解答例
第1 設問1
1 Xが、殺意をもってAの首を絞めつけた行為(以下「第1行為」という。)に、殺人罪(199条)が成立する。
2 Xの上記行為は、人の生命侵害惹起の現実的危険性を有し、「人を殺」す行為にあたる。
3 Aは死亡している。
4 Aの死亡は交通事故死の可能性も考えられるが、なおXの第1行為とAの死亡との間に因果関係が認められる。
Aの死因が窒息死かその交通事故による事故死かについて確定できない以上、両方の死因とXの第1行為との間に因果関係が認められない場合、利益原則の観点から因果関係が否定される。以下、両死因との因果関係について述べる。
(1) まず、窒息死の場合、Xの第1行為が直接的な原因になったことは明らかであるため、因果関係が認められることは明らかである。
(2) 次に、事故死の場合について述べる[1]。
ア 因果関係は、行為者に結果発生を帰責できるかという問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化した場合には、当該行為と結果との間に因果関係が認められると考える。
イ 本件では、Xの重大な交通事故という介在事情が存在していることから、因果関係が否定されるとも思える。しかし、Aが交通事故で死亡したとすれば、それは、XがAを車のトランクに入れるという行為(以下「第2行為」という。) が存在したからである。車のトランクは本来人が入る場所ではなく、人を防護する機能がない。すなわち、軽微な物損事故でも死亡する危険性が非常に高い。そして、軽微な物損事故でAが死亡した場合、XがAをトランクに入れるという危険な行為によって直接Aの死という結果が発生したといえ、Xの第2行為と結果との間に因果関係が認められるはずである。そうだとすれば、軽微な事故でも重大な事故でもいずれにせよ被害者が死亡する危険性があるのに、たまたま発生した事故の程度が重大であると実行行為に死亡結果が帰責できなくなるというのは妥当とはいえない。したがって、介在事情が本件のように重大な事故であっても、介在事情をおよそ交通事故として抽象化し、なおXの第2行為との間に因果関係を認めることができると考える。
さらに、そもそもXの第2行為は、Aが死亡したものと思い込み、犯行の証拠を隠滅しようとしたからに他ならない。したがって、Xの第2行為はXの第1行為に誘発されたものといえる。また、被害者を車のトランクに入れるのも、証拠隠滅までの間に、誰かに死体を目撃されないようにするためには合理的な行動であって、犯行を行った者であれば通常とり得る行動ということができる。そして、死体の遺棄場所として人目につかない山中を目指すことも、証拠隠滅として合理的といえる。したがって、介在事情としての異常性もない。
以上にかんがみれば、Aの事故死という結果は、Xの第1行為によって間接的にその行為の有する危険性が現実化したということができる。
ウ よって、Xの第1行為と結果との間に因果関係が認められる。
5 Xには殺意(38条1項)が認められる。
6 以上より、Xの上記行為に殺人罪が成立し、Xはその罪責を負う。
第2 設問2
1 KがXの車のエンジンを切った行為
(1) Kの上記行為は「停止させ」る行為(警職法2条1項)として適法である。
(2) まず、Xの車は事故車両であり、少なくとも交通事故等「何らかの犯罪を犯し」ている疑いが、客観的状況から推測され「相当な理由」があるといえ、職務質問は許される。
(3) また、Kの上記行為はXの移動の車による移動の自由を侵害する行為であるが、「目的のため必要な最小の限度」の行為として許される。
ア 警職法2条1項の「停止させて」との文言から、職務質問にあたり有形力行使を許容していると考えられるが、同法2条3項は一般的に強制処分を認めない趣旨と考えられており、「強制の処分」にあたる有形力行使は許されない。
また、「強制の処分」にあたらない有形力行使であっても、警察比例の原則(同法1条2項参照)から、当該処分の必要性・緊急性等を考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる場合でない限り許されないと考える。
イ まず、本件におけるXの被侵害利益は車による移動の自由であるところ、身体を直接拘束する逮捕とは異質の行為であり、重要な権利・利益の制約にはあたらないため、「強制の処分」とはいえない。
