法律解釈の手筋

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慶應ロー入試 平成28年度(2016年度) 刑法 解答例

解答例 

第1 丙の罪責

1 丙がVに対し、殺意を持ってA宅に放置し殺した行為に殺人罪(199条)が成立するか。

(1) 丙の上記行為に殺人罪の実行行為性が認められるか。丙の上記行為は行為者に期待された行為をしないいわゆる不作為であるところ、不作為に実行行為性が認められるかが問題となる。

ア 不作為も法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為となる場合が想定できるため、実行行為たり得る。もっとも、いかなる不作為にも実行行為性が認められるとすれば、刑法の自由保障機能が害される。

そこで、当該行為に作為と構成要件的同価値性が認められる場合、すなわち①当該行為者に作為義務が認められるにも関わらずそれを履行せず、かつ②その前提としての作為の容易性・可能性が認められ、③当該行為が法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為である場合には、不作為の実行行為性が認められると考える。

イ 本件では、丙は8月4日夕方過ぎに甲からVを引き受けている。確かに、丙は自らVを引き受ける等、生命活動の維持が困難な状態にしていない。しかし、丙はVの同居の親族であり、Vへの扶養義務(民法720条)が認められる上に、かつてVを介護していた者であった。また、A宅には丙しか存在しておらず、Vの生命活動の維持は丙に排他的に依存していたといえる。したがって、丙にはVを生命活動維持のため、病院に連れて行く等の作為義務が認められ、それにも関わらず丙は当該義務を履行しなかった(①充足)。また、病院に連れて行く義務は作為として容易かつ可能であったといえる(②充足)。そして、当該不作為はVの生命侵害の現実的危険性を有する行為である(③充足)。

ウ したがって、上記行為に実行行為性が認められる。

(2) Vには死という結果が発生している。

(3) もっとも、丙がVを引き受けた頃には点滴を外してから48時間を経過しており、救命可能性がなく、丙の行為との間に因果関係が認められないのではないか。

  ア 不作為による因果関係は物理的因果性を有しないため、仮定的追加条件によって条件関係の存否を判断すると考える。

    そこで、不作為者が期待された行為をしていれば結果が発生しなかったであろうことが合理的疑いを超える程度に確実であれば、因果関係が認められると考える。

  イ 本件では、48 時間を超えて点滴治療を再開した場合,快復の見込みも一定程度あるが確実ではなく,しかも経過時間に応じて低下するとある。そうだとすれば、丙がVを引き受けた時点で、丙が期待された行為を行ったとしても、Vを救命することが合理的疑いを超える程度に確実であったとはいえない。

  ウ したがって、結果と丙の不作為との間に因果関係は認められない。

(4) よって、丙の上記行為に殺人罪は成立しない。

2 丙の上記行為に、殺人未遂罪(203条、199条)が成立しないか。

(1) 不真正不作為犯において、条件関係が否定された場合、なお実行行為性を認めることができるか。結果回避可能性がない以上、作為義務を課しても意味がないのではないか。

  ア 実行行為性は法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為であり、その判断は客観的事情から判断すべきである。そして、事後的判断によって結果回避可能性が否定されたとしても、事前判断において結果回避の一定の蓋然性が認められる場合には、なお結果回避義務を課すことができると考える[1]

  イ 本件でも、丙の不作為時、Vの快復の見込みが確実ではなかったとしても、60時間を超えるまではなお救命可能性があったといえるのであるから、丙の不作為はVの生命に対する現実的危険性を有すると考える。

