法律解釈の手筋

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令和3年度 司法試験 民事訴訟法 解答例

解答例

第1 設問1(以下、民事訴訟法は法名略。)

1 課題1

(1) 引換給付判決をすることができない場合、裁判所としては、請求棄却判決をせざるを得ない。それでは、裁判所は請求棄却判決と引換給付判決のいずれをすべきであるか。処分権主義(246条)との関係で問題となる。

(2)  処分権主義(246条)とは、訴訟の開始、審判の対象・範囲、判決によらない訴訟の終了に関する決定を当事者に委ねる考え方をいう[1]。その趣旨は、私的自治の訴訟法的反映にあり、その機能は相手方への不意打ち防止にある。そこで、原告の申立範囲内であれば、①原告の合理的意思に反せず②被告への不意打ち防止とならない限りで一部認容判決をすることができると考える。以下、請求棄却判決と引換給付判決を対比して検討する。

ア まず、引換給付判決の場合、原告の申出額と格段の相違のない範囲を超えて増額した立退料を支払うことにはなるが、本件建物の明渡請求が認められる。

イ これに対して、請求棄却判決の場合、本件建物の明渡請求自体が認められないことになる。もっとも、Xが後訴において再度立退料の支払を申し出て本件建物明渡請求をすることができれば大きな問題はないと考えられるが、以下のとおり、当該請求は既判力によって遮断されると考える。

(ア) 既判力(114条1項)とは、確定された判決の主文に表された判断の通有性をいう。その趣旨は紛争解決の一回的解決という制度的要請にあり、正当化根拠は手続保障充足に基づく自己責任にある。そして、既判力の客観的範囲(「主文に包含するもの」114条1項)は、審理の簡易化・弾力化の観点から訴訟物にのみ生じる。時的範囲は、当事者の手続保障の及んでいた範囲、すなわち、事実審の口頭弁論終結時までである(民執法35条2項参照)。人的範囲は手続保障の及んでいた、訴訟当事者にのみ生じるのが原則である(相対効原則115条1項1号)。

(イ) 本件では、立退料の申出があってもなくても、賃貸借終了に基づく目的物返還請求であることには変わりないため、立退料申出部分は訴訟物を構成せず、前訴の訴訟物は賃貸借終了に基づく目的物返還請求権としての不動産明渡請求権となる。同様に、後訴も前訴と同一の訴訟物となる。そうだとすれば、後訴は、前訴と同一の訴訟物を同一当事者であるXがYに対して請求することとなるため、本件訴訟の事実審の口頭弁論終結前までに生じた「正当の事由」(借地借家法6条)を基礎づける事実は、既判力によって遮断される(消極的作用)。「正当の事由」を基礎づける事実の多くは、かかる基準時前の主張として遮断されると考えられる[2]

(ウ) したがって、Xは、後訴において、留保付の建物明渡請求訴訟を再度提起したとしても、前訴既判力が作用する結果、引換給付判決をもらえる可能性は低い。

(3) よって、引換給付判決の方が、原告にとって客観的には有利な判決であるといええる。もっとも、原告が望まない判決を裁判所がすることは処分権主義の趣旨に反するため、原告に釈明し、引換給付判決を許容する意思が確認できた場合には(①充足)、Yの不意打ちにもならないため(②充足)、引換給付判決をすべきであると考える[3]

2 課題2

(1) 裁判所がXの申出額よりも少額の立退料の支払との引換給付判決をすることは許されるか。処分権主義との関係で問題となる。

(2) 前述のとおり、立退料の支払の申出は訴訟物を構成しない。そして、立退料の額の算定というのは、「正当の事由」の考慮要素の1つであり、正当事由の明渡訴訟は非訟的性質を有するところ、数量的一部請求に対して裁判所が一部請求額を超えて認容判決をするような場合と同様に処分権主義を厳格に適用する必要性は低い。したがって、前述の2要件を充足するような場合には、訴えの変更を経なくとも、裁判所は、原告の申し出た立退料よりも減額をすることができると考える[4]

(3) 本件では、Xは、第1回口頭弁論期日において、1000万円の立退料について、より少ない額が適切であると主張し、かつ、口頭弁論調書にもその旨記載されていることから、立退料を減額しても、原告の合理的意思には反しない(①充足)。また、口頭弁論調書に記載されている以上、原告の立退料の申出額よりも減額される可能性を被告も認識し得る(②充足)。

(3) したがって、本件のように、Xが減額の主張を弁論において明確にしている場合、Xの申出額を下回る立退料との引換給付判決は許される。もっとも、どこまで減額されるかについてYは認識していない可能性があるため、格段の相違のない範囲を超える減額をする場合には、Yに釈明し、Yの認識を確認した上で、引換給付判決をすべきであると考える。

第2 設問2

1 Zは「訴訟の目的である義務…を承継」したといえるか。

2 訴訟承継の制度趣旨は、通説によれば、訴訟物たる権利義務の利益主体による訴訟遂行の結果、すなわち生成中の既判力については、係争物の承継人が引き継がなければならない、とする点にあるとする。しかし、後述の設問3課題2のZの主張のとおり、訴訟状態承認義務は全面的に否定されるべきであるため、同制度の趣旨は、前訴の訴訟資料および証拠資料を流用し、紛争の一回的解決を図る点にあるというべきである。かかる趣旨から、訴訟承継の範囲は、広く訴訟資料及び証拠資料を流用できる関係にあればよいため、「訴訟の目的である義務…を承継」した者とは、紛争の主体たる地位を承継した者をいうと考える。

3 本件では、前訴は、賃貸借契約終了に基づく目的物返還請求権としての建物明渡請求権であるのに対し、後訴は、所有権に基づく建物明渡請求権となるため、義務の承継は認められない。しかし、Zは本件訴訟の係争物たる本件建物を特定承継した者であり、紛争の主体たる地位を承継したといえる。

