法律解釈の手筋

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令和2年度 司法試験 刑法 解答例

 

解答例

 

第1 設問1(以下、刑法については法名略。)

1 甲が、Bに対して、自己が暴力団組員であるように装って、「Aから債権の取立てを……うちの組の若い者をあんたの家に行かせる」などと言って、Bを畏怖させ、よって金銭を交付させた行為に恐喝罪(249条1項)が成立する。

(1) 甲の上記行為は「恐喝」行為にあたるか。

ア 「恐喝」とは、暴行又は脅迫により被害者を畏怖させることをいう[1]。そして、脅迫とは、相手を畏怖させるに足る害悪の告知をいう。

イ ①の立場による場合

本件では、甲はAからBに対する500万円について債権の回収の委託を受けており、Bに対する権利行使について正当な権利を有するため、恐喝にあたらないとも思える。しかし、債権者であっても、権利行使の方法が社会通念上一般に許容すべきものであると認められる場合でない限り、法律上許されるべきではないため、「恐喝」にあたると考える。本件における甲の権利行使は、あたかも自己が暴力団組員であるかのように装い、Bの家に暴力団組員を派遣するかのような言動をしているところ、かかる行為は、権利行使の方法として社会通念上許容される範囲を超える、一般人を畏怖させるに足る害悪の告知といえる。

したがって、上記行為は、「恐喝」にあたる。

ウ ②の立場による場合

本件では、前述のとおり、甲はAから500万円について債権回収の委託を受けており、かかる部分においては正当な権利行使である。したがって、その行為態様が社会通念上許される範囲を超えていたとしても、暴行罪・脅迫罪にあたるにすぎず、恐喝行為を構成しない。もっとも、Aから委託を受けた範囲を超える100万円部分については、そもそも甲にとって正当な権利行使ではないため、①の立場と同様に「恐喝」行為にあたる。

したがって、上記行為は、100万円部分との関係でのみ「恐喝」行為にあたる。

(2) Bは、甲の上記行為によって畏怖した結果、600万円たる「財物」を甲名義の口座に振り込み、「交付」している。

(3) よって、甲の上記行為について、①の立場からは600万円について、②の立場からは100万円について恐喝罪が成立する。

2 ②の立場による場合、甲の上記行為について、別途、脅迫罪(222条1項)が成立し、恐喝罪と観念的競合(54条1項前段)となる。

第2 設問2

1 睡眠剤は、一般人が服用しても死ぬ可能性が全くなかったという事実

かかる事実は、殺人既遂罪の法益侵害惹起の現実的危険性がないものとして、殺人既遂罪の実行行為性が否定される論拠となる。

2 Aに特殊な心臓疾患があることについて、一般人は認識できず、甲もこれを知らなかったという事実

かかる事実は、因果関係の判断基底論について折衷説に立った場合に、Aに特殊な心臓疾患があったことが判断基底から排除される結果、甲の睡眠剤をAに飲ませる行為とAの死亡との間の因果関係を否定する論拠となる。

3 甲の犯行計画では、睡眠罪をAに飲ませる行為で死亡させる意図はなく、その後の毒ガスを吸わせる行為でAを死亡させる意図であったという事実

かかる事実は、睡眠罪を飲ませる行為についてAを死亡させる意図がなかったことから、甲が殺人既遂罪の故意(38条1項)を欠く論拠となる。

第3 設問3

1 甲が、Fに対して、D銀行E支店に開設された甲名義の預金口座から600万円の払戻しを請求した行為は、甲名義の口座の払戻請求であって正当な払戻権限を有するところ、甲がかかる金銭についてAの委託を受けて保管しているにも関わらず自ら費消する目的であるという事項は、D銀行にとって交付判断の重要な事項とはいえず「人を欺」く行為にあたらないため、D銀行に対する詐欺罪(246条1項)は成立しない。

