法律解釈の手筋

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早稲田ロー入試 2019年度('18年9月/'19年4月入学) 刑法 解答例

解答例

 

第1 甲の罪責 (以下、刑法は法名略。)[1]

 1 甲が、包丁をBに突き付けようとして、包丁を持ったままBの方に振り向き、よって、Bの腹部に包丁を刺して死亡させた行為に傷害致死罪(205条)が成立しないか。

 (1) まず、甲の上記行為は、Bに向けられた不法な有形力行使であり「暴行」行為にあたる。

 (2) Bは死亡している。

 (3) もっとも、本件では、甲の故意による放置行為という介在事情が存在するが、Bの死亡結果と甲の上記行為との間に因果関係が認められるか。

   ア 法的因果関係は、当該行為者に結果責任を問うことができるかという問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化したといえる場合には、当該行為者に結果責任を問うことができ、因果関係が認められると考える。

イ 確かに、本件甲の故意による介在事情は不作為によるものであり、Bの死因は甲の上記行為によるものであるところ、上記行為の危険性がそのまま結果へと現実化したとも思える。しかし、甲の作為義務が肯定される時点で作為義務を履行していれば、Bの救命は確実であったのであるから、本件実行行為には死亡させるだけの危険性があったとはいえず、上記行為の危険性がBの死へと現実化したということはできない[2]

   ウ したがって、死亡結果との間に因果関係が認められず、傷害結果との間にのみ因果関係が認められる。

 (4) 甲は、間接暴行の故意しかないが、傷害罪は暴行罪の結果的加重犯であるところ、傷害結果について故意または過失は不要である。

 (5) 本件では、客観的にBがAや甲に対し暴行を加えているという状況ではなく、「窮迫不正」の侵害がない以上、正当防衛が成立せず、違法性は阻却されない。

 (6) もっとも、甲は、AがBから暴行を受けていると誤信しているところ、違法性阻却事由があると誤信しており、責任故意が阻却されないか。

   ア 故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難にあるところ、違法性阻却事由も規範的障害たり得る。

そこで、行為者の主観的に認識していた事情を基礎にして違法性阻却事由が認められる場合、責任故意が阻却されると考える。

   イ 本件では、甲はAがBから暴行を現在受けていると誤信しており、BをAから遠ざけるために、上記行為に出ている。そうだとすれば、甲の認識していた事情を基礎にすれば、「第三者」たるAの身体という「権利」について、切迫した違法な「急迫不正」の「侵害」が認められる。

      また、甲の認識では、Bを包丁で刺すつもりはなく、包丁をBに突きつけるにとどめる意図であった以上、Aの法益保護のために必要最小限度の行為といえ「やむを得ずにした」行為といえる。以上にかんがみれば、甲の認識していた事情を基礎とすれば、正当防衛(36条)が成立し、違法性阻却事由が認められる。

   ウ したがって、責任故意が阻却される。

 (7) よって、甲の上記行為に傷害致死罪ないし傷害罪は成立しない。

 2 甲の上記行為について、甲は狭い台所において包丁を振り回すことについては、近くに人が来ていないことを確認する注意義務が認められ、それにも関わらずかかる義務を履行していないため、「過失」が認められる以上、過失傷害罪(209条1項)が成立する。

 3 甲が、Bが死んでしまっても自業自得だと考え、Bを放置した行為に、殺人罪(199条)が成立しないか。

 (1) 甲の上記行為は、法的に期待されたところに反する不作為であるところ、実行行為性が認められるか。

   ア 実行行為とは、法益侵害惹起の現実的危険を有する行為をいい、不作為も実行行為たり得る。もっとも、いかなる不作為も実行行為となると自由保障機能を害する。

そこで、作為との構成要件的同価値性、すなわち①作為義務が認められ、その違反があること②その前提としての作為の可能性・容易性が認められれば実行行為性が認められると考える。

 イ 本件Bの生命惹起は、甲の前述の暴行行為によって危険が創出されており、甲による先行行為が認められる。さらに、本件行為現場であるBの自宅には、甲とB以外には3歳になるAしか存在しない以上、Bの生命侵害の結果発生については、甲に排他的に依存している。以上にかんがみれば、甲にはBを病院に連れていくなどの救命義務が認められる。それにも関わらず、甲はかかる義務を履行していない(①充足)。また、病院に連れていくことは、通常困難なものではなく、また、救急車の要請によっても義務履行が可能である。かかる義務の履行によって治療が可能な状況にあった以上、作為義務の可能性・容易性も認められる(②充足)。

   ウ したがって、甲の上記行為に実行行為性が認められる。

 (2) Bは死亡している。

 (3) もっとも、本件では乙の不作為という介在事情が存在するところ、甲の上記行為とBの死との間に因果関係が認められるか。前述の基準により判断する。

   ア 本件では、乙の作為義務が肯定される時点では、Bの救命が確実であったとはいえず、乙の不作為にB死亡という結果発生が支配されていたとはいえない。以上にかんがみれば、本件不作為にはBを死亡させるだけの危険性があったといえ、かかる危険性が結果へと直接的に現実化したといえる。

   イ したがって、因果関係が認められる。

 (4) 甲は、Bが死んでも自業自得と考えているところ、Bの死について認識・認容しており、殺人罪の故意(38条1項)が認められる。

 (5) よって、甲の上記行為に殺人罪が成立する。

 3 以上より、甲の一連の行為に①過失傷害罪②殺人罪が成立し、両者はBの生命身体に対する法益侵害であり、かつ、時間的にも密接しているところ、①は②に吸収されると考え、甲はかかる罪責を負う。

第2 乙の罪責

 1 乙が、Bが死にそうであり救急車を呼ぶ必要があると感じたにも関わらず、Bを放置した行為に殺人罪(199条)が成立しないか。

 (1) 乙の上記不作為に実行行為性が認められるか。前述の基準により判断する。

   ア 本件では、確かにYはAに対して生命を侵害する直接的危険創出行為をしていない。しかし、YはAの親であり監護義務を負う(民法820条)。また、本件不作為時、自宅内には乙及びBしかおらず、Bの生命は乙に排他的に依存していたといえる。以上にかんがみれば、乙はBを病院に連れて行く義務が認められ、それにも関わらず、Yはかかる義務を怠った(①充足)。そして、病院に連れていくことは、通常困難なものではなく、また、救急車の要請によっても義務履行が可能である(②充足)。

   イ したがって、乙の上記行為に実行行為性が認められる。

 (2) Bは死亡している。

 (3) もっとも、乙の上記行為とBの死亡との間に因果関係が認められるか。

   ア 因果関係が認められるためには、危険の現実化の前提として、条件関係が必要である。そして、不作為犯の場合には仮定的追加条件による条件関係によらなければならず、期待された行為をすれば救命することが合理的疑いを超える程度に確実といえる場合に条件関係が認められると考える。

   イ 本件では、Yが直ちに救急車を要請していればAの救命の可能性は高かったが、確実とまではいえなかった。

   ウ したがって、因果関係は認められない。

 (4) もっとも、結果回避可能性がなかったとしても、本件ではAの救命可能性は高かったのだから、事前判断において結果回避の一定の蓋然性があるといえる。したがって、Yの上記行為に殺人未遂罪(203条、199条)が成立する。

 (5) よって、乙の上記行為に殺人罪の未遂犯が成立し、乙はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 類似の問題として、東大ロー入試平成28年度刑事系第1問、『刑法事例演習教材[第2版]』問題3「ヒモ生活の果てに」、新司法試験平成26年度等参照。

[2] 橋爪連載(総論)第2回・95頁参照。