4 したがって、Zは50条にいう「承継」をしたといえる。

第3 設問3

1 課題1

(1) Xは、以下のとおり、Yによる本件新主張が時機に後れたものである、と主張する。

(2) 「時機に後れた」とは、より早期の適切な時期に提出できたことをいう[5]ところ、本件では、弁論準備手続がなされ争点整理がされている。本件新主張は、BのAに対する権利金の支払であり、弁論準備手続に主張することは難しくなかったはずであるため、より早期の適切な時期に提出できたといえる。したがって、本件新主張は「時期に後れた」にあたる。

(3) 「重大な過失」とは、著しい注意義務違反をいう。著しい注意義務にあたるかどうかは、本人の法律的知識の程度、攻撃防御方法の種類等を考慮して決する[6]。そして、174条の準用する167条による理由説明義務が懈怠されたときは、合理的な理由がないとして、重過失が推定されると考える。本件では、すでに弁論準備手続が終結しているところ、XがYに対して合理的理由の説明を求め、これに対してYの説明義務違反が認められる場合、重過失が推定される[7]。確かに、Yは弁護士に頼らず本人が訴訟を追行しているところ、本件新主張を弁論準備手続までに主張できなかったとしても仕方ない面があることは否定できない。しかし、Yは権利金の支払の存在について知っていた上、Bから「本件土地の更新時にもめるといけないから、本件通帳はきちんと保管しておくように」と伝えたられていることをも考慮すれば、本件新主張を弁論準備手続において、とりあえず主張しておくことは不可能ではなかったといえる。したがって、Yには「重大な過失」が認められる。

(4) 本件では、本件新主張を提出する期日が最終期日となっており、立証のために改めて期日を指定してAの証人尋問を実施しなければならないため「訴訟の完結の遅延」が認められる。

(5) したがって、本件新主張は、時期に後れた攻撃防御方法であるため、却下されるべきである。

2 課題2

(1) Xは、以下のとおり、Zによる本件新主張は却下されるべきである、と主張する。

ア 訴訟承継の制度趣旨は、前述のとおり、通説によれば、訴訟物たる権利義務の利益主体による訴訟遂行の結果、すなわち生成中の既判力については、係争物の承継人が引き継がなければならないとする点にある。そこで、承継人は、訴訟状態承認義務を負い、前訴の被承継人の従前の訴訟状態を承継すると考える。

イ 本件では、前述のとおり、本件新主張はYにとって時機に後れた攻撃防御方法であるため却下されるべきであるところ、Zは、当該訴訟状態を承継する。

ウ したがって、Zによる本件新主張は却下されるべきである。

(2) これに対して、Zとしては、以下のとおりXの上記主張は認められない、と主張する。

ア 訴訟状態承認義務の肯定は、承継人の手続保障を著しく害する。また、既判力というのは、訴訟物に生じるのに対し、訴訟状態承認義務は判決理由中の判断ともいえる、自白等の訴訟行為に拘束力を認めるのであり、既判力とは構造的に矛盾するところ、生成中の既判力というアナロジーで訴訟状態承認義務を肯定することはできない。そして、このような訴訟の過程に拘束力を認めるというのは、裁判官の心証という浮動的で検証不可能なものに基づいて拘束力を認めることにほかならず、妥当でない。そこで、訴訟状態承認義務は全面的に否定されるべきであると考える[8]

イ したがって、本件では、Yによる本件新主張は却下されるべきであるとしても、Zは本件新主張を主張することができる。

 

[1] 三木浩一ほか『民事訴訟法[第3版]』(有斐閣、2018年)55頁。

[2] これに対して、堤龍弥「一般条項と処分権主義」上野古希・278頁は、少なくとも立退料の支払の申し出については、既判力によって遮断されないとしており、結論として再度の明渡請求を肯定する。もっとも、それ以外の建物の自己使用の必要性等の「正当の事由」を基礎づける事実についてはどう考えるかが不明である(おそらく既判力に遮断されないとするのであろうが、疑問なしとしない。)。

[3] これに対し、高橋宏志『重点講義民事訴訟法(下)[第2版補訂版]』(有斐閣、2014年)250頁注(18)は、真実に基づく判決を優先し、原告が全部棄却で良いと主張する場合でも引換給付判決をすることができるとする。

[4] 青山善光「演習」法教140号(1992年)113頁。これに対して、髙橋・前掲注(3)245頁等学説の多くは反対。もっとも、これらの反対学説が、弁論において原告がより少ない額を望んでいるような場合にも請求の変更がない限り処分権主義に反すると考えるかどうかは不明である。

[5] 三木ほか・前掲注(1)192頁。

[6] 新堂幸司『新民事訴訟法[第6版]』(弘文堂、2019年)528頁。

[7] 伊藤眞『民事訴訟法[第6版]』(有斐閣、2018年)301頁。

[8] 新堂幸司「訴訟承継論よ、さようなら」『民事手続法と商事法務』(商事法務、2006年)378頁参照。同論文は、①口頭弁論終結後の承継人との対比で「生成中の既判力」は認められないこと②訴訟承継人も新たな当事者であり、手続保障を与えなければならないこと③承継人から手続保障を奪う「生成中の既判力」は、115条1項1号の解釈上認められないこと④裁判官の心証・証拠調べ・弁論の全趣旨について「生成中の既判力」を認めるとしても検証不可能でありナンセンスであること⑤承継人と相手方との間では、当事者権と裁判所の訴訟指揮とのせめぎ合いになり、その中で従前の訴訟資料をどこまで使えるかが流動的に決まるところ、そこに「生成中の既判力」の働く余地はないことを挙げる。