解答例
第1 設問1(以下、憲法は法名略。)[1]
1 結論
98条、76条3項及び99条から違憲審査権は十分に抽出され得る、との見解(以下「本見解」という。)は、妥当でない。
2 理由
(1) 判例は、本見解を判示しているが(最大判昭和23年7月7日[2]参照)、同判示は結論に直接影響するものではなく、傍論であると考える。
(2) まず、憲法98条は、憲法の最高法規制を定めたのみの規定であり、同規定自体は、裁判所に違憲審査権があることの根拠とはならない。また、76条3項は、裁判官の独立性を定めたものであり、憲法に拘束されることと違憲審査権を有することは同義ではない。99条についても、公務員の憲法尊重擁護義務を負うことから、直ちに違憲審査権を有するということにはならない。
(3) したがって、本見解は、妥当ではない。
第2 設問2
1 Aの主張
(1) 本条約が違憲審査対象となるか
憲法の最高法規性からすれば、違憲審査の対象となる。
(2) 本条約の憲法判断の可否
いわゆる統治行為論は、そもそも採用されるべきではない。また、仮に統治行為論ないし裁量論を採用するとしても、本条約は高度の政治性を有するとはいえないし、食料自給率20%を下回る結果をもたらす本条約は、第一次産業の職業選択の自由及び生存権を侵害することが一見極めて明白であり、違憲無効である。
2 想定される国の主張
(1) 本条約の違憲審査対象の可否
81条は、「条約」を明記しておらず、98条2項は、条約の誠実遵守義務を定めるため、条約は違憲審査の対象とならない。
(2) 本条約の憲法判断の可否
本条約は、高度に政治性のある国家行為であり、司法審査の対象とならない。
3 私見
(1) 本条約が違憲審査対象となるか
仮に条約が違憲審査の対象とならないとすれば、法律よりも簡易な手続で承認される条約(61条)によって、憲法が実質的に変更されてしまう。また、判例も、条約について違憲審査権の存在を前提としている(砂川事件判決[3]参照)。
したがって、条約も違憲審査の対象となると考える。よって、国側の反論は、認められない。
(2) 本条約の憲法判断の可否
ア 判例によれば、国存立の基礎に極めて重大な関係を有する条約の違憲判断は、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り、裁判所の司法審査権の範囲外のものであるとする(前記砂川事件判決参照)。同判例の判示は傍論であるものの、司法と政治の機能分配から司法権の裁量を限定したと理解でき、かかる判示は正当であると考える[4]。したがって、国の反論は認められないものの、Aの主位的主張のようにすべてが憲法判断の対象ともならないと考える。
イ 本条約は、X国との貿易自由化に関する条約であり、かかる背景には、X国との貿易摩擦の解消という目的があるところ、国家間の経済安全保障をはらむ高度な政治性を有するものといえる[5]。実際、本条約の承認をめぐって議論が紛糾したために,国会の事前の承認は得られなかったことからも、高度の政治的判断が必要であるといえる。たしかに、本条約の締結によって、日本の第一次産業に打撃を与える可能性は否定されず、Aも農業を継続することが困難な状況となっている。しかし、本条約の締結から、生存権や職業選択の自由の制約が直ちに認定できるわけではなく、また、食料自給体制を崩壊させることが、いかなる憲法上の規定との関係で問題があるかは、明らかでない。以上にかんがみれば、上記のAの事業継続困難な状況のみをもって、一見極めて明白に違憲無効とまではいえないと考える。
ウ よって、本条約は、憲法判断の対象とならない。
以上
[1] 本問の見解は、最大判1948年(昭和23年)7月7日刑集2巻8号801頁の判示による。ちなみに、同判例については、基本書等でよく「最大判昭和23年7月「8日」」と記載されていることがある(出題趣旨も「8日」と記載されている。)が、これは誤りであり、「7日」が正しい。これは、最高裁判所刑事判例集(刑集)の記載に元々誤字があったことに由来するようである。引用の際は、十分注意されたい。
[2] 前掲注(1)刑集2巻8号801頁。
[3] 最大判1959年(昭和34年)12月16日刑集13巻13号3225頁。
[4] なお、近時は、統治行為論については否定的な学説が支配的であり、裁量論の観点から論じるべきである、とする見解が有力となっている。例えば、宍戸常寿「違憲審査制と統治行為論」山本龍彦=横大道聡『憲法学の現在地』(日本評論社、2020年)389頁等。
[5] 2025年(令和7年)今般のトランプ関税による各国の対応や措置からみても明らかなように、貿易自由化・関税措置が国家の高度の政治性を有することは、論を俟たないと思われる。