法律解釈の手筋

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平成30年度 予備試験 民法 解答例(新規定対応)

解答例

第1 設問1[1]‘(以下、民法は法名略。)

 1 ①債務履行責任について

 (1) CはAに対し、415条1項に基づく損害賠償責任を負うか。AC間には直接の契約関係がないため、問題となる。

 (2) 発注者あるいは元請人(以下、「発注者等という。)は、下請業者の労働者と直接の労働契約や請負契約がないところ、かかる下請業者の労働者に対して安全配慮義務を負わないのが原則である。しかし、発注者等と下請労働者との間には、労働契約類似の実態が存在することがあり得るところ、このような場合に発注者が下請労働者の生命・身体に対して何らの責任も負わないとすることは信義則に反する。そこで、発注者等は、特別な社会的接触関係に入った下請労働者との間には、信義則上の安全配慮義務を負うと考える[2]

 (3) 本件では、Cは、A及びBに対し、建物解体用の重機,器具等を提供し、Cの従業員に対するのと同様に、作業の場所、内容及び具体的方法について指示を与えていた。また、A及びBの作業内容は、Cが雇用する従業員と共に解体作業を行うというものであった。以上にかんがみれば、CとAとの間には、労働契約類似の実態が存在し、特別な社会的接触関係にあったといる。したがって、Cは、Aの生命・身体の安全を確保する安全配慮義務を負っていた。それにもかかわらず、Cは、Aが3階のベランダ撤去において、Aが落下した場合に備えて命綱や安全ネットを用意しておらず、かかる義務違反が認められる。

 (3) よって、Cは債務不履行責任を負う。

 2 ②不法行為責任について

 (1) Cは、Aに対して、使用者責任(715条1項本文)を負うか[3]

 (2) Aは、Bの行為による本件事故によって、身体という権利を侵害している。Bは、本件家屋の1階壁面を破壊する前に、Aの撤去作業が終了したことを確認する義務があったにもかかわらず、これを怠った。Bは、Cの請け負った解体作業に従事しており、前述のとおり、Cとの間に労働契約類似の実態が存在していた。

 (3) これに対して、Cは、Bに対して、Aの撤去作業が終了したことを確認した上で上記ベランダの直下に位置する1階壁面を重機で破壊するよう指示していたが、それ以上の監督をしておらず、相当の注意をしたとはいえない(715条1項但し書)。

 (4) よって、Cは、Aに対し使用者責任を負う。

 3 ①と②の有利・不利について[4]

 (1) 第1に、故意・過失の主張立証責任については、①では、Aは、Cの安全配慮義務違反について主張立証する必要があるのに対し、②では、Bの注意義務違反を主張立証する必要がある点で、その立証内容が異なる。また、不法行為責任では、Cの安全配慮義務違反を主張して、Cに対し直接不法行為責任(709条)を追及することもできる一方で、債務不履行責任においても、Cに対し、Bの注意義務違反に対する履行補助者責任を追及し得る点で、Aに有利・不利はないと考える。

 (2) 第2に、時効期間については、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権については、①の場合、権利行使できることを知った時から5年、権利行使できる時から20年(166条1項、167条)、②の場合、損害及び加害者を知った時から5年、不法行為時から20年(724条、724条の2)とされ、違いがなく、本件においても時効が成立していない。したがって、この点でAに有利・不利はない。

 (3) 第3に、損害の内容については、特に弁護士費用が損害として認められるかどうかが問題となる。②については、判例[5]は弁護士費用と不法行為との間の因果関係を肯定する。また、①についても、判例[6]は、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には、債務不履行と弁護士費用との間の因果関係を肯定する。したがって、この点においても、Aに有利・不利はない。

 (4) 第4に、遅延損害金の起算点であるが、①では、債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であるため、412条3項によりCがAから履行の請求を受けた平成29年5月1日から遅滞に陥るのに対し、②では、不法行為時である平成26年2月1日から当然に遅滞に陥る。したがって、②の方が遅延損害金を多く請求できる点でAに有利である[7]

 (5) 第5に、相殺の可否についてであるが、①及び②に509条2号が適用されることによって、どちらにおいても相殺が禁止される。したがって、この点でAに有利・不利はない。

 (6) 以上を総合すると、遅延損害金の限りで、②の方がAに有利ということになる。

第2 設問2

 1 ㋐について

 (1) 離婚届提出後も、実質的な婚姻生活をしている場合、離婚届は無効となり、その結果としてCF間の本件土地及び本件建物に関する財産分与(以下、「本件財産分与」という。)も無効となるか。

 (2) この点、身分関係の解消行為については、これを実質的意思の観点から認めないとすることは、法による助力を認めることになり妥当でないため、離婚の届出をする意思があれば足りると考える。

 (3) 本件では、少なくともC及びFには、離婚届出をする意思があった。

 (4) したがって、CF間の離婚は認められる。よって、Eとしては、㋐については認められない可能性が高い、と回答すべきである。

 2 ㋑について

 (1) Aは、詐害行為取消権(424条1項)を行使することによって、本件財産分与を取り消すことができるか[8]

