解答例
第1 設問1
1 FはBに対し、共有持分権に基づく返還請求権としての甲建物明渡請求をすることが考えられる。かかる請求の要件事実は、①甲建物についてF共有持分権を有すること②Bが甲建物を占有していることが必要である。
2 Fに共有権持分権が認められるか。
(1) 平成26年6月25日、Aは甲建物を所有していた。同日、Aは死亡し、Aの子である相続人CDEに所有権が承継された(896条1項、887条1項)。
(2) Fは、平成26年10月12日、CDから甲建物を2000万円で買った。しかし、共有物の売却は「変更」(251条)行為にあたり共有者全員の同意がなければならないが、共有者の一人であるEの同意を得ていない。したがって、かかる売買契約はCDの有する3分の2の持分権の限りで有効となると考える(563条1項参照[1])。
(3) したがってFに共有持分権が認められる。
2 Bは甲建物を占有している。
3 もっとも、Bは「第三者」(177条)にあたるため、CDが登記を具備するまでCDの共有持分権を認めないと反論することが考えられる。
(1) Bが「第三者」にあたるか。
ア 177条の趣旨は、登記による画一的基準により取引の安全を図る点にある。そこで、「第三者」とは、当事者及びその一般承継人以外の者であって、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいう。
イ 本件では、Bは、Aから甲建物を贈与されており、甲建物の第1譲受人といえる。Fからのかかる請求が認められると、実質的にAの所有権が害される以上、Fの登記の欠缺を主張する正当な利益を有する。
ウ したがって、Aは「第三者」にあたる。
(2) もっとも、Fは甲建物の3分の2の共有持分権について所有権移転登記を具備している。
(3) したがって、Bのかかる反論は認められない。
4 もっとも、Bは、甲建物の3分の1の持分権については自己に帰属しているところ、占有権原が認められると反論することが考えられる[2]。
(1) 前述のように、Fは甲建物の3分の2の共有持分権についてしか譲り受けておらず、3分の1については、Bに共有持分権が認められる。
(2) もっとも、少数持分者は持分権をもって多数持分権者に対抗できるか。
ア 共有持分権者は、持分に応じて共有物の全部について使用することができる(249条)。もし仮に少数持分権者がかかる占有権原を主張できないとすると、少数持分権者は持分権に応じた共有物の使用さえできなくなる。
そこで、多数持分権者は、明渡しを求める理由を主張・立証しない限り、少数持分権者に対して明渡請求をすることができないと考える[3]。
イ 本件では、Bは持分権を有する。また、FB間では甲建物の利用に関する協議が成立しておらず、明渡しを求める理由がない。
ウ したがって、Bは持分権をもってFに対抗できる。
5 よって、Fのかかる請求は認められない。Fは不当利得による金銭返還請求(703条)による調整で満足すべきである。
第2 設問2
1 BはEに対し、AB間の甲建物贈与契約の債務不履行(415条)に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
2 BはAと甲建物贈与契約を締結しており、Aは甲建物所有権移転登記義務を負う。
3 Eは、Aの子で相続人にあたり(887条1項)、Aの死亡によって、AのBに対する所有権移転登記手続義務を承継する(896条1項)。もっとも、Eは共有持分権の限度でEに対し所有権移転登記手続を行っているところ、債務不履行がないのではないか。登記移転義務が不可分債務かが問題となる。
(1) 不可分債務とは、その性質上単独での義務の履行ができないものをいう(430条参照)。
登記移転義務は一つの物についての登記義務であるところ、その性質上分割できない。共有持分権の限度で分割できると考えることも不可能ではないが、そのように解すると、登記移転義務が共同相続人に承継されただけで債権者が各共同相続人に持分権移転登記手続請求をしなければならなくなり、妥当でない。
そこで、登記移転義務は不可分債務と考える。
(2) 持分権の所有権移転登記義務の履行しかしていないEには、債務不履行が認められる。また、CDによって3分の2の持分についてはFに移転登記手続がなされているため、履行不能にあたる。
4 もっとも、Eは、債務不履行について、「債務者の責めに帰することができない事由」(帰責事由 415条1項但し書)が認められないのではないか。
(1) 帰責事由とは、契約の拘束力の観点から、当該契約内容のもとで債務者が想定できず、かつ想定すべきでなかったリスクをいうと考える。そして、何がかかるリスクであったかは、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして考える。
(2) 本件では、Eは、CDがFに対して甲の持分権移転登記手続をしていることに全く関与しておらず、Eが気付いたときには、すでにE自らBに対して所有権移転登記手続をなし得る状況にはなかった。また、Eが上記事情について気付かなかったのは遠方に居住していたからであり、CDの行動についてEは想定できず、かつ想定すべきではなかったといえる。
(3) したがって、Eに帰責事由は認められない。
5 よって、Bのかかる請求は認められない。
以上
[1] 共有者の一人の同意を得ていない以上、「変更」行為としての甲建物売買契約は無効となり、CDの共有持分権の譲渡さえ無効なのではないかとも思われる。ただ、当初の売買契約による持分の移転を肯定しなくとも、事実3から新たな持分権売買契約を認定することが可能と思われる。受験戦略上、昭和41年判例の論証を落とすのは許されないため、ここでは端的に持分の移転を指摘できれば足りると考える。
[2] 東京大学法科大学院入試問題平成24年度民事系科目参照。
[3] 最判1966年(昭和41年)5月19日民集20巻5号947頁参照。