法律解釈の手筋

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平成30年度(2018年度) 東大ロー入試 民事系 解答例

解答例

第1 設問1[1] (設問1は、民法は法名略。)

1 設問前段

(1) A社はB社に対し、債務不履行(415条)に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。

(2) AB間ではまだ契約締結がなされていないが、B社はA社に対し誠実に契約締結をする義務を負わないか。

ア 契約締結には、一定の時間を要するのであり、社会通念上緊密な取引関係に入った場合に正当な理由なく契約を破棄できるとしては取引の安全を害することになる。そこで、緊密な関係に立つ契約交渉の相手方は、誠実に契約交渉をする信義則上の注意義務が課されると考える。

そして、かかる義務に反する場合には、債務不履行を構成すると考える。この点、判例は債務不履行構成をとっていないとも思われるが、それは契約成立に関する情報提供義務違反が問題となったものであり、判例の射程は本件事案類型には及ばない。

イ 本件では、2016年末ごろから事業譲渡の交渉がAB間でなされており、2017年5月には本件基本合意書がABC間で取り交わされている。本件基本合意第5条によれば、B社は第三者との間でC社の事業譲渡についての情報提供・協議を行わない旨の独占交渉合意がなされており、A社との間でC社の事業譲渡の契約交渉をする旨の合意がなされている。そして、本件基本合意書によってAB間の契約交渉はかなりの程度熟してきており、AB間は契約締結に向けて緊密な関係にたつものといえる。

したがって、B社には信義則上の誠実交渉義務が課される。それにも関わらず、B社は2017年に正当な理由なく契約交渉の打ち切りをA社に通告しており、かかる義務に違反している。

ウ よって、B社には債務不履行が認められる。

(3) A社は、契約締結の準備のために100億円を支出しているところ、「損害」が認められる。

(4) かかる損害とB社の債務不履行の間には因果関係が認められる。

(5) よって、A社のかかる請求が認められる。

2 設問後段

(1) 基本合意7条が合意されている場合、420条1項により、2000億円が損害として認定されると考える。

(2) 確かに、本件は契約成立段階の注意義務違反である。しかし、その法的性質は債務不履行であると私見は考えるため、緊密な関係に立つ者の間には契約締結と類似の状況が存するとみて、420条1項類推適用が認められると考える。

(3) したがって、基本合意7条の同意があるか否かによって、損害額が異なると考える。

第2 設問2 (設問2では、民法は法名略。)

1 AはBに対して、本件基本合意5条に基づいてDとの契約交渉の差止請求をすることが考えられる。

(1) 独占交渉権に基づく差止請求が認められるかが問題となるが、契約自由の原則から、かかる債務も有効である。もっとも、社会通念上最終合意が当事者で成立する可能性が存しないと認められる場合には独占交渉権に基づく債務も消滅すると考える[2]

(2) 本件では、AB間で最終合意がなされる可能性が存在しないとまではいえなかった。

(3) したがって、Aのかかる請求は認められる。

2 上記債務は不作為義務である以上、直接強制(414条1項)及び代替執行(414条2項)にはなじまない。そこで、強制執行としては間接強制(414条3項)を用いることができる。また、その保全として、Bの第三者に対する情報提供及び協議の差止めたる仮地位仮処分の申立て(民事保全法23条2項)をすることが考えられる[3]

第3 設問3 (設問3では、会社法は法名略。)

1 B社株主はB社取締役に対し、423条1項に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。

2 B社の取締役に任務懈怠が認められるか。

(1) 取締役は、会社に善管注意義務を負っており(会社法330条、民法644条)、その一内容として忠実義務を負っている(会社法355条)。

そこで、かかる義務に反した場合には、任務懈怠が認められる。

(2) 本件では、B社の取締役がD社との契約交渉を断念した点について、任務懈怠が認められないかが問題となる。

ア 誰といかなる契約交渉をするかという問題は経営判断の問題である。企業経営には、リスクが伴う以上、経営判断ミスについて事後的に責任を負うことになれば取締役の経営に委縮効果を生じさせ、資本主義経済を害することになりかねない。そうだとすれば、経営上の専門的判断にゆだねられる事項については、判断の過程・内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての注意義務違反にはならないと考える。

もっとも、独占交渉権に基づく交渉断念は、株主が最終決定すべき事項について事実上決定することになる危険があるため、より厳格に判断すべきである。そこで、当該独占交渉権条項が排他的かつ抑圧的である場合には、それに基づく交渉断念は忠実義務に反し許されないと考える[4][5]

イ 本件では、独占交渉権が約2年という長期間に渡って設定されており、B社がA社以外の会社とM&Aの交渉をすることが事実上排除されているといえる。また、かかる条項は2000億円の違約金によってその実効性が確保されており、かかる点で抑圧的といえる。

ウ したがって、本件交渉断念は忠実義務に反する。

(3) よって、任務懈怠が認められる。

3 もし仮に、D社と交渉していれば得られたであろう利益が「損害」として認められ、上記任務懈怠と因果関係も認められる。また、Aには忠実義務違反が認められる以上過失もある。

4 よって、B社株主のかかる請求は認められる。

以上

 

[1] モデル判例として、最決平成16年8月30日参照。なお、解答例作成にあたって、沖野眞巳「判批」ジュリスト1291号68頁、野村修也「判批」金融法務事情1748号75頁、同「判批」金融法務事情1780号75頁、中山裕介「独占交渉権の有用性と限界」金融法務事情1729号58頁等を参照。

[2] 前掲平成16年決定参照。

[3] 前掲平成16年決定参照。

[4] いわゆるユノカル基準を独占交渉権に基づく交渉断念の事例に援用したアメリカの判例として、Ommnicare,Inc. v. NCS Healthcare,Inc., 818 A2d 914(Del.2003)参照。

[5] なお、かかる論点は設問1、設問2でも問題となり得る。すなわち、このような会社法に反する条項は無効であるとして、損害賠償請求や差止請求が認められないのではないか、という問題がある。