解答例
第1 設問1[1]
1 Yは、本件条例は風営法の「法律の範囲内」になく、憲法94条に違反すると主張すると考えられる。
2 「法律の範囲」かどうかは、両者の対象事項と規定文言を比較するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に、矛盾抵触があるかによって判断しなければならないと考える[2]。
3 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下、「風営法」という。)の目的は、善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成の保護にある(法1条)。これに対して、X市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(以下「本条例」という。)4条の目的は、都市計画法7条1項の市街化調整区域や同法8条1項1号に規定する商業地域以外の用途地域であるときには指導対象施設の建築等に同意しないものとすることで、善良な風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成を保護する点にあると考える。そうだとすれば、風営法と本件条例の目的は同一である。
風営法3条1項の許可申請についての不許可事由を定める4条2項2号は、政令の基準に従って都道府県ごとに条例で制定することを認めている。そうだとすれば、風営法は、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認しているといえる。
4 これに対して、Xは、風営法は条例で定めることのできる内容の基準を政令で定められた範囲内に限定しており、普通地方公共団体ごとに異なる規定を許容するものではないと反論することが考えられる。
5 しかし、地域住民の生活環境としての清浄な風俗環境の保持は、本来的に地方公共団体の事務であるといえる以上、風営法は各地方公共団体が地域の特殊性に応じて風営法の規制を上回る規制を許容しているものと考える。
したがって、本件条例は風営法と同一目的にでるものであるが、かかる規制は許される。
6 よって、本件条例は憲法94条に反しない。
第2 設問2[3]
1 Yは、本件訴えが「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)にあたらないため、訴訟要件を欠き訴え却下されるべきである、と主張すると考えられる。
2 「法律上の争訟」とは、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、②それが法令の適用により終局的に解決することができるものをいう。
本件訴訟は、地方公共団体たるXが専ら行政権の主体として国民に対して行政法上の義務の履行を求めるにすぎない。このような訴訟は一般的公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものではないため、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係に存否に関する紛争とはいえない(①不充足)。
3 これに対して、Xは、①同じ争点を私人が訴えれば許されるのに地方公共団体から訴えることは許されないとすることは不合理であること、②被告私人の権利義務に関する争いであるから、本件訴訟も「法律上の争訟」が認められる、と反論することが考えられる[4]。
4 判例は、本件訴訟が行政にあたる以上司法ではないため、主観訴訟ではない、という理解をしているものと考えられる。しかし、主観訴訟と客観訴訟の概念は本件のような場面を想定して形成されたものではなく、本件訴訟を客観訴訟とみても、民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)、機関訴訟(同法6条)のいずれにもあてはまらない。したがって、本件訴訟を主観訴訟とするのは妥当でない。
しかし、行政代執行法1条は「別に法律で定めるものを除いては」としており、かつ、「法律」には一般に自主条例が含まれないと考えられている。そして、本件建築中止義務が強制執行されるべき義務であることを示す手掛かりは関係法令にない。
5 よって、本件訴訟は請求棄却されるべきであると考える[5]。
以上
[1] モデル判例はおそらく神戸地裁平成6年6月9日であると思われる。
[2] 徳島市公安条例事件判決(最大判昭和50年9月10日)参照。
[3] モデル判例として最判平成14年7月9日参照。
[4] 中川丈久「行政上の義務の強制執行はお嫌いですか?——最高裁判決を支える立法ドグマ」論究ジュリスト3号58頁(2012年)参照。
[5] 私見の論証については、中川前掲注4・60頁以下参照。