法律解釈の手筋

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慶應ロー入試 平成30年度(2018年度) 刑法 解答例

解答例

第1 設問1

 1 ZがAの上着の内ポケットから名刺入れをすり取り、自分のかばんに入れた行為に、窃盗罪(235条)が成立しないか。

 (1) 名刺入れはAたる「他人の財物』にあたる。

 (2) 本件行為が「窃取」あたるか。

   ア 「窃取」とは、占有者の意思に反して他人の財物を自己または他人の占有に移転する行為をいう。

   イ 本件では、名刺入れがAの占有にあるといえるか。

    Zの本件行為は翌2 日午前1 時30 分頃に行われたものである。一方、A の死亡時刻は同日午前0 時30 分頃~午前2 時30分頃と推定されており、Zの本件行為時にAは生きているかは不明である。

     占有の有無は占有離脱物横領罪との成否の区別基準となるところ、占有の有無が不明の場合は、利益原則の適用により、罪の軽い占有離脱物横領罪の成立を認めるべきである。したがって、本件では、名刺入れはAの占有になかったと考える。

   ウ したがって、「窃取」にあたらない。

 (3) よって、本件行為に窃盗罪は成立しない。

 2 もっとも、Zの上記行為に窃盗未遂罪(243条、235条)が成立しないか。

 (1)  実行の着手が認められるには実行行為性が必要であるところ、本件では、Aの占有が認められない以上、「窃取」の実行行為性が認められないのではないか。

   ア 実行行為とは、法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為をいう。そして、その危険性の判断は客観的事情を基礎に判断すべきと考える[1]

   イ 本件では、前述のとおりAはZの本件行為時に死亡していたか否かは不明であるところ、Zの行為は窃盗罪の現実的危険性をなお有するということができる。

   ウ したがって、本件行為は実行行為性を有する。

 (2) そして、Zは窃盗罪を「遂げなかった」。

 (3) よって、Zの本件行為に窃盗未遂罪が成立する。

 3 Zの上記行為に、占有離脱物横領罪(254条)が成立しないか。

(1) 「占有を離れた」「他人の物」であるAの名刺入れを、カバンに入れるという所有者でなければできないような処分意思を有して「横領」している。

(2) もっとも、ZはAが酔いつぶれて寝ていると思っており、故意(38条1項)が認められないのではないか。

ア 故意責任の本質は反規範的態度に対する道義的非難にあり、その規範は構成要件として国民に与えられている。

    そこで、行為者の認識していた事実と客観的に発生した事実との間に、構成要件の実質的重なり合いが認められる場合には、重なり合いの限度で規範的障害を乗り越えたといえ、故意が認められると考える。

イ 本件では、Zの認識していた事実は窃盗罪にあたるものである一方、客観的に発生した事実は利益原則の観点から遺失物横領罪と評価される。窃盗罪の保護法益は占有にあると解されているが、その背後にある所有権も保護されていると考える。そうだとすれば、所有権という保護法益の限度で重なり合いが認められる。そして、行為態様も共通である。

ウ したがって、遺失物横領罪の限度で重なり合いが認められ、その限りで故意が認められる。

 (3) よって、上記行為に占有離脱物横領罪が成立する。

 4 ZがBに対し全力で体当たりした行為に、強盗致死罪(240条)が成立するか。

 (1) Zが「強盗」にあたるか。事後強盗罪(238条)の成否が問題となる。

   ア Zは窃盗未遂犯であるところ、「窃盗」にあたる。

   イ Zの上記行為が「暴行」にあたるか。

   (ア) 「暴行」とは、強盗罪との同質性から、①窃盗の機会に②相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の不法の有形力の行使であることを要すると考える。そして、窃盗の機会に当たるためには、窃盗犯人と被害者等との間に緊迫した対立状況の継続が必要であると考える。

   (イ) 本件では、ZはBの追跡を免れており、かつ、そこから1kmも離れた公園まで逃げている。かかる事実にかんがみれば、窃盗犯人と目撃者たるBとの間に緊迫した対立状況が継続しているとはいえない。

   (ウ) したがって、Zの上記行為は「暴行」にあたらない。

 (2) よって、Zの上記行為に強盗致死罪は成立しない。

 5 Zの上記行為は人の生理的機能を障害するに足りる行為であり、それによってBは死亡しているため、傷害致死罪(205条)が成立する。

 6 以上より、Zの一連の行為に、①窃盗未遂罪②占有離脱物横領罪③傷害致死罪が成立し、①②は同一行為から生じているため観念的競合(54条1項)となり、①②と③は併合罪(45条)となる。

第2 設問2

 1 XYがそれぞれAに対し手拳で殴打した行為に傷害致死罪(205条)が成立しないか。

 (1) XYの上記行為はAの生理的機能を障害するに足りる行為といえ、傷害罪の実行行為性が認められる。

 (2) もっとも、Aの死因となった脳出血という「傷害」がXYどちらの行為から生じたのかが不明であるところ、因果関係が認められない。

 (3) そうだとしても、同時傷害の特例(207条)により、因果性が認められないか。

   ア 同時傷害の特例を定めた刑法207条は、二人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしている。

     そこで、同条の適用が認められるためには、①各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること、②各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたことが必要であると考える。

   イ 本件では、XYの上記暴行はAを転倒させ、Aが頭を地面にぶつけることによって脳出血を生じさせ得る危険性を有するものであったといえる(①充足)。また、両暴行は同一時間帯に行われており、同一の機会に行われている(②充足)。

   ウ したがって、同時傷害の特例の適用がある。

(4) そして、暴行と傷害結果との間で、XYに共犯関係(因果性)が認められた以上、そこから生じた致死結果についても、行為者に帰責されると考える[2]

(5) よって、XYの上記行為に傷害致死罪(207条、60条、205条)が成立し、XYはそれぞれその罪責を負う。

以上

 

 

[1] 具体的危険説は危険の現実化説からは整合性が問題となる。危険性の判断基底の問題は、実行行為性と因果関係で同一の判断がなされるのが望ましいからである。もっとも、因果関係は事後的判断の問題であり、実行行為性は当該行為時点における危険性の判断の問題であるため、両者の判断基底を別異に考えることは可能である。

[2]最決平28・3・24参照。