法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題36 「一石三鳥」 解答例

解答例

第1 甲の罪責

 1 甲がAのパソコン(以下「本件パソコン」という。)を盗み出した行為に窃盗罪(235条)が成立する。

第2 乙の罪責

 1 乙が、甲から預かった本件パソコンがAのデザイン事務所から盗み出したものだと認識した後も本件パソコンを保管していた行為に、盗品保管罪(256条2項)が成立する。

 (1) 本件パソコンは甲がAから盗んだものであり「盗品」にあたる。

 (2) 乙は甲から本件パソコンを預かった時点で盗品であることを認識していなかったものの、「保管」にあたる。

   ア 判例によれば、「保管」とは委託を受けて本犯のために盗品を保管すること[1]をいうものの、保管が継続することによって追求権が侵害される以上、「委託を受けて」とは保管が依頼によるものであることを要する趣旨であって、知情を持って盗品等の占有移転を受けることを要する趣旨ではないと考える[2]

   イ 本件では、乙は知情後も保管を継続している。

   ウ したがって、「保管」にあたる。

 (3) よって、乙の上記行為に盗品保管罪が成立する。

 2 乙がAと本件パソコンの売買契約を締結した行為に、盗品有償処分あっせん罪(256条2項)が成立する。

 (1) 本件パソコンは「盗品」にあたる。

 (2) Aは本件パソコンの窃盗の被害者であるが、乙の上記行為は「有償の処分のあっせん」にあたる。

ア 「有償の処分のあっせん」とは、盗品等の有償の処分を仲介すること[3]をいう。被害者に盗品を返還する場合でも、被害者による盗品等を正常な回復を困難にするような場合には、被害者の正常な追求権が侵害され、財産犯を助長するものであるため、同行為にあたると考える[4]。また、文言通り、あっせん行為をもって既遂に達すると考える[5]

イ 本件では、乙は自ら被害者Aに本件パソコンの売買を持ちかけており、かつ、「たとえ50~60万かかっても買い戻したい」と交渉に応じているところ、Aによる本件パソコンの正常な回復を困難にして盗品等の有償の処分を仲介している。

ウ したがって、「有償の処分のあっせん」にあたる。

 (3) よって、乙の上記行為に盗品有償処分あっせん罪が成立する。

 3 乙がAに対し、「車の中で確認したらパソコンを持ってくる」などと虚偽の事実を告げ、現金50万円を交付させた行為に、詐欺罪(246条1項)が成立する。

 (1) 乙の上記行為はホテルの前まで現金を持ち出すことに向けられた行為であるが、なお「人を欺」く行為にあたる。

ア 「人に欺」く行為とは、窃盗罪との区別及び処罰範囲限定の観点から、①占有移転に向けられた②財産交付の判断の基礎となる重要な事項を偽る行為をいう。占有移転に向けられているかどうかは、欺罔内容によって処分者が事実上の支配の移転を容認するものかどうかによって判断する[6]

   イ 本件では、乙は、高級ホテルのロビーで、ホテルの正面玄関の車止めを指さしながら「車の中で数えて確認したらパソコンを持ってくる」と持ち掛けている。売主がパソコンを持ってくる気があるかどうかは、本件売買契約において取引通念上重要な事項を偽る行為にあたる(②充足)。また、上記欺罔行為は、高級ホテルの正面玄関前の車の中まで現金を移転することを求めているところ、かかる場所まで財物を持ち出されてしまえば、Aの目の届く範囲から現金が持ち出されてしまうものである上、ホテルという支配領域からも離脱してしまう。そうだとすれば、上記欺罔行為は、事実上の支配がAから乙に移転する点に向けられているといえる(①充足)。