 (2) Aは、Cに対し、平成26年2月1日から損害賠償請求権を有する。

(3) Cは、Fに対し、平成30年5月1日、財産分与によって本件土地及び本件建物を贈与しているが、かかる行為が「財産権を目的としない行為」(424条2項)であるか[9]

  ア 財産分与には、①清算的要素②扶養的要素③慰謝料的要素があるところ、①清算的要素については、768条3項により一切の事情を考慮できるところ、原則として「財産を目的としない行為」にあたる。

    もっとも、同財産分与が、768条3項の趣旨に反して、不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産分与であると認める特段の事情がある場合には、不相当に過大な部分において財産を目的とする行為にあたると考える[10]

  イ 本件では、本件土地及び本件建物が本件財産分与の対象となっているところ、清算的要素をもつ財産分与であるといえる。Cは、上記離婚届提出時には、本件土地及び本件建物の他にめぼしい財産を持っていなかったのであるから、本来的には2分の1ずつ分けるのが相当である。それにもかかわらず、CはFに対し本件土地及び本件建物をすべてFに贈与している。以上にかんがみれば、本件財産分与は不相当に過大にFに財産を与えるものである。

  ウ したがって、本件財産分与は「財産権を目的としない行為」ではない。

(4) 前述のとおり、Cは本件土地及び本件建物の他にめぼしい財産を持っていなかったのに対し、AのCに対する損害賠償請求権の額は本件土地及び本件建物の価格の総額を上回っているため、Cは債務超過に陥っている。そうだとすれば、Cの本件財産分与は、不相当な部分において詐害行為にあたる。

 (5) 本件土地及び本件建物は、財産分与当時、Cの所有であった。また、本件土地及び本件建物の登記はFに移転された。

 (6) 「受益者」Fは、Cから「このままでは本件土地及び本件建物を差し押さえられてしまうので、離婚しよう。本件建物は本来夫婦で平等に分けるべきものだが,Fに本件土地及び本件建物の全部を財産分与し,確定的にFのものとした上で、引き続き本件建物で家族として生活したい」と申し出られているところ、本件財産分与が詐害行為であることについて「知らなかった」とはいえない(424条3項)。

 (7) したがって、Aのかかる請求は認められる。よって、Eとしては、㋑は認められる可能性が高い、と回答すべきである。

以上

 

[1] 「なお、労災保険給付による損害填補について考慮する必要はない。」との指摘については、労働者災害補償保険法)(労災保険法)による給付である。労働災害が発生した場合、被災した労働者またはその遺族が政府に請求することにより、保険給付が行われる(労災保険法12条の8第2項参照)。保険給付が行われた場合、かかる損害については、使用者はその限りで損害賠償責任を免れる(労基法84条2項類推適用)。また、労働者が使用者以外の第三者の行為によって発生した場合、労災保険給付をした政府は、その給付額の限度で被災者や遺族が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する(労災保険法12条の4第1項)。

[2] 最判1980年(昭和55年)12月18日民集34巻7号888頁(大石塗装・鹿島建設事件)参照。法的根拠を示したものとして、最判1991年(平成3年)4月11日労判590号14頁(三菱重工業神戸造船所事件)参照。1991年判決によれば、安全配慮義務を負う判断基準は①下請労働者が元請企業の管理する設備・器具等を使用し②元請企業の指揮監督を受けて稼働し③作業内容も元請企業の労働者とほぼ同じであったこと、である。

[3] 使用者責任の要件事実は、①被害者の権利侵害②不法行為者の行為につき、行為者に故意があったこと又は過失を基礎づける具体的事実の存在③損害の発生及びその額④不法行為と被害者の権利侵害の因果関係⑤行為当時、不法行為者と使用者との間に使用関係があったこと⑥不法行為が、使用者の事業の執行につきおこなわれたものであること、である。

[4] 被害者が死亡している場合、②では、遺族固有の慰謝料請求権が認められるのに対して(711条)、①の場合には認められない(前掲注(2)1980年判決参照)点で、②の方がAに有利である。

[5] 最判1969年(昭和44年)2月27日民集23巻2号441頁。

[6] 最判2012年(平成24年)2月24日民集66巻3号1185頁。

[7] しかし、かかる結論には批判が強い。民法新規定が債務不履行構成と不法行為構成の差異を解消しようとしたことにかんがみれば、遅延損害金についてもどちらかに統一されるべきである。

[8] 詐害行為取消請求権の要件事実は①債権者の債務者に対する②より前の被保全債権発生原因事実②債務者第三債務者間の財産権目的の法律行為③②の詐害性の評価根拠事実④債務者の②の当時の財産もと所有⑤②に基づく給付、である。

[9] 要件論には、争いがある。後掲注(10)2000年判決によって、424条2項から424条1項の「詐害性」の問題へとシフトしたとの見解もあるが、2000年判決から直ちにそうとは言い切れないと思われる。

[10] 最判1983年(昭和58年)12月19日民集37巻10号1532頁、最判2000年(平成12年)3月3日民集54巻3号1013頁。