法律解釈の手筋

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慶應ロー入試 令和元年度(2019年度) 憲法 解答例

解答例

1 特例法3条1項4号・5号は、身体侵襲の自己決定権を侵害し、憲法13条に反し違憲である[1]

2 憲法13条は、新たな人権を包括的に規定する。人権の相対化を招くおそれがあるため、人格的生存に不可欠な権利のみ保障が及ぶとする見解がある。しかし、本件は生殖器についての身体侵襲に対する自己決定権が問題となっており、かかる権利は個人の人格的生存に不可欠な要素であるといえる。

  したがって、憲法13条の保障が及ぶ。

3 違憲な条件の法理[2]

(1) もっとも、被告は、特例法は性別変更という助成に係る規定であるところ、制約は認められず、立法府の広範な裁量が認められるため、同号の要件も裁量を逸脱・濫用するものとはいえず、合憲であると反論することが考えられる。

しかし、第1に、助成場面であっても、それが憲法上の権利を実質的に制約するような場合には、憲法上の統制が及ぶと考える。

   そこで、①助成受領に課される条件が②権利行使を処罰ないし禁止する場合と同様の強制的効果を有する場合には、③必要不可欠な条件でない限り違憲な条件と考える。

(2) 特例法3条1項4号

まず、特例法3条1項4号では、性別取扱変更という利益について生殖機能喪失要件が課されている(①充足)。性同一性障害の者にとって、戸籍上の性別が主観的な性別と一致しないことは、心理的苦悩を強いることになる上、この苦悩は性別取扱変更審判の申立てによる以外の方法はなく、特例法3条1項各号の要件に依存する。そして、同号は生殖機能の喪失は、保険適用がなく、技術的困難性もあり、合併症を引き起こす確率も高いという点で、深刻な身体侵襲を要件とする。これによって、性同一性障害者を、性別の違和に伴う苦悩を持ち続けるか深刻な身体侵襲による生殖機能を喪失させるかという二律背反に追い込むこととなる。以上にかんがみれば同号は強制的効果を有するといえる(②充足)。

同号の目的は、生殖機能を持ち続けることによる身分法秩序の混乱防止にあるとされる。しかし、そもそも性別取扱いについては性の自己決定の保障という点が本来的目的であると考えられ、身分法秩序の安定を性別取扱いとの関係でもやむを得ない利益とはいえない。また、仮にかかる目的はやむを得ないとしても、生殖機能を持ち続けても親子関係が必ず生じることにはならないことにかんがみれば、一律に生殖機能の喪失を要件とすることは過度な制約である(③充足)。

(3) 特例法3条1項5号

   次に、特例法3条1項5号は、外形的な身体的特徴の形成を要件が課されている。(①充足)。かかる要件も、性同一性障害者に対して深刻な身体侵襲を要件とするものであり、前述と同様の強制的効果を有する(②充足)。

   同号の目的は、社会生活上の混乱防止にある。しかし、かかる目的は、男性と女性という従来の男女二分論的認識に基づく性の多元性を否定するものであり、目的の正当性がない。また、仮にかかる目的が正当化されるとしても、一律に身体的特徴を有することが必要不可欠とはいえない。むしろ、性の多元性を認識し社会的受容を広めていくことが求められる(③充足)。

4 立法府の首尾一貫性[3]

(1) 第2に、仮に立法府に裁量が認められるとしても、第1次的判断を示した場合にはそれを準拠点として当該規定の首尾一貫性を問うことができ、その限りで裁量が縮減されると考える。

(2) 特例法の目的は、性別の取扱いについて特例を認めることで(法1条)、性同一性障害者の性別の違和に伴う苦悩を軽減するという治療効果を高める点にある。しかし、特例法3条1項4号及び5号は、戸籍上の性別を変更するために性別適合手術を選択させる契機となっており、「治療」目的ではなく性別取扱変更のためになされる生殖機能喪失要件は、同法1条の目的から逸脱する。そうだとすれば、治療効果を高めるという目的と一貫しない同項4号及び5号の規定は、立法府の裁量を逸脱・濫用するものといえる。

5 以上より、特例法3条1項4号・5号は、憲法13条に反し違憲である。

以上 (約1800字)

 

[1] 裁判例として、岡山津山支決平成29年2月6日、広島高岡支決平成30年2月9日参照。また、参考文献として、新井誠「演習」法学教室456号144頁(2018年)、栗田佳泰・平成29年度重判解(2018年)12頁参照。

[2] 横大道聡『現代国家における表現の自由-言論市場への国家の積極的関与とその憲法的統制-』(弘文堂、2013年)86頁参照。

[3] 小山作法・180頁参照。