法律解釈の手筋

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京大ロー入試 平成30年度 刑法 解答例

解答例

第1問 (以下、刑法は法名略。)

第1 甲の罪責

 1 甲が、Aに対し、殺意を持ってAの左側胸部を包丁で強く突き刺して殺害した行為に殺人罪(199条)が成立する。

 (1) 甲の上記行為は、Aの胸部という人体の枢要部を包丁という殺傷能力の高い凶器で強く突き刺すというAの生命侵害惹起の現実的危険性を有する実行行為である。また、Aは死亡し、甲の上記行為との間に因果関係も認められる。そして、甲はAに対し殺意を有しており、故意(38条1項)も認められる。

 (2) 甲には正当防衛が成立(36条1項)せず、違法性が阻却されない。

   ア 甲は、Aからの侵害を予期し、これを避けることが可能であったにもかかわらず、それをしなかった点で、「急迫」性が認められない。

   (ア) 同条の趣旨は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容した点にある。

      そこで、同条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には侵害の急迫性の要件を充たさないと考える[1]

   (イ) 本件では、甲とAは当該行為時の3か月前から甲がAから請け負った仕事の関係で自宅マンションのドアを夜中に怒鳴りながら蹴り飛ばされたりする等の嫌がらせを受けており、本件行為に出る前から警察に連絡するなどの対応はとれた。また、甲が当該行為にでる前にAから自宅マンション前の空き地に出てくるよう強い口調で求められており、出向けばAから侵害されることが相当程度予期された。確かに、甲は自宅マンション前の空き地に出向かなければAから自宅に押し掛けられるおそれがないとはいえないが、今前3か月間家の中まで押しかけられたことがないことや、今回も甲に対し外に出てくるよう申し向けていることからすれば、Aが甲の自宅に押し掛けてくることは到底考えられず、甲は自宅にいるだけでAの侵害を回避することができ、かつ、それが容易であった。甲はAに夜中に呼び出すような嫌がらせをしないように強く言っておかなければと考えているが、この程度ならおよそ空き地まで出向く必要はないし、また包丁も用意する必要性はない。そして、Aの実際の侵害の程度も甲にハンマーで殴りかかるというものであり、甲の予想した侵害を大きく超えるものとまではいえない。以上にかんがみれば、甲が公的機関による法的保護を求めることは十分期待できたといえる。そうだとすれば、甲の行為は36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない。

   (ウ) したがって、「急迫」性が認められない。

   イ よって、甲の上記行為に正当防衛が成立せず、違法性が阻却されない。

 (3) 甲は責任能力が減退しているが、飲酒という自らの行為が原因である以上、心神耗弱としての必要的減軽(39条2項)は認められない。

   ア 確かに、結果行為時において心神耗弱状態である場合、行為責任同時存在の原則に反する。しかし、原因行為時に結果行為意思と故意が認められ、結果行為が原因行為によって招致されたといえる場合には、実質的にみて行為者に避難可能性を問うことができる。

     そこで、原因行為時に結果行為意思及び故意が認められ、結果行為にも故意が認められる場合には、例外的に責任が阻却されないと考える。

   イ 本件では、甲には殺害行為開始前において責任能力が認められるところ、その時点ですでに上記行為を行う意思及び殺意たる故意がある。また、上記行為時点においてもなお殺意が甲に認められる。

   ウ したがって、甲には完全な責任能力が認められる。

 2 以上より、甲の上記行為に殺人罪が成立し、甲はかかる罪責を負う。

第2 乙の罪責

 1 甲が上記行為に出た点について乙に傷害致死罪の共同正犯(60条、205条)は成立しない。

 (1) 共同正犯の客観的構成要件を充足しない。

   ア 一部実行全部責任の処罰根拠は、各犯罪者が役割分担を通じてそれぞれ重要な寄与ないし本質的な枠割を果たした点にある。

     そこで、①共犯者間の共謀及び②共謀に基づく実行行為が認められる場合には、共同正犯の構成要件を充足すると考える。

   イ 共謀

   (ア) 共謀とは、実行行為時点における特定の犯罪の共同遂行合意をいう。かかる共謀が認められるためには、㋐意思の連絡㋑重要な役割㋒正犯意思が必要である。そして、共犯の処罰根拠は正犯者を介して法益侵害を惹起する点にあるところ、一度謀議行為がなされたとしても、その後実行行為に至る前に因果性が遮断されたといえる場合には、㋐意思の連絡は認められないと考える。また、かりに因果性が遮断されないとしても、単なる謀議行為を超えた意思の共同性が認められない場合も㋐意思の連絡が認められないと考える。

