法律解釈の手筋

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平成27年度 予備試験 民事訴訟法 解答例

解答例

第1 設問1

 1 訴訟物とは、訴訟の審判の対象となるところの権利関係[1]をいい、実体法上の権利を基準に考える。

   交通事故の不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟物について、判例[2]は、人的損害の財産的損害と精神的損害はまとめて1つであるとする。その理由は、原因事実が共通しており、かつ、被侵害利益が人的損害というレベルで共通していることにある。

 2 処分権主義(246条)とは、訴訟の開始、審判の対象・範囲、判決によらない訴訟の終了に関する決定を当事者に委ねる考え方[3]をいう。その趣旨は、私的自治の訴訟法的反映にあり、その機能は相手方への不意打ち防止にある。処分権主義によれば、原告の申立事項を超える事項について判決をすることはできないが、原告の申立事項内であれば、①原告の合理的意思に反せず②被告への不意打ち防止とならない限りで一部認容判決をすることができる。

   不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟物を人的損害レベルで1つと考える見解による利点は、慰謝料の補完的機能にある。すなわち、財産的損害における積極損害消極損害において十分な額を証拠上認定できない場合に、慰謝料額を増額することで妥当な賠償額を認定したとしても処分権主義に反しない、という点にある。

 3 訴訟物が2個であるとの考え方によると、例えば、本件において財産的損害が500万円しか証拠上認定できないような場合、精神的損害を500万円まで増額して認定することは、精神的損害の訴訟物について原告の申立事項の範囲を超えることになるため、処分権主義に反し、許されない。

これに対して、判例の考え方によると、本件において財産的損害が500万円しか証拠上認定できないような場合でも、精神的損害を500万円まで増額して認定することができる。このような認定をしても、人的損害による損害額合計が1000万円にとどまっており、原告の申立額である1000万円を超えないからである。また、裁判所が精神的損害を500万円より少ない400万円と認定し、人的損害の合計額が900万円であるとしても、数量的一部認容判決は原告の合理的意思に反しないし、被告の不意打ちともならないため許される。

 4 以上のように、判例の考え方には、原告の申し立てた人的損害の損害額の範囲内において慰謝料の補完的機能が認められるという利点がある。

第2 設問2

 1 本件において、Xの代理人弁護士Aが明示的一部請求をしたことによる不都合はないか。

(1) 第1に、Xは、700万円全額について請求認容判決を得ることができるか。原告が明示的数量的一部請求をした場合で、被告が過失相殺や相殺の抗弁を主張してそれが認められるとき、裁判所はいかなる判決をすべきかが問題となる。

  ア 一部請求において過失相殺や相殺の抗弁が主張される場合、どのように考慮すべきかについて、原告は相殺等の減額事由を考慮して一部請求をしていること、一部請求部分からの控除や按分による控除では後訴請求が必然化し、紛争解決機能が低い。

     そこで、裁判所は、原則として、訴求債権の総額を確定し、その債権総額から過失相殺や相殺の抗弁による減額をすべきであると考える[4]

   イ 本件では、弁護士Aの考えが正しいとすれば、債権総額が確定できないような特段の事情のない限り、債権総額1000万円から過失相殺による減額がなされる結果、700万円全額について請求認容判決を得ることができる。

   ウ したがって、700万円での一部請求をしたとしても、Xに不都合はない。

 (2) 第2に、仮に本件一部請求認容判決後において、過失相殺の割合が3割よりも少ないであろうことが判明した場合、Xは後訴を提起して、残部を請求することができるか。一部請求後の残部請求の可否が問題となる。

   ア 一部請求の訴訟物は、原告の処分権主義と被告の副次応訴負担の調和の観点から、明示的一部請求である場合には、一部請求部分のみが訴訟物になると考える。そこで、明示的一部請求認容判決後の残部請求は、前訴確定判決の既判力の客観的範囲(114条1項)が一部請求部分にしか生じないため、許されると考える。

   イ 本件でも、Aは、一部請求であることを明示して700万円の一部請求をしているため、残部300万円について後訴において請求することは妨げられない。

   ウ したがって、この点においてもXに不都合はない。確かに、訴訟提起が2回になるのはXにとってデメリットであるが、少なくとも過失相殺が3割認められると考えている以上、そもそも後訴提起がなされることは、事実上少ないはずである。

 2 それでは、かえって、X側に利点があるか。

 (1) まず、過失相殺が認められると考える場合、一部請求をすることによって過失相殺の審理を省略できる可能性があり、訴訟の迅速性がもたらされる点で、一刻も早く金銭的賠償を得たいと考えるXにとってメリットがある。

 (2) また、訴訟の申立手数料は訴訟物の額によって算定されるところ、一部請求によれば、かかる手数料を節約できる[5]。また、弁護士費用も訴額に応じて定められることが多いところ、弁護士費用を節約できるというメリットもある。

 3 以上より、Xには、一部請求によるデメリットが少なく、これに対してメリットがあるため、Aがこのような選択をしたと考える。

以上

 

[1] 兼子体系・162頁。

[2] 最判1973年(昭和48年)4月5日民集27巻3号419頁。

[3] LQ・55頁。

[4] 前掲1973年判決、最判1994年(平成6年)11月22日民集48巻7号1355頁。

[5] 訴額が1000万円の場合の印紙代は50000円、700万円の場合の印紙代は38000円である(民訴費用3Ⅰ別表第1)。