解答例
第1 甲宅に対する放火について
1 甲・乙が「共同」し、甲宅にX発火装置を置いて「犯罪を実行」した行為について、現在建造物放火未遂罪の共同正犯(60条、112条、108条)は成立しない。
(1) 甲宅は土地に定着し人の出入りに適した構造を有する建物であり「建造物」にあたる。また、勝手に上がり込んだBが寝込んでおり、「現に人がいる」。そして、X発火装置を甲宅の1階居間に置く行為は、甲にとっては甲宅には誰もいないと思っており、X発火装置を設置すれば、あとは2時間待つという自然の因果の流れだけで火が点火するのであるから、法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為であるといえるため、「放火」行為にあたる。
(2) もっとも、火は床板の表面の約10センチメートル四方まで燃え広がったところで自然に消えており、甲宅を「焼損」したとはいえない。
ア 「焼損」とは、火が媒介物を離れて独立に目的物が燃焼を継続する状態に至ることをいう。処罰範囲の限定及び公共の危険という抽象的危険犯的性格であってもその危険性が具体的に認められる必要がある。そこで、独立燃焼には継続性も必要であり、独立燃焼それ自体に十分な危険のない場合には例外的に「焼損」には該当しないと考える[1]。
イ 本件では、確かにX発火装置は発火し甲宅の床板を燃やすに至っているが、10センチメートル四方という非常に狭い範囲を燃やしたにとどまり、燃焼を継続するに至った状態とはいえない。
ウ したがって、「焼損」にはあたらない。
(3) 甲・乙は現住建造物放火罪の故意(38条1項)を有しておらず、後述のとおり非現住建造物放火罪(109条1項)の限度でのみ故意を有するため、現住建造物放火罪は成立しない(38条2項)。
2 もっとも、上記行為に非現住建造物放火未遂罪の共同正犯(60条、112条、109条1項)が成立する。
(1) 上記行為は、客観的には現住建造物放火罪であるが、甲・乙の故意に対応する非現住建造物放火罪の客観的構成要件充足性が認められる[2]。
ア 構成要件は違法有責行為の類型化であり、その該当性は規範的に検討すべきである。
そこで、構成要件の実質的重なり合いが認められる場合には、構成要件の重なり合う限度で軽い罪の構成要件充足性が認められると考える。そして、構成要件が重なり合うかどうかは①保護法益と②行為態様から考える。
イ 本件では、客観的に実現した構成要件は現在建造物放火罪(108条)である。一方、甲・乙が主観的に認識していた構成要件は非現住建造物放火罪(109条1項)である。確かに、甲宅は甲・乙にとって自己物であるが、甲・乙は甲宅に「保険」が付されていることを認識しているため、甲・乙の主観において甲宅は「他人の物」にあたる(115条)。したがって、甲・乙の主観においては、109条1項の構成要件該当性を認識している。
そして、公共の危険という保護法益の限度において両者は共通し、かつ、「放火」という行為態様も共通している。
以上にかんがみれば、客観的に成立する犯罪と甲乙の主観において成立する犯罪との間には実質的な構成要件の重なり合いが認められる。
ウ したがって、軽い罪である非現住建造物放火罪の限度で客観的構成要件該当性が認められる。
(2) そして、前述のとおり、甲・乙には同罪の故意(38条1項)が認められる。
3 よって、甲・乙の上記行為には、非現住建造物等放火未遂罪の共同正犯(60条、112条、109条1項)が成立する。
第2 乙宅に対する放火について
1 甲・乙が「共同」して、乙宅にY発火装置を置いた行為に、乙宅に対する現住建造物放火罪の未遂犯の共同正犯(60条、112条、108条)が成立する。
2 乙宅は「建造物」にあたる。
3 乙宅は、Aは旅行中であるが、暮らしている点において「現に人が住居に使用」していたといえる。
(1) 「現に人が住居に使用」しているとは、人が起臥侵食の場所として日常使用されているものをいう。そして、人の生命身体に対する抽象的危険犯という性格から、現住性は人の類型的一般的な存在の蓋然性、すなわち使用形態の変更の有無により判断すると考える[3]。