2 甲の上記行為は、600万円のうち500万円については、Aから委託を受けて法律上「自己の占有」しているAという「他人の財物」たる金銭を、甲がAからの委託の任務に背いて、自己の債権者Cに弁済する目的という、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思によって行われた「横領」行為にあたるため、横領罪(252条1項)が成立する。

3 甲が、Cに600万円を弁済した行為についても、500万円の部分について、Aに対する横領罪(252条1項)が成立する。

4 甲が、Aに対して、Bが返済を10日待ってほしいと言っていた、などと嘘を言った行為は、10日間の支払を猶予されるために述べられているにすぎず、その程度の支払猶予は利益移転に向けられたとは言い難いため、「人を欺」く行為にあたらず、詐欺罪(246条2項)が成立しない。よって、同行為に犯罪は成立しない。

5 甲が、Aに睡眠剤を飲ませて急性心不全で死亡させ、よって500万円の債務を免れた行為に、強盗殺人罪(240条)が成立する。

(1) 甲は、「強盗」にあたる。

ア 甲の上記行為は、2項強盗たる「暴行」(236条2項)の一連の実行行為として、実行行為性が認められる。

(ア) 「暴行」とは、恐喝罪との区別及び処分行為を不要とする代わりとして処罰範囲限定の観点から、①具体的かつ確実な利益移転に向けられた②相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の不法な有形力行使をいう。そして、犯人の犯行計画において後行行為たる実行行為に密接関連する先行行為については、「一連の実行行為」として実行行為性が認められる。「一連の実行行為」にあたるか否かは、㋐先行行為が後行行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること㋑先行行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められること㋒先行行為と後行行為との間の時間的場所的近接性の観点から判断する。

(イ) 本件では、甲の犯行計画は、A方に行き、ワインに混ぜた睡眠薬をAに飲ませてAを眠らせた後(先行行為)、A方に離接する駐車場に駐車した自車に戻って車内に置いてあるX剤等を取った上で、再度A方に赴いて有毒ガスを発生させてAに吸入させる(後行行為)、というものであった。まず、後行行為に用いる有毒ガスは、致死性のあるガスであるところ、人を殺害して、反抗を抑圧するに足りる程度の不法な有形力行使といえる(②充足)。また、甲は同行為によって500万円の債務を免れる目的を有している。500万円の本件債権について、その存在を証明する資料はなく、AB甲以外に知っている者がいない以上、Aを殺害すれば、利益移転が具体的かつ確実であったといえる(①充足)。したがって、甲の犯行計画における後行行為は、実行行為性を有する。

(ウ) 次に、上記先行行為は、A方において有毒ガスを発生させるために、Aを眠りにつかせておく必要があるところ、後行行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえる(㋐充足)。また、本件は、A方という密室での犯行であるところ、先行行為に成功した場合、それ以降のAの殺害計画について障害となる事情は存在しない(㋑充足)。そして、先行行為と後行行為は、A方において、数分で連続して行われるものであるといえるところ、時間的場所的近接性も認められる(㋒充足)。

(エ) したがって、甲の上記行為は、強盗罪の「一連の実行行為」の一部であるといえ、実行行為性が認められる。

イ よって、甲に少なくとも強盗未遂罪が成立し、「強盗」にあたる。

(2) 本件における死傷結果の原因行為は、強盗罪の一連の実行行為たる「暴行」であり、強盗殺人罪の実行行為性が認められる。

(3) Aは死亡した。

(4) Aは、特殊な心臓疾患が相まって、一般人にとって死の危険性のない甲の先行行為を原因として死亡したものであるが、甲の先行行為とAの死との間に因果関係が認められる。

ア 法的因果関係とは、当該結果発生について行為者に帰責できるか、という問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化した場合には因果関係が認められると考える。そして、人はそれぞれ異なった特徴を有し個人として尊重されるべきところ、危険性判断において被害者の素因は判断基底に取り込まれると考える。

