解答例
1 甲が、Aに対し、平成25年7月12日深夜、Aの顔面を手拳で軽く1回殴打した行為に暴行罪(208条)が成立する。
(1) 甲の上記行為はAに対する不当な有形力行使による「暴行」である。また、甲にはかかる事実について故意(38条1項)が認められる。
(2) 甲の上記行為に正当防衛(36条1項)は成立しないが、過剰防衛(36条2項)が成立する。
ア Aが甲の車の窓に手を入れてきて甲の胸倉を掴もうとしているところ、甲の身体に対する「急迫」「不正」の「侵害」が認められる。
イ 甲は、自己の身体という「自己の権利」を「防衛するため」上記行為に出ている。
ウ もっとも、甲の上記行為は、「やむを得ずにした」とはいえない。
(ア) 「やむを得ずにした」とは、自己又は他人の権利を防衛する手段として必要最小限度の行為をいう[1]。
(イ) Aは、車の中にいる甲の胸ぐらを掴もうとしてきていたにすぎないところ、甲としては、Aの手を払いのけて車の窓を閉めることでも十分に自己の権利を防衛できたといえる。そうだとすれば、甲がいきなりを殴打し、しかもその部位が顔面という傷害を負いやすい場所であることにかんがみれば、必要最小限度の行為とはいえない。
(ウ) したがって、「やむを得ずにした」とはいえない。
エ 甲の上記行為に正当防衛は成立せず、過剰防衛が成立するにとどまる。
(3) よって、甲の上記行為に暴行罪は成立する。
2 甲が、Bに対し、同年7月13日、Bの身体のすぐ近くを車で進行し、よってBを転倒させ全治1週間の打撲傷を負わせた行為に、傷害罪は成立せず、何らの犯罪も成立しない。
(1) 甲の上記行為は、直接Bの身体の生理的機能を障害するに足りる行為ではないが、Bに対する不法な有形力の行使たる間接暴行として「暴行」(208条)にあたる。
(2) Bには前置1週間の打撲傷という結果が生じている。
(3) Bの傷害結果は甲の上記行為から直接生じたものではなく、Bの転倒によるものであるが、甲の上記行為との間に因果関係が認められる。
ア 法的因果関係は、当該行為に結果を帰責することができるかという問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化したといえる場合には、因果関係が認められると考える。
イ 本件では、甲の上記行為には、うまくBの体を避けて進行することができず車の衝突によってBに直接傷害を負わせる危険性のほか、Bの体の1メートルというすぐ近くを甲の車が進行することによってBがあわててこれを避けようとして転倒する危険性も含まれていたといえる。そうだとすれば、Bの転倒は、甲の上記行為に誘発されたものであり、かつその介在事情も異常であったとはいえない。以上にかんがみれば、甲の上記行為の危険性がBの傷害結果へと現実化したといえる。
ウ したがって、因果関係も認められる。
(4) 甲は、Bの体のすぐ近くを進行することについては認識しており、それにも関わらず上記行為にでており認容していたといえるところ、間接暴行の事実について故意が認められる。傷害罪は暴行罪の結果的加重犯類型でもあるため、傷害結果についての故意は不要である。また、結果的加重犯は、高度で類型的な危険のある行為を特に重く処罰する趣旨であるところ、加重結果について過失も不要である。
(5) もっとも、甲の上記行為に正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却される。
ア 「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫っていることをいう[2]。
本件では、本件では、AとBは甲の車に近づいてきており、Aは車のボンネットの上に乗っている上、手には棒切れのようなものを持っている。甲とAは1日前に争いを起こしており、Aが甲に危害を加えようとしていることは明らかである。BはAを車で連れてきたものであることや、甲に危害を加えるつもりがないのであれば車から降りてくることはないであろうことにかんがみれば、Bとの関係でも、甲の法益侵害に切迫した状況があるといえる[3]。
したがって、「急迫」性が認められる。
イ また、その危害は甲の身体という「自己の権利」に対する「不正」の「侵害」である。
ウ 甲は、A及びBから危害を加えられるのではないかと考え、その場から逃げようとしているところ、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態たる防衛の意思が認められ、「防衛するため」といえる。
