解答例
第1 地方鉄道維持特措法案(以下、「本法案」という。)における争議行為の禁止規定(以下、「本規定①」という。)の憲法適合性
1 本規定①は、以下のとおり、争議権を侵害するため、憲法28条に反し違憲である。
2 争議行為は、「団体行動をする権利」(憲法28条)、すなわち争議権として保障される。
3 本規定①は、争議行為を禁止しており、争議権の制約が認められる。
4 かかる制約は、以下のとおり、正当化されない。
- 労働基本権は、勤労の権利及び勤労条件に関する基準の法定の保障(憲法27条)と相まって勤労者の経済的地位の向上を目的とするものであり、重要性が高い。また、本規定①は、争議行為を全面的に直接制約するものであり、制約態様が強い。そこで、①規制目的が重要で、②目的と手段との間に実質的関連性があるといえない場合には、違憲であると考える。
(2) 目的審査
ア 立案担当者の説明から、本規定①の目的は、㋐税を負担する住民の生活への重大な悪影響防止及び㋑特別公的管理鉄道会社の経営再建への支障発生防止、と考えられる[1]。
イ ㋐について、住民が税を負担すれば争議行為の禁止が正当化されるとすれば、公的資金が注入された事業者の従業員は総じて争議行為を規制され得る。しかし、公的資金注入の理由は多種多様であり、住民の税負担から一律に目的が正当とはいえない。ただし、本件は、地元住民の移動にとって不可欠な鉄道会社への支援であり、公共性が非常に高い。また、地方住民から、移動に不可欠な私鉄に対して財政支援を行うよう強い要望が続出している立法事実も認められ、安定した鉄道サービスの供給が望まれる。したがって、目的①は、住民の生活への重大な悪影響を防止するという限りで、重要な目的といえる(①充足)。
ウ ㋑について、そもそも地方の鉄道会社の多くが経営危機に陥っているという立法事実が認められることから本法案の策定が検討されているのであり、経営再建への支障発生を防止するという目的は、当然に重要なものであるといえる(①充足)。
(3) 手段審査
ア 目的㋐との関係
争議行為を全面禁止にすればストライキは起きなくなり、住民は安定して鉄道を利用することができるため、本規定①は、目的㋐との関係で適合性がある。しかし、全面禁止にしなくとも、争議行為の実施の前に一定の団体交渉を前置させることや、争議行為を頻度・内容・程度をもって制限することによって「重大な」悪影響は防止できる。したがって、本規定①は、より制限手金でない他の緩やかな手段があるといえる。
イ 目的㋑との関係
争議行為の禁止によって利用客離れを防止することができ、経営再建の支障発生を防止することが可能であるため、目的㋑との関係で適合性がある。もっとも、立法事実における利用客離れは、ストライキが頻発したことによるのであるから、目的㋑との関係でも、上記アのようなより制限的でない手段により、目的達成が可能といえる。
ウ なお、立案担当者の説明によれば、労働条件の決定については、国土交通大臣の承認が必要であることから、従業員に争議行為を認めることは筋違いである、という[2]。全農林警職法事件判決[3]によれば、公務員の場合、労働条件法定主義があるため、政府に対して争議行為を行うことは的外れであること、市場の抑制理論が働かないこと、人事院による代償措置が設定されていることから、公務員の争議行為の禁止を正当化しており、これを前提とした説明であるといえる。しかし、本件では、労働協約を締結することができる以上、争議行為を通じて労働協約の内容の是正を図ることは可能なのであり、筋違いとまではいえない。また、特別公的管理鉄道会社はあくまで私企業なのであるから、市場抑制も働くうえ、人事院等の代償措置もない。以上にかんがみれば、全農林警職法事件判決と本問は事案を異にする以上、同判例の射程は及ばず、争議行為の全面禁止は、狭義の比例性にも反する。
エ よって、本規定①は、目的との関係で、実質的関連性を欠く(②不充足)。
(4) 以上より、本規定①は、憲法28条に反し、違憲である。
第2 争議行為のあおり、そそのかしの処罰規定(以下、「本規定②」という。)の憲法適合性
1 争議行為が憲法上保障される点については、前述のとおりである[4]。
2 本規定②は、争議行為のあおり、そそのかしに刑罰を科すことによって、首謀者がいなくなり、争議行為を抑制することができる点で、争議行為に対する制約が認められる。
3 かかる制約は、以下のとおり、正当化されない。
(1) 争議権の重要性は前述のとおりである。本規定②は、争議行為そのものを直接制約するものではない点で、間接的制約にすぎないとも思える。しかし、争議行為は、その性質上必ず団体で行われるものであり、争議行為を首謀する者ないし発起する者がいなければ始まらない。そうだとすれば、そのような争議行為の原動力となる争議行為のあおり、そそのかしを制約することは、争議行為への直接的な制約と同視し得るものであり、制約態様は強い。そこで、上記第1の4(1)と同様の基準により審査する。
(2) まず、本規定②の目的は、争議行為のあおり・そそのかしを禁止することによって、争議行為を抑制することにあり、争議行為を抑制する目的は、上記第1の4(2)のとおりである。したがって、目的の重要性はある(①充足)。しかし、前述のとおり、本規定①は、手段が正当化されないところ、そのような争議行為を抑制するための本規定②の手段も、過剰な規制であり、目的との実質的関連性が認められない(②)。
(3) 以上より、本規定②も、憲法28条に反し、違憲である。
以上
[1] 受験生の再現答案では、目的の認定において、単に地方鉄道維持特措法案の目的を挙げるものが散見された。しかし、ここで認定すべき目的は、争議行為を規制する目的であって、法案自体の目的ではない。法律の第1条に掲げられるような目的を挙げるだけでは、目的審査として不十分であり、規制手段をなぜ設ける必要があるのか、という観点から目的を措定する必要がある。目的審査の手法については、曽我部真裕ほか『憲法論点教室[第2版]』(日本評論社、2020年)・横大道聡「2 違憲審査基準の適用の仕方」12頁参照。
[2] かかる説明については、目的手段審査のどこで取り扱うものであるかが問題である。目的審査との関係で「国土交通大臣の承認手続の歪曲を防止」との目的を認定することも可能なように思われる。
[3] 最大判1973年(昭和48年)4月25日 刑集第27巻4号547頁。
[4] なお、ここで対象とする自由を「争議行為」と考えるか、それとも「争議行為のあおり・そそのかし行為」と考えるかは、よく分からない。全農林警職法事件判決は、争議禁止規定と争議行為のあおり・そそのかし行為の処罰規定を分けることなく憲法適合性を検討しており、制約される自由としては、争議行為のみを対象としているように思われる。また、争議行為のあおり・そそのかし行為が28条の保障範囲に含まれると考えられるかどうかは不透明である(主要な基本書レベルではそのような記載は見当たらなかった。)。そうだとすれば、争議行為のあおり・そそのかし行為の処罰規定との関係でも、制約されている自由は争議行為それ自体と考えるのが分かりやすいように思われる。そのため、本答案でも争議行為それ自体を対象としている。もっとも、説得的に論述ができていれば、どちらで捉えても試験との関係ではほとんど影響はないと思われる。