イ 本件では、Aの特殊な心臓疾患も危険性判断の判断基底に取り込まれるところ、甲の上記行為の危険性が結果へと現実化したといえる。

ウ したがって、因果関係が認められる。

(5) 甲には、先行行為によってAを殺害する意図及び債務を免れる目的がなかったものの、甲には強盗殺人罪の故意(38条1項)が認められる。

ア 故意とは、構成要件該当事実の認識・認容をいうところ、実行行為時点で実行行為性についての認識が必要である。

イ 前述のとおり、本件では一連の実行行為によって死亡結果が発生しており、甲には先行行為を行う時点でかかる一連の実行行為を行う認識があったといえる。

ウ したがって、甲には故意が認められる。

(6) よって、甲の上記行為に強盗殺人罪が成立する。

6 甲が、A方の机上に置かれたA所有の高級腕時計を自らのポケットに入れて窃取した行為に、窃盗罪(235条)が成立する。

(1) 甲の上記1の行為は、債務免脱に向けられたものではあるが、財物奪取に向けられたものではないため、上記1の行為と合わせて、腕時計をポケットに入れた行為について強盗罪(236条1項)及び強盗殺人罪(240条)を認めることはできない。

(2) 上記腕時計は、A所有のものであり、「他人の財物」にあたる。甲は、上記行為によって、他人たるAの占有にある腕時計を自己の占有に移転し「窃取」したといえる。

(3) よって、甲の上記行為に窃盗罪が成立する。

7 甲の罪責

以上より、甲の一連の行為に①横領罪②横領罪③強盗殺人罪④窃盗罪が成立し、②は①に吸収され包括一罪となり、①、③及び④は、併合罪(45条)となる。

以上

 

 

【補足】(因果関係の錯誤アプローチによる解答例)

※甲の睡眠剤を飲ませた行為のみ

第3 設問3 

〈略〉

5 甲が、Aに睡眠剤を飲ませて急性心不全で死亡させ、よって500万円の債務を免れた行為に、強盗殺人罪(240条)が成立する。

(1) 甲は「強盗」にあたる。

ア 甲の上記行為は、強盗利得罪の「暴行」(236条2項)にあたる。

(ア) 「暴行」とは、相手方の反抗を抑圧するに足りる不法な有形力行使をいうと考える。そして、実行行為とは法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為をいうところ[2] 、実行行為の危険性判断については、被害者の素因について、後述の因果関係の判断基底論と同様、当然に判断基底に含まれると考える。なお、いわゆる不能犯における行為の危険性判断基準については、いわゆる具体的危険説が通説とされるが、不能犯は、結果未発生の場合における未遂犯処罰の観点から実行行為の危険性を行為時の事情からいわば事前的な判断をするものである。したがって、本件のような結果既発生の場合には、結果発生の危険性について事後的判断が可能であるから、実行行為性の判断基準について具体的危険説は妥当しないと考える。

(イ) 本件では、Aは特殊な心臓疾患を有しており、かかる事情は判断基底に含まれる。そうだとすれば、甲の上記行為は、Aにとって死亡する危険性のある行為であった。また、甲の上記行為は、Aを死亡させる危険性があった以上、死亡によって相手方の反抗を抑圧させるに足りるものといえる。

(ウ) したがって、甲の上記行為は、「暴行」にあたる。

イ 後述のとおり、甲の上記行為によってAは死亡し、反抗を抑圧されている。また、500万円の本件債権について、その存在を証明する資料はなく、AB甲以外に知っている者がいない以上、Aの死亡によって具体的かつ確実な利益移転があったといえ、甲は「財産上不法の利益を得」たといえる。

ウ よって、甲の上記行為に強盗利得罪が成立し、「強盗」にあたる。

(2) 本件における死傷結果の原因行為は、強盗罪の一連の実行行為たる「暴行」であり、強盗殺人罪の実行行為性が認められる。

(3) Aは死亡した。

(4) Aは、特殊な心臓疾患が相まって、一般人にとって死の危険性のない甲の先行行為を原因として死亡したものであるが、甲の先行行為とAの死との間に因果関係が認められる。