(2) 本件では、Aは旅行に行っているにすぎず、乙宅に居住するという使用形態を変更しているとはいえない[4]。
(3) したがって、この点において「現に人が住居に使用」している。
4 また、甲・乙がY発火装置を置いた場所は乙物置であるが、乙物置と乙宅の物理的一体性かつ延焼可能性が認められ「現に人が住居に使用」していたといえる。
(1) 現住建造物放火罪は、公共の危険という抽象的危険犯と、人の生命・身体に対する抽象的危険犯という二重の抽象的危険犯的性格を有しているところ、現住性の判断は類型的な延焼可能性によって判断すべきである。
そこで、①物理的・構造的一体性が認められる場合を前提に、②延焼可能性又は機能的一体性が認められる場合には、現住性が認められると考える[5]。
(2) 本件では、乙物置と乙宅は屋根付き廊下という密閉された空間によってつながっている。また、その距離は3メートルという非常に短いことにかんがみれば、物理的一体性が認められる(①充足)。また、乙物置と乙宅は木造という非常に燃えやすい材質で出来ているため、乙物置から乙宅への延焼可能性が認められる(②充足)。
(3) したがって、この点においても「現に人が住居に使用」しているといえる。
5 乙物置内で燃えたものは、段ボール箱の一部と同箱内の洋服の一部のみであり、建造物の一部が燃焼していない以上「焼損」にあたらない[6]。
6 よって、甲・乙の上記行為に現住建造物放火罪の未遂犯の共同正犯(60条112条、108条)が成立する。
7 さらに、乙には中止犯(43条但し書)が成立し、必要的減免が認められる。
(1) 乙は消火活動という真摯な努力によって燃焼行為の継続を中止しており、「犯罪を中止」している。
(2) 乙は、外部からの働きかけもなく、欲すればできたのに上記犯罪を中止したといえるため「自己の意思により」犯罪を中止したといえる。
(3) したがって、乙に中止犯が成立する。なお、中止犯の減免根拠は責任減少にある。そして、責任は共犯者間でも個別的に考えるべきであるから甲は必要的減免とならない。
第3 甲・乙の保険会社に対する詐欺罪について
甲・乙は、「人を欺」いていない上、上記放火行為と欺罔行為とが密接関連行為であるとはいえないため、実行の着手が認められず詐欺未遂罪の共同正犯(60条、250条、246条1項)は成立しない。
第4 罪数
1 甲の一連の行為について、①非現住建造物放火罪②現住建造物放火罪が成立し、両者は3キロメートル離れた場所での行為であるから、それぞれの公共の危険は別物であり保護法益を異にするため、併合罪(45条)となる。
2 乙の一連の行為について、①非現住建造物放火罪②現住建造物放火罪が成立し、前述のとおり、両者は併合罪(45条)となり、②は必要的減免となる。
以上
[1] 橋爪連載(各論)・第21回103頁、西田各論・302頁参照。なお、継続性を要求する裁判例として東京高判昭和49年10月22日参照。
[2] 主観<客観の場合、抽象的事実の錯誤ではなく、客観的構成要件該当性の問題となる。橋爪連載(総論)・第5回99頁参照。
[3] 最決平成9年10月21日参照。
[4] 応用的な問題として、甲乙が乙宅の内部を十分に確認して人がいないことを確認した場合、「人がいる可能性」が排除される結果現住建造物放火罪が成立しないのではないか、という問題がある。橋爪連載(各論)・第21回98頁参照。
[5] 最決平成元年7月14日参照。橋爪連載(各論)・第21回100頁参照。
[6] 布団と畳が燃えた事例で焼損を否定した判例として最判昭和25年12月14日参照。建造物損壊罪の事例ではあるが、玄関ドアについて建造物損壊罪の成立を肯定した判例として最決平成19年3月20日参照。昭和25年判決によれば、建造物の一部といえるためには、①「当該物件が家屋の一部に建(て)付けられ」かつ②「これを毀損しなければ取り外すことができない状態にあること」が必要である。