  ウ したがって、丙の上記行為は「実行に着手」にあたる。

(2) よって、丙の上記行為に殺人未遂罪が成立し、丙はかかる罪責を負う。

第2 甲の罪責

1 甲がVに対して甲宅に放置し、期待される行為をせずVを殺した点に殺人罪(199条)が成立するか。

(1) 甲の上記行為に殺人罪の実行行為性が認められるか。

  ア 甲は自らVを甲宅に連れてくるように申しており、Vを引き受ける先行行為が認められる。また、甲宅には甲しか住んでおらず、Vの生命活動の維持は甲に排他的に依存していたといえる。そうだとすれば、遅くとも乙が帰った後の時点から、甲にVを病院に連れて行かせる等の作為義務が認められる。それにも関わらず甲宅に放置したまま、ドラッグストアの薬を飲ませるにとどまった甲の行為は作為義務違反といえる(①充足)。また、甲宅の近くにはH病院が存在するため、作為も容易かつ可能であったといえる(②充足)。そして、当該不作為はVの生命侵害の現実的危険性を有する行為といえる(③充足)。

イ したがって、上記行為に実行行為性が認められる。

(2) Vには死という結果が発生している。

(3) 甲の上記行為とVの死との間に、因果関係が認められるか。

ア 法的因果関係とは、当該行為者に結果発生について帰責できるかという問題であるところ、条件関係を前提として、当該行為の危険性が結果へと現実化したと認められる場合には、因果関係が認められると考える。

   イ 本件では、甲がVを病院に連れて行けば、Vを救命することが合理的疑いを超える程度に確実であったといえるため、条件関係が認められる。また、確かに本件では前述の丙の放置行為という介在事情が存在するが、甲はVを引き受けてから50時間以上もの間甲宅にてVを放置している。48時間を超えて点滴治療をしなかった場合には、その快復は確実とはいえなくなるのであるから、甲の上記行為によってVが助かる可能性は相当程度低くなっていたといえる。また、丙の上記行為は、甲がVを丙に届け、一方的に置いていったことによって生じているのであるから、上記介在事情は甲の不作為の一環として誘発させたものといえる。そうだとすれば、甲の行為の危険性が結果へと与えた影響は大きいといえる。

   ウ したがって、因果関係が認められる。

(4) 甲は上記行為時、「もしダメなら……Aを言いくるめよう」と決意し、ここでの、ダメなら、とは、Vが死ぬことを意味していることが前の文脈から明らかである。そうだとすれば、甲はVの死について認識・認容していたといえ、故意(38条1項)が認められる。

2 以上より、甲の行為に殺人罪が成立し、甲はかかる罪責を負う。

第3 乙の罪責

1 乙は、確かに甲宅に一度滞在しているが、その滞在時間は1時間程度であるし、Vを引き受けたという事情もないところ、乙がVの保証人的地位にあるとは認められないため、殺人罪(199条)又は保護責任者遺棄罪(218条)は成立しない。

2 乙が、甲宅から内部資料とマニュアル(以下「資料等」という。) を持ち出した行為に窃盗罪 (235条) が成立するか。

(1) 資料等は甲たる「他人」の重要な情報を印刷された資料であるため「財物」にあたる。

(2) 乙は資料等を甲宅から持ち出しているところ、甲たる占有者の意思に反して自己の占有に移転する行為といえ「窃取」したといえる。

(3) 乙に不法領得の意思が認められるか。

ア 使用窃盗罪及び毀棄隠匿罪との区別の必要性から、不法領得の意思は必要と考える。

     そこで、不法領得の意思とは、①権利者を排除して、他人の物を自己の所有物として②その経済的用法に従い利用・処分する意思をいうと考える。

イ 本件では、乙は甲宅から持ち出して自身が所有者として使用しようとしているため、権利者排除意思が認められる(①充足)。また、乙は資料等に記された××教団の悪質さを示した情報を利用して「××教団」を挫折させようとしているため、その財物たる資料の情報から生じる効用を享受しようとしているといえ、利用処分意思も認められる(②充足)。

ウ したがって、不法領得の意思が認められる。

 (4) 乙には、故意(38条1項)が認められる。

3 以上より、乙の行為に窃盗罪が成立し、同一の法益侵害が生じているため包括一罪となり、乙はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 橋爪隆「刑法総論の悩みどころ 第18回不作為犯の成立要件について」法学教室421号87頁参照。