法律解釈の手筋

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『ロースクール演習 民事訴訟法[第2版]』 問題10 解答例 【判例ver.】

解答例

 

【判例ver.】

 

第1 設問1

 1 第1に、裁判所は、本件後訴が前訴既判力に抵触するとして、請求棄却判決をすべきではないか。信義則による後訴遮断の前提として、検討する[1]

 (1)  既判力とは、前訴確定判決の後訴での通用性ないしは基準性をいう。その趣旨は紛争の一回的解決という制度的要請にあり、正当化根拠は手続保障充足に基づく自己責任にある。

    そして、前訴既判力に矛盾抵触する主張・立証は排斥され(消極的作用)、後訴裁判所は前訴既判力の内容に基づいて後訴の判決を下さなければならない(積極的作用)。

    以下、本件について検討する。

(2) 前訴既判力は、いかなる範囲に生じるか。

   ア 物的範囲については、審理の簡易化・弾力化の観点から、訴訟物に生じる。また、時的範囲については、当事者の手続保障が及んでいた時点、すなわち前訴の事実審口頭弁論終結時を基準とすべきである(民事執行法35条2項参照)。人的範囲については、手続保障が及んでいた当事者にのみ及ぶのが原則である(115条1項1号 相対効)。

   イ 物的範囲について

     原告の分割的請求の自由と被告の副次的応訴の負担の調整の観点から、原告が、請求が債権全額の一部であることを明示した場合には、その一部額が訴訟物となるのに対し、かかる明示をしていない場合には、訴訟物は請求全額になると考える[2]

     本件では、Aは損害の総額は不明だが、少なくとも必要性が判明している追加・修繕工事に要する費用として300万円の損害賠償請求をしており、当該請求が一部請求であることの明示があるといえる。

     したがって、本件前訴の訴訟物は、XのYに対する不法行為に基づく300万円の損害賠償請求権である。よって、既判力は同請求権の250万円の存在及び50万円の不存在に生じる。

   ウ 時的範囲について

本件前訴の事実審口頭弁論終結時に生じている。

   エ 人的範囲について

AB間において既判力が生じている。

 (3) これに対し、後訴訴訟物はAのBに対する不法行為に基づく150万円の損害賠償請求権であり、前訴一部請求の残部請求であるため、前訴既判力との矛盾抵触はなく、前訴既判力は本件後訴当事者の主張に作用しない[3]

 (4) よって、裁判所は、本件後訴が前訴既判力に抵触するとして、請求棄却判決をすべきではない。

2 第2に、Aの本件後訴は、信義則に反するとして、裁判所は後訴を不適法却下すべきではないか。

(1) 数量的一部請求の場合、その一部請求の当否を判断するためにおのずから債権の全部について審理判断する場合で、当該債権が全く現存しないかそれに満たない額しか現存しないと判断されたときは、当該請求の残部について存在しないとの判断を示すものであり、被告は後訴において残部請求がなされないとの期待を抱く。そして、かかる期待は保護に値する一方、原告の残部請求を保護する利益は少ない。

   そこで、一部請求で敗訴した原告が残部請求をすることは、特段の事情のない限り、信義則に反し不適法却下になると考える[4]

(2) 本件はいわゆる総額不明型訴訟[5]であるが、前訴係属中に損害額の全体を知り得たというのであるから、裁判所としても債権額の全部について審理・判断した上で、前訴請求を一部認容したといえる[6]

   また、原告は前訴で総額が判明していた以上、前訴において、請求拡張によって残部請求をなし得たにも関わらず、これをしなかった。そうだとすれば、原告の残部請求を保護すべき特段の事情はない。

(3) 以上より、裁判所は、後訴を不適法却下すべきであると考える。

第2 設問2

 1 第1に、裁判所は、本件後訴が前訴既判力に抵触するとして、請求棄却判決をすべきではないか。既判力の作用は、前述の基準によって判断する。

 (1) 本件において、前訴既判力はいかなる範囲に生じるか。前述の基準によって判断する。

   ア 物的範囲について

判例における明示の機能は、明示がない場合には、被告の合理的期待を保護するため、信義則上、前訴既判力と後訴訴訟物を同一関係と捉えることで、後訴を遮断するものである。

     そこで、事実上の明示がない場合でも、例外的に信義則に反しない特段の事情が認められる場合には、回顧的にみて一部請求であるとの「明示」があったとの評価をすることができると考える 。

     本件では、確かに明確に一部請求であるとの明示はなされていない。しかし、本件はいわゆる費目限定型訴訟であり、物損と弁護士費用のみを請求していることからすれば、それ以外の損害項目については請求していない趣旨と読み取ることができ、他の損害項目について残部請求されないとの被告の期待は合理的ではない。そうだとすれば、本件では、一部請求であることが読み取れる以上、信義則に反しない特段の事情が認められる。

 したがって、本件では、回顧的にみて一部請求であることの「明示」があったといえる。

 よって、本件訴訟物は、CのDに対する不法行為に基づく150万円の損害賠償請求権であり、既判力は、かかる請求権の100万円の存在と50万円の不存在に生じる。

   イ 時的範囲について

    本件前訴の事実審口頭弁論終結時に生じている。

   ウ 人的範囲について

CD間において既判力が生じている。

(2) これに対し、本件後訴訴訟物はCのDに対する200万円の損害賠償請求権であり、本件前訴の残部請求であるため、前訴既判力との矛盾抵触はないため、前訴既判力は本件後訴の当事者の主張に作用しない。

