法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題31 「招かれざる客」 解答例

解答例

第1 甲の罪責

 1 甲A共謀の上、AがBに睡眠薬を飲ませた点について、甲に昏睡強盗未遂罪の共同正犯(60条、243条、239条)が成立する。

 (1) 甲は、Bに対し睡眠薬を飲ませるという実行行為を行っていないが、共同正犯の客観的構成要件を充足する。

   ア 一部実行全部責任の処罰根拠は、各犯罪者が役割分担を通じて犯罪達成のために重要な寄与ないし本質的な役割を果たした点にある。そこで、①各共犯者間に共謀があり、②かかる共謀に基づく実行行為が認められる場合には、共同正犯の客観的構成要件を充足する。

   イ 本件では、甲Aは、昏睡強盗の計画をしており、意思の連絡が認められる。また、甲Aは以前から同様の犯罪を繰り返しており、1人では犯行を達成できない点で、お互いが重要な役割を有し、かつ。それぞれに自己の意思として行う正犯意思が認められる。以上にかんがみれば、甲A間に特定犯罪の共同遂行合意たる共謀が認められる(①充足)。また、AはBに対し睡眠薬を飲ませるという「昏睡」させる行為を行っているところ、上記共謀に基づく実行行為が認められる。

   ウ したがって、甲は昏睡強盗罪の共同正犯の客観的構成要件を充足する。

 (2) 甲には、故意(38条1項)及び不法領得の意思が認められる。

 (3) よって、上記Aの行為について、甲に昏睡強盗未遂罪の共同正犯が認められる。

 2 AがBの顔面を手拳で殴打し、更に1回足蹴にしたことによって頭部顔面外相の傷害を負わせた点について、甲に強盗罪の共同正犯(60条、236条1項)ないし強盗致傷罪の共同正犯(60条、240条)は成立せず、何らの犯罪も成立しない。

 (1) 第1に、甲A間の昏睡強盗の共謀の射程が及ばない点で、甲は強盗罪の共同正犯の客観的構成要件を充足しない。

   ア 甲A間に昏睡強盗罪の共謀が認められることは、前述のとおりである(①充足)。もっとも、Aの上記実行行為は、かかる共謀に基づくものとはいえない。

   (ア) 共犯の処罰根拠は、正犯者を介して法益侵害を惹起した点にある。そこで、共謀に「基づく」実行行為といえるためには、当該共謀に内在する危険性が実行行為として現実化した場合であることが必要である。

   (イ) 本件では、前述のとおり、甲Aの共謀は、昏睡強盗罪であり、暴行・脅迫を手段とする強盗ではない。昏睡強盗罪と通常の強盗罪はその行為態様が質的に異なるものであり、共謀の内容と実行行為の内容が著しく異なる。また、甲女は、これまでAとの間では、「怪我をさせないでおこう」と話し合い、昏睡強盗以外に及んだことはなかったのであるから、上記共謀と動機が共通していない。以上にかんがみれば、Aの上記行為は甲A間の上記共謀に内在する危険が現実化したものとはいえない[1]

   (ウ) したがって、Aの上記行為は、共謀に「基づく」実行行為とはいえない(②不充足)。

 (2) 次に、甲がAと協力してBのバッグから現金約10万円及びネックレスを奪った時点における現場共謀の射程が上記強盗罪に及ぶこともなく、この点からも甲は共同正犯の客観的構成要件を充足しない。

   ア 甲Aは、協力して、Bのバッグから現金約10万円及びネックレスを奪っている時点で、Bの現金10万円とネックレスを盗むという窃盗の共謀が認められる(①充足)。

   イ もっとも、当該共謀は過去におけるAの暴行に因果性を及ぼすことはあり得ず、Aの暴行行為は共謀に「基づく」実行行為とはいえない。

   (ア) 共犯の処罰根拠は前述のとおりであるところ、因果性を過去に及ぼすことは不可能であるため、いわゆる承継的共犯は認められない。

   (イ) 本件においても、Aの上記暴行は、甲Aの上記共謀に先行して行われており、共謀に内在する危険が結果へと現実化したといえない。なお、先行行為の結果を積極的に利用する意思で後行行為に加担した者は犯罪全体について罪責を負うとする見解があるが、かかる見解は因果性と正犯性の問題と混同するものであり、妥当でない。また、甲Aの共謀後の財物奪取行為が強盗罪の法益侵害の本質であるとして、財物奪取の関与のみで強盗罪の法益侵害と因果性が認められるとする見解があるが、強盗罪と窃盗罪の法定刑の差にかんがみれば、強盗罪の保護法益は所有権のみならず、人の生命・身体も含まれると考えられ、財物奪取のみの関与で強盗罪の法益侵害があったと評価することはできない。

   (ウ) したがって、Aの強盗行為は、甲A間の上記窃盗の共謀に「基づく」実行行為にはあたらない(②不充足)。

 (3) したがって、甲に強盗罪の共同正犯は成立せず、そうである以上、強盗致傷罪の共同正犯も成立しない。

 3 甲がAと協力してBのバッグから、「他人の財物」たるBの10万円及びネックレスをBの意思に反して自己の占有に移転し「窃取」した行為に、窃盗罪の共同正犯(60条、235条)が成立する。

 4 以上より、甲の一連の行為に、①昏睡強盗未遂罪の共同正犯及び②窃盗罪の共同正犯が成立し、両者は侵害法益が異なるため併合罪(45条)となる。

第2 乙の罪責

 1 Aが、Bを昏睡させた点について昏睡強盗未遂罪の共同正犯が成立しない。

 (1) 共謀とは、犯罪実行行為時点における特定の犯罪の共同遂行合意をいうところ、Aは当日に犯行の詳細を打ち明けることにしているものの、乙が到着する前にAは上記行為に及んでいるため、乙A間に昏睡強盗罪の共同遂行合意があったとはいえない。したがって、乙Aまたは乙甲間に共謀は認められない(①不充足)。

(2) したがって、乙は昏睡強盗罪の共同正犯の客観的構成要件を充足せず、共同正犯が成立しない。

2 AがBに対し暴行に及んだ点についても、乙A間にAの実行行為に先行する共謀がなく、強盗罪の共同正犯が認められない。また、前述のとおり承継的共同正犯が認められることはないため、後述する乙Aの現金数千円の財物奪取の共同実行から強盗罪の共同正犯が成立することもない。

3 乙が、Aと共同して「他人の財物」たるBの現金数千円を占有者Bの意思に反して自己の占有に移転し「窃取」した行為に、窃盗罪の共同正犯(60条、235条)が成立する。

4 以上より、乙に窃盗罪の共同正犯が成立し、乙はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 実際にも昏睡強盗の共謀が暴行・脅迫を手段とする強盗に発展することはあまりないという同解説も理由として挙げられる。