解答例
第1 設問1
1 裁判長は、訴因の特定がなされていないことを理由に求釈明(規則208条1項)しなければならないか。
2 訴因が特定されていない場合、256条3項に反するため、裁判所は公訴棄却をすれば足りるとも思える(338条4号)。もっとも、公訴棄却判決には一事不再理効がなく、訴訟経済に反する。そこで、裁判長は、訴因の特定に必要不可欠な事項が欠ける場合には、求釈明義務が生じると考える。
3 本件では、訴因は特定されていたといえるか。
(1) 訴因の第1次的機能は審判対象画定機能にあり、その反射的効果として被告への防御機能がある。そこで、①構成要件に該当する具体的事実が記載され、②他の犯罪事実との識別が可能である場合には、訴因が特定されている[1]と考える。
(2) 本件では、甲は傷害罪の共同正犯の罪で起訴されている。起訴状には、Vという「人」に対して頭部を拳で殴打して転倒させた上、コンクリート製縁石にその頭部を多数かい打ち付ける暴行を加え、「傷害」を負わせたとの記載がある。また、「共謀の上」という記載によって、共同正犯の構成要件該当事実も記載されている(①充足)。また、実行行為が日時・場所によって特定されている以上、他の犯罪事実との識別も可能である(②充足)。
なお、共謀共同正犯には客観的な謀議行為は必要ではなく、実行行為時における犯罪の共同遂行の合意があれば足りると考える[2]。したがって、「共謀の上」との記載で足り、具体的な謀議行為は訴因の特定に必要不可欠とはいえない。また、実行行為者が誰であっても共謀共同正犯が成立する以上、実行行為者の特定も訴因の特定に必要不可欠とまではいえない[3]と考える。
(3) したがって、本件では、訴因は「特定」されている。
4 よって、裁判長は求釈明しなくともよい。もっとも、実行行為者が誰であるかは被告の防御に重要な事項であるため、裁判長としては、「できる限り」の特定のため求釈明することが望ましい。
第2 設問2
1 判決の内容について
(1) 裁判所が実行行為者を「甲又は乙あるいはその両名」と認定して有罪の判決をすることは、333条1項に反し、許されないのではないか。
(2) まず、実行行為者が誰であるかということは、「被告事件」にあたるか。
ア 「被告事件」とは、審判対象が訴因である以上、訴因の特定に必要な事実を意味すると考える。
イ 本件では、実行行為者の概括的認定が問題となっているが、実行行為者が誰であるかということは、前述のとおり訴因の特定に必要不可欠とはいえない。
ウ したがって、 「被告事件」にあたらない。
(3) よって、本件のような認定は333条1項に反せず、許される。
2 判決に至る手続について
(1) 裁判所が検察官の釈明した「実行行為者は乙のみである。」という事実に反して、訴因変更手続(312条1項)もなく上記のような択一的認定をすることは、不告不理原則(378条3号)に反し、違法とならないか。本件において、訴因変更手続を要するかが問題となる。
ア 訴因の機能にかんがみて、重要な事実に差異が生じた場合には、訴因変更が必要である。そして、①審判対象画定の見地から、訴因変更が必要かどうかを検討し、これが必要ない場合であっても、争点明確化による不意打ち防止の観点から、②訴因事実と異なる認定事実が被告人の防御にとって重要な事項である場合には、それが訴因に明示されていた場合、原則として訴因変更を要すると考える。もっとも、具体的審理経過にかんがみて、被告人に不意打ちを与えず、かつ、認定事実が被告人にとってより不利益でない場合には、訴因変更を要しないと考える[4]。
イ 本件では、実行行為者が誰かという事実について異なる認定がなされているが、かかる事実は審判対象画定のために必要な事実とはいえず、この点で訴因変更を要しない。また、「実行行為者は乙である。」との検察官の釈明した事実が訴因の内容となっているかが問題となるも、前述のとおり、かかる事実は訴因の特定に不可欠な事実とはいえないため、訴因の内容とはならない(①不充足)。また、かかる釈明は冒頭手続になされているにすぎず、訴因に明示されていない(②不充足)。
ウ したがって、訴因変更は不要であり、不告不理原則にも反しない。
(2) そうだとしても、裁判所が争点顕在化措置を講じることなく上記認定をすることは、379条に反し、違法とならないか。裁判所に争点顕在化措置義務があるかが問題となる。
ア 裁判所は、訴因変更を要しない事実だとしても、審理全体を通して争点明確化による不意打ち防止の要請が働く以上、被告人の防御に配慮すべきである。そこで、被告人に不意打ちのおそれがある場合には、裁判所には争点顕在化措置義務があり、その義務の懈怠は379条違反となると考える[5]。
イ 本件では、実行行為者が乙であると釈明されていたにも関わらず、「甲又は乙あるいはその両名」と認定がなされている。これでは、甲は、自らも実行行為者であるという事実について防御を尽くすことができず、不意打ちとなっている。
したがって、裁判所には争点顕在化措置義務が認められる。そして、本件では、裁判所が争点顕在化措置を講じたという事情は存在しない。
ウ したがって、本件判決は379条に反し、違法である。
以上
[1] 最決平成26年3月17日〔百選44事件〕参照。
[2] 最決平成15年5月1日参照。
[3] 最決平成13年4月11日〔百選45事件〕参照。
[4] 前掲平成13年決定参照。
[5] 最判昭和58年12月13日参照。