には、禁反言の観点から債権総額が訴訟物になると考える。本件前訴では、500万円の貸金返還請求訴訟が、2000万円の貸金債権の一部であることの明示がなされている。したがって、明示があったと評価され、本件前訴の訴訟物は、XのYに対する賃貸借契約に基づく500万円の賃料支払請求権となる。本件前訴は全部棄却であるため、同請求権が存在しないことに既判力が生じる。

(3) これに対して、本件後訴の訴訟物は2000万円の貸金債権の残部であるXのYに対する消費貸借契約に基づく1500万円の貸金返還請求権である。したがって、本件前訴既判力と本件後訴訴訟物は、①ないし③のいずれの関係にもない。

(4) よって、前訴既判力は後訴に作用せず、裁判所は既判力に拘束されない。

2 第2に、本件後訴は実質的に前訴の蒸し返しであるとして、信義則により遮断されないか。

(1) 最判1998(平成10)年6月12日(以下「平成10年判決」という。)[2]によれば、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないとする。なぜなら、一部請求で敗訴したということは、原告の合理的意思の観点から債権総額を基準に債権の不成立や消滅による不存在とされた債権額が控除されたはずであり、実質的に残部について債権が存在しないという判断がなされているのが通常だからである。そうだとすれば、被告は原告から残部請求をされないと期待し、かかる期待は合理的であるのに対し、原告の全部請求を認める必要性は低い。そこで、平成10年判決の規範に従って検討する。

(2) 本件では、原告は、貸し機債権2000万円の内500万円について一部請求をし、かかる請求が全部棄却されている。本件では、Xの主張する債権総額が2000万円と確定され、かつ、かかる2000万円は消費貸借契約ではなく贈与契約によってYに交付されたと認定している。そうだとすれば、本件前訴において、裁判所は貸金債権全額について存在しないことを認定しているといえる。したがって、本件では特段の事情は認められず、判例の射程が及ぶ。

(3) よって、裁判所は、本件訴えは信義則に反するとして訴え却下判決をすべきであるから、Xは残額の1500万円を訴訟によって回収することはできない。

以上

 

[1] 最判1955(昭和30)年12月26日民集9巻14号2082頁。

[2] 民集52巻4号1147頁。