解答例
第1 Vに50万円を振り込ませた行為について
1 甲の罪責
上記行為について、Vに対する詐欺罪(246条1項[1])が成立しないか。
(1) 甲は「人を欺い」ているか。
ア 「人を欺」く行為とは、処罰範囲限定の観点から、処分者の財産交付の判断の基礎となる重要な事項を偽る行為をいう。
イ 本件では、甲はVの息子になりすまし、起こしてもいない交通事故の示談金をVに暗に要求している。Vとしては、上記事実を聞けば示談金として50万円が必要だと思い込むし、50万円という大金を贈与する上で重要な事項である。
ウ したがって、甲の上記行為は「人を欺い」ている。
(2) 現金50万円は「財物」にあたる。
(3) 「交付」とは、処分者から加害者又は第三者に対して財物の占有が移転することをいう。Vは現金50万円をA名義の預金口座に振り込んでいるところ、これによって、実質的にはかかる50万円がVから甲に支払われたのと異ならない状況が生じている。したがって、本件振込みによって占有移転が生じ、「交付」があったといえる。
(4) 欺罔行為とVの錯誤、Vの錯誤と交付行為それぞれの間に因果関係があり、甲には故意(38条1項)が認められる。
(5) よって、甲の上記行為に詐欺罪が成立し、甲はかかる罪責を負う。
2 乙の罪責
(1) 乙が甲と共謀したとして、上記第1の行為を甲が行った点について詐欺罪の共同正犯(60条、236条1項)が成立しないか。
ア 共同正犯の客観的構成要件に該当するか。
(ア) 一部実行全部責任(60条)の処罰根拠は、各犯罪者が役割分担を通じて犯罪達成のために重要な寄与ないし本質的な役割を果たした点にある。
そこで、①共謀があり、②共謀に基づく実行行為が認められる場合には、共同正犯の客観的構成要件を充足すると考える。
(イ) 本件では、甲と乙は、いわゆるオレオレ詐欺の犯行を計画的に練っており、この点について意思の連絡がある。また、乙はオレオレ詐欺のために部屋、携帯電話、預金口座等を準備しており、重要な役割を果たしている。乙の利益は7割と非常に多い上、犯罪の首謀者でもある以上、正犯意思が認められる。以上にかんがみれば、甲乙間には甲の実行行為時において、犯罪の共同遂行の合意があったといえる(①充足)。
(ウ) もっとも、共謀に基づく実行行為があったといえるか。
確かに、甲の行った犯行は、乙と計画していたオレオレ詐欺と同様の手口を利用していた。しかし、甲は利益帰属に不満をもって独自に本件犯行を行っているのである。そうだとすれば、甲乙間の共謀による心理的因果性に基づく犯行とは到底言えず、甲乙間の共謀による危険が現実化したとはいえない。
したがって、甲の上記行為は、共謀に基づく実行行為とはいえない(②不充足)。
(エ) よって、共同正犯の客観的構成要件には該当しない。
イ 以上より、乙には、共同正犯が成立しない。
(2) もっとも、甲は、乙が準備した部屋や携帯電話を利用しており、乙には詐欺罪の幇助犯(62条1項、236条1項)が成立しないか。
ア 「幇助」とは、実行行為以外の方法によって正犯の犯行を容易・促進する行為をいうところ、乙の準備した携帯電話によって容易に詐欺の相手を探し出すことができ、かつ、乙の準備した部屋によって密行性高く犯行を行うことが可能であるといえるから、甲の犯行を容易・促進するといえる。したがって「幇助」にあたる。
イ そして、甲は、かかる幇助に基づいて実行行為を行っている。
ウ 乙は被害者を認識しておらず、概括的故意しか有していないが、それでも犯罪事実の認識・認容はあり、この点において故意(38条1項)はあるといえる。もっとも、乙には詐欺罪の共同正犯の故意しかなく、幇助犯の故意(38条1項)が認められないのではないか。
(ア) 故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難にあり、規範は構成要件として一般国民に与えられている。そこで、構成要件の重なり合いの限度では、規範的障害を克服したといえ、故意が認められると考える。
(イ) 本件では、共同正犯の故意で幇助犯が成立しているところ、正犯行為に因果性を及ぼして法益侵害を行う点で保護法益は共通している。また、行為態様も、正犯者を一定程度介して法益侵害惹起を行う点で共通である。
(ウ) したがって、幇助犯の限度で故意が認められる。
エ よって、詐欺罪の幇助犯が成立する。
3 丙の罪責
丙には、何らの犯罪も成立しない。
第2 現金自動預払機から現金50万円を引き出そうとした行為
1 丙の罪責
上記行為について、D銀行E支店に対する窃盗未遂罪(243条、235条)が成立しないか。
(1) 現金50万円はD銀行E支店たる「他人の」「財物」である。
(2) それでは、丙はかかる50万円を「窃取」したといえるか。
ア 「窃取」とは、他人の占有する財物を、その占有者の意思に反して自己又は第三者の占有に移転する現実的危険性を有する行為をいう。そして、かかる危険性は、行為不法の観点から、行為時に行為者が特に認識していた事情及び一般人が認識し得た事情を基礎にして、一般人の観点から判断すると考える。
イ 本件では、D銀行E支店が現金50万円を支配しており、占有している。また、金融機関の約款にかんがみれば、丙にはA名義の預金口座について正当な払戻権原がなく、法律上の占有もない。また、D銀行E支店としては、丙がAでないことが分かっていれば、払戻しに応じることもなかったはずであり、占有者の合理的意思に反する。
確かに、丙の本件行為の10分前に、A名義の預金口座について取引停止措置が講じられており、丙が現金50万円を自己の占有に移転する危険性はなかったとも思える。しかし、かかる事情は一般人が認識し得ないし、丙も特に認識していなかったため判断基底に取り込まれない。したがって、丙の本件行為は、なお占有移転の危険性があったといえる。
ウ よって、丙の上記行為は「窃取」にあたる。もっとも、丙は現金50万円を手に入れておらず、結果不発生である。
(3) 丙は、約款の存在を認識しており、故意(38条1項)が認められる。
(4) よって、窃盗未遂罪が成立し、丙はその罪責を負う。なお、甲と共同正犯が成立する。
2 甲の罪責
甲が丙と共謀の上、上記第2の行為を丙が行った点について、窃盗未遂罪の共同正犯(60条、243条、235条)が成立しないか。
(1) 共同正犯の客観的構成要件を充足するか。前述の基準によって判断する。
ア 本件では、甲は丙に現金50万円の引出しを依頼し、丙はこれを引き受けているため、意思連絡がある。また、甲は、本件犯罪の首謀者であり、甲がいなければかかる犯行もあり得なかった以上、重要な役割・正犯意思が認められる。以上にかんがみれば、甲丙間には実行行為時に犯罪の共同遂行の合意があったといえる(①充足)。また、丙は上記共謀通り実行行為を行っており、共謀に基づく実行行為もある(②充足)。
イ したがって、共同正犯の客観的構成要件を充足する。
(2) 甲に故意(38条1項)が認められる。
(3) よって、窃盗未遂罪の共同正犯が成立し、甲はその罪責を負う。
3 乙の罪責
乙には何らの犯罪も成立しない。
以上
[1] 判例・通説。理論的には2項詐欺罪の方に分があるとも思えるので、2項詐欺罪でも減点はされないと思われる。