2 第2に、Cの本件後訴は、信義則に反するとして、裁判所は後訴を不適法却下すべきではないか。前述の基準に照らし、判断する。

 (1) 本件はいわゆる費目限定型訴訟であり、数量的一部請求ではなく、特定一部請求が問題となっている。したがって、裁判所が債権全部についておのずから審理・判断するということはあり得ない[7]

    したがって、本件では特段の事情が認められる。

 (2) よって、裁判所は、本件後訴を不適法却下すべきでない。

 3 以上より、裁判所は後訴の請求権の有無につき審理して本案判決をなすべきである。

第3 設問3

 1 第1に、、裁判所は、本件後訴が前訴既判力に抵触するとして、請求棄却判決をすべきではないか。既判力の作用は、前述の基準によって判断する。

 (1) 本件において、既判力はどの範囲に生じるか。前述の基準により判断する。

   ア 物的範囲について

債務不存在確認の訴えは、給付訴訟の反対形相であるから、その訴訟物は給付訴訟と同一になると考える。そして、一部自認した部分については明示的一部請求とパラレルに考えられる。また、債務不存在確認の訴えにおいて原告が上限額を明示していないとしても、一見記録により総額が認定できる場合には、訴訟物の特定に欠けるところはなく許されると考える[8]

     本件では、CのDに対する損害賠償請求権の総額は400万円と認定可能である。そこで、本件前訴訴訟物は、Dの自認した150万円部分を除くCのDに対する不法行為に基づく250万円の損害賠償請求権であり、既判力は同請求権の100万円の存在と150万円の不存在について生じる。

   イ 時的範囲について

     本件前訴の事実審口頭弁論終結時に生じる。

   ウ 人的範囲について

     CD間において既判力が生じる。

 (2) 本件後訴訴訟物は、CのDに対する不法行為に基づく250万円の損害賠償請求権であり、かかる請求権の総額は400万円であるので、前訴既判力と100万円の限度で抵触する。そこで、100万円の部分については、裁判所は同請求権が存在するとの判断をしなければならない(積極的作用)。

    他方、150万円の部分については、前訴訴訟物となっていなかったので、矛盾抵触することなく、裁判所は前訴既判力に拘束されない。

 2 第2に、Cが後訴において前訴請求で自認した150万円の部分を争うことは信義則に反するとして、裁判所は、Cの前訴の自認部分を争う主張を却下すべきではないか。

 (1) 債務不存在確認の訴えにおいて、請求権の一部を自認するということは、その請求権の存在を認めるということであり、被告としては、後訴で残部の債務不存在確認の訴えがなされないことの期待が生じ、かかる期待は保護に値する。他方、原告としては、前訴で債権額を拡張し、自認部分についても争うことができたのである以上、後訴においてこれを争う機会を与える必要はない。。

 したがって、かかる自認部分について、前訴原告は、後訴において債務不存在確認の訴えを提起することは許されず、相手方からの給付訴訟の中で争うことも許されないと考える。

 (2) 本件では、Cの前訴の自認部分について、DがCに対し給付訴訟を提起している。したがって、かかる部分についてはCの主張を全て却下し、結果としてDの請求認容判決をすべきである。

 3 以上より、裁判所は、本件後訴請求全額について請求認容判決をすべきである。

以上

 

[1] 設問1では、被告Bは既判力の主張はしていないため、かかる点について論じる必要はないとも思えるが、受験戦略的配慮と、学修上の便宜として、論じる。

[2] 黙示の一部請求について最判昭32・6・7、明示の一部請求について最判昭37・8・10参照。なぜ明示の有無によって訴訟物の範囲が変わるのかについて、理論的説明は困難である。論証としてはこの程度で充分と思われる。

[3] ここでは具体的な主張がなされていないため、作用論を具体的にあてはめることが困難である。このような場合には「前訴既判力は後訴訴訟物に作用しない」という説明でも構わないと思われる。

[4] 最判平成10年6月12日参照。

[5] 三木浩一教授の類型論による分類の名称による。三木浩一「一部請求論の考察」「一部請求論の展開」『民事訴訟における手続運営の理論』(2013、有斐閣)参照。

[6] 前訴の口頭弁論終結時において未だ総額が判明していない場合は、裁判所が債権全部を審理・判断することが不可能であり、いわゆる外側説はあり得ない。この場合は、過失相殺なら案分説、相殺の抗弁なら内側説によることとなり、債権全部について裁判所が審理・判断することはできないのである。したがって、このような場合には、特段の事情が認められ、残部請求が許される。もっとも、前訴の審理で総額が不明のままであることは通常想定されないという。以上の指摘につき、三木浩一前掲注5、特に131-140頁参照。判例法理と三木説は理論的説明において差異があるが、三木説の理論を一定程度判例法理に及ぼすことは可能である。

[7] 最判平成20年7月10日参照。

[8] 最判昭和40年9月17日参照。