エ また、甲の上記行為は「やむを得ずにした」といえる。
(ア) 本件では、甲の車の5メートル前にBが立ちふさがっており、かつ、斜め前方にはBの車が止まっている。かかる状況では、甲は、Bの体のすぐ近くを車で進行する以外には、甲を車で轢くくらいしか手段がない。また、相手は2人であるため、その場に滞留して防衛行為に及ぶことも適切でない。そうだとすれば、甲の上記行為は自己の権利を防衛するために必要最小限度であったといえる。
(イ) したがって、甲の上記行為は「やむを得ずにした」といえる。
オ 甲の上記行為に正当防衛が成立し、違法性が阻却される。
(6) よって、甲の上記行為に何らの犯罪も成立しない。
3 甲が、Aに対し、同年7月13日、Aを甲の車のボンネットに乗せたまま、京都市内の国道を時速70キロメートルの速度で進行し、急ブレーキ、蛇足運転を行い、よって、Aをボンネットから落として全治3週間の傷害を負わせた行為に殺人罪が成立せず、何らの犯罪も成立しない。
(1) 甲の上記行為に殺人罪の実行行為性が認められる。
ア 実行行為とは、法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為をいう。
イ 本件では、甲は、時速70キロメートルという非常に高速度で車を疾走させているところ、Aが車から落ちた場合、コンクリートに全身を強く打ち、死亡する危険性が認められる。また、疾走していた場所も京都市内の国道という深夜であるとしてもある程度の車の進行が認められる場所であり、Aが車から落ちた際に、他の車に轢かれることで死亡する危険性もある。さらに、甲は急ブレーキや蛇足運転を2.5キロメートルという長距離に渡って行っていることから、Aが実際に車から落ちる危険性が非常に高かったといえる。以上にかんがみれば、甲の上記行為はAの生命侵害惹起の現実的危険性の非常に高い行為であったといえる。
ウ したがって、甲の上記行為に殺人罪の実行行為が認められる。
(2) Aには死という結果が発生していない。
(3) 甲には、上記行為について故意(38条1項)が認められる。
ア 故意とは、構成要件事実に対する認識・認容をいう。
イ 本件では、甲は、Aが甲のボンネットの上にいることを認識した上で上記行為にでているところ、構成要件該当事実を認識しているといえる。また、前述のように甲の上記行為はAに死の結果を発生させる蓋然性の高い非常に危険な行為であったといえる。それにも関わらず甲が上記行為にでている点で、Aの死という結果発生について認容していたといえる。
ウ したがって、甲には故意が認められる。
(4) もっとも、甲の上記行為に正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却される。
ア まず、Aによる甲の身体たる「自己の権利」に対し「急迫」「不正」の「侵害」があることは明らかである。また、甲には前述のとおり防衛の意思も認められる。
イ また、甲の上記行為は「やむを得ずにした」といえる。
(ア) 確かに、甲の上記行為は、非常に危険な行為であり、行為としての相当性を欠くとも思える。しかし、甲としては、Aがボンネットの上に棒切れのようなものを持って乗っている以上、車から出て防衛行為に及んだとしても生命身体に対する侵害を受ける可能性が高い。そうだとすれば、甲としてはAをボンネットの上から落として逃走する以外に手段はなかったといえる。この点、より低速で走行し、より安全な場所で他人に助けを求めることができたとの考えがあるが[4]、深夜であり他人に助けを求めづらいことや、侵害が切迫している緊急状況において、上記のような冷静な行動まで要請することは酷にすぎることから、妥当でない。
(イ) したがって、甲の上記行為は「やむを得ずにした」といえる。
ウ 甲の上記行為に正当防衛が成立する。
(5) よって、甲の上記行為に何らの犯罪も成立しない。
4 以上より、甲の一連の行為に暴行罪が成立し、過剰防衛により任意的減軽となる(36条2項)。
以上
[1] 最判昭和44年12月4日参照。山口・71頁参照。
[2] 最判昭和46年11月16日参照。
[3] Bは甲の車に近づいてきているものの5メートル先に立っているに過ぎないのであるから、Bによる甲に対する急迫の侵害については否定する方向もあり得る。もし急迫性を否定する場合、誤想過剰防衛の成否が問題となり、責任故意阻却の問題となる。
[4] 京都地判平成15年12月5日参照。本解答例はあえて正当防衛を成立する方向で立論している。説得的な評価ができていれば結論はどちらでも問題ないと思われる。