次に、本件では、Xは一瞬Kを見て動揺したような表情をしており、警察官に隠したい事情があると推認される。また、XはKの質問に答えるとすぐに車に乗り込んでエンジンをかけているところ、警察官との接触を避けたい事情があると合理的に推認されるうえ、車で移動されると、これ以上の職務質問の継続が不可能になるため、Kが車のエンジンを切る緊急性も高い。以上にかんがみれば、Kが上記行為をとる必要性・緊急性が高い。これに対して、Xの被侵害利益は、移動の自由であるが、車による移動の自由は、身体移動の自由に比べてその要保護性は高くないし、かつ、その移動の自由の侵害の程度も長時間にわたるものではなく、侵害の程度も低い。したがって、Kの上記行為は、具体的状況のもとで相当といえる。
ウ よって、Kの上記行為は「目的のため必要な最小の限度」であった。
2 Kが車のエンジンを切ったうえ、エンジンキーを取り上げた行為
(1) Kの上記行為は、なお「停止させ」る行為として適法である。
(2) Kの上記行為の必要性・緊急性が高いことは前述のとおりである。また、Kの上記行為時には、Xは再度エンジンをかけて車を発進させようとしており、職務質問のため停止手段をとる必要性・緊急性が更に高まっているといえる。これに対して、Kの上記行為は一度はエンジンを切るにとどめた後での行為であり、段階的に停止させる行為の態様を強めているところ、その態様として適切である。また、かかる行為時点でXを不当に長時間その場に留め置いたという事情もない。以上にかんがみれば、Kの上記行為も具体的状況のもとで相当といえる。
(3) よって、Kの上記行為は「目的のため必要な最小の限度」であった。
3 Kが懐中電灯で車内を点検した行為
(1) Kの上記行為は、職務質問に付随する所持品検査として適法である。
(2) 職務質問を明示的に規定した条文はないが、警職法2条1項に付随する措置として、同条同項を根拠に許される。
ア 所持品検査は、口頭による職務質問の効果をあげるうえで必要性・有効性の認められる行為であり、かつ、職務質問に密接に関連する行為であるため、警職法2条1項に付随する行為として、2条1項を根拠に許されると考える。
イ したがって、所持品検査は法律による行政の原理に反しない。
(3) 車内を点検する行為は、Xのプライバシーを侵害する行為とも思えるが、Xがかかる措置に有効に承諾している以上、許される。
4 Kが後部トランクを開けた行為
(1) Kの上記行為は、職務質問に付随する所持品検査として適法である。
(2) Kの上記行為は、相当な行為として許容される。
ア 所持品検査は、任意処分として許容される以上、所持人の承諾を得てこれを行うのが原則である。もっとも、捜索に至らない程度の行為は強制にわたらない限り、所持品検査の必要性・緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡を考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されると考える。
イ 本件では、Kは後部トランクを開けてもよいか聞いたが、Xは言葉を濁してはっきりとした返事をしなかったため、所持人の承諾があったとはいえない。
もっとも、Kの上記行為は施錠のされていない後部トランクを開けたにすぎず、そのプライバシーの要保護性は高くなく、重要な権利利益の制約があったとはいえないため「捜索」にはあたらない。また、強制的手段を用いたという事情もないため「強制」にもわたらない。
Xは本件において、上記のように不審な行動を繰り返しており、また、終始落ち着かない様子であるうえに、現場に来るまでの当日の行動に関する質問に対してあいまいな返答しかしておらず、何らかの犯罪に関わっている疑いが非常に高くなっている。したがって、所持品検査をする必要性・緊急性が認められる。また、Kの上記行為は、トランクを開けたにすぎず、行為態様としてもそれほど強いものではない。以上にかんがみれば、Xの被侵害利益は、所持品検査の必要性に比して大きくないといえるため、Kの上記行為は具体的状況のもとで相当といえる。
ウ よって、Kの上記行為は、相当な行為として適法である。
以上
[1] 最決平成18・3・27、大判大正12・4・30参照。
首を絞める行為→トランクに入れる行為→交通事故の一連の行為をどのように評価するかがポイント。