ア 法的因果関係とは、当該結果発生について行為者に帰責できるか、という問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化した場合には因果関係が認められると考える。そして、人はそれぞれ異なった特徴を有し個人として尊重されるべきところ、危険性判断において被害者の素因は判断基底に取り込まれると考える。

イ 本件では、Aの特殊な心臓疾患も危険性判断の判断基底に取り込まれるところ、甲の上記行為の危険性が結果へと現実化したといえる。

ウ したがって、因果関係が認められる。

(5) 甲には、上記行為によってAを殺害する意図及び債務を免れる目的がなく、その後、毒ガスを吸引させることでAを殺害する意図を有していたにすぎないものの、甲には強盗殺人罪の故意(38条1項)が認められる。

ア 故意とは、構成要件該当事実に関する認識・認容をいう。そもそも故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難でありかかる規範は構成要件という形で一般国民に与えられている。そこで、同一構成要件の範囲内で重なり合いが認められる場合には、規範的障害を克服したといえ、故意が認められる。そこで、いわゆる因果関係の錯誤について、行為者の認識において、行為の危険性が結果へと現実化したと認められる場合には、構成要件該当事実の認識があったといえ、故意が認められる。

イ 本件では、甲の犯行計画では、A方に行き、ワインに混ぜた睡眠薬をAに飲ませてAを眠らせた後(先行行為)、A方に離接する駐車場に駐車した自車に戻って車内に置いてあるX剤等を取った上で、再度A方に赴いて有毒ガスを発生させてAに吸入させる(後行行為)、というものであったところ、かかる計画において先行行為とAの死との間に因果関係が認められるかについて判断する。

(ア) 因果関係の判断基準が前述のとおりであるところ、介在事情が存在し、当該行為によって結果が直接実現したと認められない場合には、①介在事情が当該行為によって誘発されたか②介在事情が通常性を有するか、によって判断することになる。介在事情が故意行為の場合、介在事情の誘発性がなく、また、通常性も認められないため、当該行為と結果との間の因果関係が否定されるのが原則である。しかし、介在した故意行為が当該行為者自身のものである場合、かかる介在事情は予定通りの事態であると評価できるといえる。そこで、当該行為と密接関連する介在行為については、当該行為によって誘発されうる行為であり(①充足)、それゆえ通常介在しうる行為であるとして(②充足)、因果関係が認められると考える。密接関連する行為にあたるか否かは、㋐当該行為が介在行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること㋑当該行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められること㋒当該行為と介在行為との間の時間的場所的近接性の観点から判断する。

(イ) 本件では、甲の上記行為は、A方において有毒ガスを発生させるために、Aを眠りにつかせておく必要があるところ、介在行為たる後行行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえる(㋐充足)。また、本件は、A方という密室での犯行であるところ、先行行為に成功した場合、それ以降のAの殺害計画について障害となる事情は存在しない(㋑充足)。そして、甲の上記行為と介在行為たる後行行為は、A方において、数分で連続して行われるものであるといえるところ、時間的場所的近接性も認められる(㋒充足)。

(ウ) 以上にかんがみれば、甲の認識した事情において、甲の上記行為とAの死との間に因果関係が認められる。

ウ したがって、甲は、Aを殺害する故意及び債務を免れ具体的かつ確実な利益移転を得る故意を有していた。

(6) よって、甲の上記行為に強盗殺人罪が成立する。

〈略〉

 

[1] 山口青本・324頁。

[2] 実行行為性判断において、最低限の危険性が必要であると考える見解。これに対して、実行行為判断を因果関係の起点としての機能にとどめ、危険性判断を因果関係論に収斂させる見解も有力である。橋爪総論・44頁。