   ウ したがって、「人を欺」く行為にあたる。

 (2) Aは、上記行為によって乙がパソコンを持ってきてくれると錯誤し、それによって現金50万円を渡し、乙がホテルを立ち去った時点で「交付」したといえる。

(3) よって、甲の上記行為に詐欺罪が成立する。

 4 乙がBに対し本件パソコンを20万円で売却した行為に、盗品有償処分あっせん罪が成立する。なお、盗品であることを相手方に告げることは通常考えられないため、同罪には欺罔行為を用いることが通常想定されているため、不可罰的事後行為として同行為に別途詐欺罪(246条1項)は成立しない。

 5 乙が、甲に対し、10万円でしか売れなかったと述べた行為に、占有離脱物横領罪(254条)が成立する。

 (1) 「他人の物」とは、他人の所有する物をいう。他人所有の財物を売却した場合の売却代金は、他人の物の変形物であるため、金銭それ自体が他人の所有物となると考える[7]。本件で乙が甲に渡さなかった10万円は、A所有のパソコンを売却した代金である。したがって、本件売却代金はA所有の金銭にあたる。

(2) 乙は現金10万円を事実上支配しているものの、「占有を離れた」にあたる。

ア 「占有を離れた」とは、①濫用のおそれの支配力のないこと又は②かかる支配力はあるものの、当該財物につき権原を有する者との委託信任関係に基づかないことをいう[8]

   イ 本件では、確かに、乙は現金10万円を現に有しているものの、かかる現金はAから占有の委託を受けたわけではない。また、甲は本件パソコンについて何らの権原もないため、甲乙間の委託関係も保護に値しない(②充足)[9]

   ウ したがって、現金10万円は「占有を離れた」にあたる。

 (3) 「横領」とは、所有者でなければできないような処分をする不法領得の意思の発現行為をいうところ、乙は、現金10万円を自らのものとするため、甲に上記欺罔行為にでている。乙は現金10万円の所有者ではない以上、自らのものにすることはできないため、不法領得の意思が発現したといえる。したがって、「横領」にあたる。

 (4) よって、乙の上記行為に占有離脱物横領罪が成立する。

 6 乙の5の行為は、欺罔行為によっているものの、甲は乙に対し金銭返還請求権や金銭債権を有しないため、2項詐欺罪(246条2項)は成立しない。

 7 以上より、乙の一連の行為に①盗品保管罪②盗品有償処分あっせん罪③詐欺罪④盗品有償処分あっせん罪⑤占有離脱物横領罪が成立し、⑤は共罰的事後行為として④に吸収される。①②④はAの追求権という同一の法益を侵害する行為として包括一罪として一罪となり、①②④と③は併合罪(45条)となり、乙はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 最判昭和34年7月3日参照。

[2] 最決昭和50年6月12日は、知情後の行為について盗品保管罪を認めており昭和34年判決の保管の定義との整合性が問題となるため、このような論証が必要となる。橋爪連載(各論)・第15回105頁参照。

[3] 山口青本・355頁参照。

[4] 最判平成14年7月1日参照。

[5] 山口青本・355頁参照。

[6] 橋爪連載(各論)・第9回78頁参照。

[7] 財物の売却を依頼された場合の売却代金については、所有権を認める理解が有力である。民法646条により、受任者が財産を取得すればその時点でそれを委任者に移転する旨の合意をあらかじめ委任者と受任者との間で行った場合、受任者が財産を取得した時点で委任者に当然に帰属することになると解されており、かかる合意は広く推定される。この理解を受任者の不当処分の場合にも広く適用することを主張する見解がある(道垣内弘人『信託法理と私法体系』(1996年)208頁参照)。かかる見解を推し進めていくと、委任関係にない被害者と処分者との間の金銭所有権の帰属の帰趨について、被害者に金銭所有権を認めることも可能となるように思われる。もっとも、かかる見解は多数説ではない。以上について、佐伯仁志=道垣内弘人『刑法と民法の対話』(2001年)24頁参照。もっとも、盗品を処分した代金については被害者に帰属することについて刑法上争いはないものと思われる。橋爪連載(各論)・第10回85頁参照。

[8] 山口青本・341頁参照。

[9] 橋爪連載(各論)・・第10回85頁参照。