法律解釈の手筋

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「早すぎた構成要件実現」(最決平成16年3月22日参照)の手筋

 

第1 事例

甲は夫Aを事故死に見せかけて殺害し、保険金を詐取しようと考えた。甲の犯行計画は、①クロロホルムでAを失神させた上②Aを自動車で港まで運び③自動車ごとAを海に転落させて死亡させるというものであった。

甲は、上記犯行計画を実行に移し、Aに大量のクロロホルムを吸引させ、Aを昏倒させた(以下「第1行為」という)。そして、甲はAを自動車で港まで運び同車を岸壁から転落させて沈めた(以下「第2行為」という)。

Aは死亡したが、検死の結果、Aの死因が第1行為、第2行為いずれから生じたのか不明であった。

甲の罪責を論ぜよ。

 

 

第2 検討

 

うーーーん、難しい。

 

 

いわゆる早すぎた構成要件の実現の問題。

どのように論じていけばよいのか。

検討する犯罪は殺人罪(刑法199条)の成否ですね。

 

第1行為、第2行為いずれから死因が生じたか分からないということは、どちらの行為から結果が生じても甲に犯罪が成立することを説明しなければならないはず(利益原則)。

 

まず、第2行為から生じた場合、問題はないと思われます。

第2行為が殺人罪の実行行為性を有し、Aに死の結果が生じ、かつ第2行為から死因が生じたと考える以上、因果関係も認められます。第2行為時点において甲には故意(38条1項)もあります。

 

問題は、第1行為から死因が生じた場合です。

まず、客観的構成要件について検討すると、おそらくこの点は問題ないと思われます。実行行為、結果、因果関係共に認められるのは明らかです。

 

ん?

ちょっと、待て、と。

平成16年判例(クロロホルム事件)は、実行の着手を検討していたではないか。なのに、客観的構成要件段階でそれを検討しないのか。

そう思われる方もいらっしゃるでしょうが、今回は既遂犯です。既遂犯の客観的構成要件は行為・結果・因果関係です。既遂犯の問題で未遂犯の成否が問題になる「実行の着手」が問題にはならないのです

 

次に、故意(38条1項)の問題です。

確かに、甲には第1行為そのものでAを殺害する意図はなかったので、この点で故意を認めることはできません。

が、故意とは構成要件該当事実の認識・認容をいうところ、当該行為によって結果が惹起することの認識・認容(実行行為性の認識)があれば良いはずです。そして、その故意は実行行為の開始時点において存在すれば、規範的障害を克服したといえるため、故意が認められるはずです。

 

すなわち、

故意が認められるためには、実行行為開始時点において実行行為性の認識が必要

ということになります。

 

それでは、実行行為の開始時点とはいつか?

これが、実行の着手ということになるのです(通説)。

実質的客観説は、法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為時点で実行の着手を認めます。

その判断基準は、①時間的切迫性②結果発生の自動性といわれます。要するに、実行行為との密接関連行為を意味します。すなわち、実行行為と密接に関連する行為時点で実行の着手が認められることから、実行の着手からその後の実行行為までが「一連の実行行為」ということになるのです。

そうだとすれば、行為者の主観において、先行行為が後行行為と密接に関連し先行行為に実行の着手が認められるならば、

実行行為開始時点である先行行為時点において「一連の実行行為」であることの認識が認められるということになります。

 

平成16年判例は以上のように理解されるものと考えられます。

判例に従えば、「一連の実行行為」論には、

①実行行為開始時点を先行行為時点と捉える機能

②先行行為と後行行為を1つの実行行為と捉える機能

の2つがあるように思われます(私見)。

 

「【要旨1】上記1の認定事実によれば,実行犯3名の殺害計画は,クロロホルムを吸引させてVを失神させた上,その失神状態を利用して,Vを港まで運び自動車ごと海中に転落させてでき死させるというものであって,第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること,第1行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや,第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと,第1行為は第2行為に密接な行為であり,実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから,その時点において殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。また,【要旨2】実行犯3名は,クロロホルムを吸引させてVを失神させた上自動車ごと海中に転落させるという一連の殺人行為に着手して,その目的を遂げたのであるから,たとえ,実行犯3名の認識と異なり,第2行為の前の時点でVが第1行為により死亡していたとしても,殺人の故意に欠けるところはなく,実行犯3名については殺人既遂の共同正犯が成立するものと認められる。」 

 

第3 論証

もっとも、甲には故意(38条1項)が認められるか。第1行為において結果発生を認識しておらず、問題となる。

(1) 故意とは、構成要件該当事実に対する認識・認容をいうところ、実行行為開始時点における実行行為性の認識が必要である。

 そこで、先行行為に実行の着手が認められ、先行行為と後行行為が「一連の実行行為」といえる場合には、先行行為時点における「一連の実行行為」の認識があり、故意に欠けるところはないと考える。

 そして、行為者の主観において①先行行為は後行行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったこと②先行行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったこと③先行行為と後行行為との間の時間的場所的近接性が認められる場合には、先行行為に実行の着手が認められ、先行行為と後行行為は「一連の実行行為」といえる。

 

(2)以下、本件について検討する……