法律解釈の手筋

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令和3年度 予備試験 商法 解答例

解答例

第1 設問1(以下、会社法は法名略。)

1 第1に、乙社は、適法な手続を経てCが甲社の代表取締役になり、取引基本契約が適法に締結された、と主張することが考えられる。

(1) まず、取締役会設置会社の場合、代表取締役の選任は取締役会の権限であるが(362条2項3号)、これを取締役会だけではなく株主総会の権限とする定款の定めが有効であるかどうかが問題となる。

この点、代表取締役の選任を株主総会の権限としても、取締役会の権限が否定されるものではなく、取締役会の監督権限が失われるものではないため、かかる定款の定めは有効であると考える[1]

したがって、本件の甲社の当該定款の定めは有効である。

(2) しかし、甲社の株主であるBは、Cを代表取締役に選定する臨時株主総会の招集について「同意」(300条本文)をしていないため、株主総会の招集手続が適法になされていない。また、Bは、同株主総会について「同意」(319条)の意思表示をしていないため、株主総会の決議があったものともみなされない。

(3) したがって、Cは、適法な甲社の代表取締役とはいえず。乙社のかかる主張は認められない。

2 第2に、乙社は、Cが代表取締役である旨が登記されているところ、908条2項により、甲社は乙社に対してCが代表取締役でないことを対抗できない結果、取引基本契約が適法に締結された、と主張することが考えられる。

しかし、同項の趣旨は権利外観法理にあり、不実の登記の主体は当該株式会社であることが必要である[2]。本件では、Cは甲社の代表取締役ではない。また、Cによる登記が甲社の申請に基づく登記と同視することができる特段の事情も認められない[3]

したがって、乙社のかかる主張は認められない。

3 第3に、乙社は、Cが表見代表取締役(354条)であるとして、Cのした行為について、甲社は責任を負う結果、取引基本契約が適法に締結された、と主張することが考えられる。

(1) Cは「代表取締役副社長」と名乗っているため、「副社長」との「名称」を利用している。

(2) それでは、Cの上記名称を「株式会社が」「付した」といえるか。

ア 取締役は他の取締役の業務執行について監督する義務を負うところ[4]、他の取締役の1人でも代表者らしい名称を使用していることを知っていて放置していた場合には、「株式会社が」「名称を付した」といえると考える。

イ 本件では、Bら他の取締役は、Cが「代表取締役副社長」と名乗って取引先を交渉していた事実を察知することはなかった。

ウ したがって、「株式会社が」「名称を付した」とはいえない。

(3) よって、乙のかかる主張は認められない。

4 以上より、乙の本件代金請求は認められない。

第2 設問2

1 甲社はBに対して、不当利得に基づいて本件慰労金相当額の1800万円の返還請求(民法703条)をすることが考えられる。

2 甲社は、Bに対して、本件慰労金の支払として1800万円の給付をした。

3 甲社は、本件慰労金の支払について、株主総会の決議を経ていないことを理由として、「法律上の原因がな」いと主張することが考えられる。

(1) 退職慰労金は、取締役の業務執行の対価であるため、「報酬等」の一部として、定款又は株主総会の決議を経なければならず、これがない場合は、「法律上の原因がな」い[5]。甲社は、退職慰労金について定款で定めておらず、また、創業以来株主総会が現実に開かれたことはないため、株主総会の決議も存在しない。したがって、本件慰労金の給付には「法律上の原因がな」い。

(2) これに対して、Bは、本件における不当利得返還請求は権利濫用(民法1条3項)であると反論することが考えられる。

ア 非公開会社においては、必要な手続を要せずに報酬等を支払っていることがある。この場合に、取締役の報酬等の返還を命じるとすれば、法を順守しないオーナー経営者に利益を与えることとなり、かえって法の不遵守を助長することになり、妥当ではない。そこで、退職慰労金の支払について退職者の認識や、退職者の実績等の事情を考慮して、退職慰労金の返還を認めることが権利の濫用といえるような場合には、当該返還請求は認められないと考える[6]

イ 甲社は、役員報酬や退職慰労金は、本件内規を基に、かつての100%株主であるAの指示によって支払われてきた。そしてAの退任時も本件内規に従った退職慰労金が支払われた。Bとしては、本件慰労金について正当な決裁を経たものと信じても無理はない。また、Bは、本件慰労金を不支給とすべき合理的な理由もない。

ウ 以上の事実に鑑みれば、甲社はBに対して返還請求をすることは、権利濫用にあたり、許されない。

4 以上より、Bのかかる反論は認められ、甲社の請求は認められない。

以上

 

[1] 最判平成29年2月21日民集71巻2号195頁。したがって代表取締役の選任につき、取締役会の権限を否定して株主総会の権限のみとする定款の定めが有効かどうかについては、本判例の射程外となる。この点については、定款自治を否定するほどの理由はないとして、有効説が有力である。また、公開会社の場合についても本判例は射程外となるが、この点も有効説が有力である。前田雅弘「判批」ジュリ1518号平成29年度重判解(有斐閣、2017年)105頁参照。

[2] 田中亘『会社法[第3版]』(東京大学出版会、2021年)48頁。

[3] 最判昭和55年9月11日民集34巻5号717頁。「同条が適用されるためには、原則として、右登記自体が当該登記の申請権者の申請に基づいてされたものであることを必要とし、そうでない場合には、登記申請権者がみずから登記申請をしないまでもなんらかの形で当該登記の実現に加功し、又は当該不実登記の存在が判明しているのにその是正措置をとることなくこれを放置するなど、右登記を登記申請権者の申請に基づく登記と同視するのを相当とするような特段の事情がない限り、同条による登記名義者の責任を肯定する余地はない…」。

[4] 最判昭和48年5月22日民集27巻5号655頁。会社法362条2項2号は、取締役会における職務執行の監督権限を規定しているが、判例によれば、取締役の監督義務は取締役会に上程された事項に限られない。

[5] 最判昭和39年12月11日民集18巻10号2143頁。

[6] 最判平成21年12月18日判時2068号151頁。