   (イ) 本件では、甲は乙に一緒に反撃してくれるよう依頼し、乙もこれに承諾しているところ、かかる時点で謀議行為が認められる。確かに、上記謀議行為後、乙は甲が包丁を手にしているのを見て「俺はひかせてもらうで。」と離脱の意思表示をしている。しかし、甲は「口答えするな。」と一喝して乙の頭付近に回し蹴りを食らわせ、乙はその場に意識を失って倒れているところ、甲が乙の承諾によって形成した犯意の強化という心理的因果性が何一つ遮断されていない。したがって、因果性は遮断されない。そうだとしても、乙は甲の回し蹴りによって意識を失っており、それ以降何らの関与もしていないところ、甲乙間において意思の共同性は認められず、かかる点において意思の連絡が認められない(㋐不充足)。

   (ウ) したがって、共謀が認められない(①不充足)。

   ウ よって、共同正犯の客観的構成要件を充足しない。

 (2) 以上より、乙に傷害致死罪の共同正犯は成立しない。

 2 乙が甲の依頼を承諾した時点で既に甲は傷害罪の故意を有していたところ、傷害の故意を生じさせるに足りる行為たる「教唆」行為にはあたらず、傷害致死罪の教唆犯(61条1項、205条)も成立しない。

 3 乙が甲の依頼を承諾した点に傷害致死罪の幇助犯(62条1項、205条)も成立しない。

(1) 乙の上記行為によって甲のAに対する暴行の犯意は強化されているところ、実行行為以外の方法によって甲の実行行為を容易にする「幇助」行為にあたる。前述のとおり、甲はかかる心理的因果性に基づいて実行行為にでている。

(2) もっとも、乙は甲の上記行為について正当防衛(36条1項)が成立すると誤信しているところ、責任故意が阻却される。

  ア 故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難にあるところ、違法性阻却事由も規範たり得る。

    そこで、行為者の認識において違法性阻却事由が認められる場合には、責任故意が阻却されると考える。

  イ 本件では、乙の上記幇助行為時点において、甲から正当防衛の範囲で一緒に反撃してくれるよう依頼されているにすぎないところ、乙の認識では甲の行為に正当防衛が成立する。

  ウ したがって、責任故意が阻却される。

 4 以上より、乙には何らの犯罪も成立しない。

 

第2問

1 甲が、Aの氷屋という「建造物」に、管理権者Aの意思に反して立ち入り「侵入」した行為に建造物侵入罪(130条)が成立する。

2 甲が、Aの氷屋の事務机から8万円を窃取し店から150mほどのところでAの腹部を蹴飛ばした行為に事後強盗罪が成立する。

(1) 甲は「他人の財物」たるAの現金8万円を、占有者Aの意思に反して自己の占有に移転し「窃取」しているため、窃盗罪(235条)が成立し、甲は「窃盗」にあたる。

(2) 甲は、氷屋から150mかつ上記窃盗行為後間もない時点という上記窃盗行為と時間的場所的接着性の認められる段階でAの腹部を強く蹴飛ばしているところ、窃盗の緊急状態の解消されていない窃盗の機会にAの反抗を抑圧するに足りる程度の不法な有形力行使にでたといえ「暴行」にあたる。

(3) 上記行為は、「逮捕を免れ」る目的であるといえる。

(4) よって、甲の上記行為に事後強盗罪が成立する。

3 甲が、Bに対し、正面衝突し、よって全治1週間の打撲傷を負わせた行為に強盗致傷罪(240条)が成立する。

(1) 甲は上記のとおり「強盗」にあたる。

(2) 甲の上記行為は強盗の機会に行われたものであり、強盗致傷罪の実行行為にあたるといえる。

  ア 同条の趣旨は、強盗犯が強盗の機会に被害者に傷害を負わせることが刑事学上顕著であることにかんがみ、政策的に特に重く処罰しようとした点にある。

    そこで、強盗致傷の原因行為が強盗の機会に行われていれば実行行為性が認められると考える。

  イ 本件では、甲は上記事後強盗行為の直後にBと衝突しており、強盗行為と時間的場所的接着性が認められる。また、かかる行為は強盗たる犯罪達成に向けられたものといえる。以上にかんがみれば、上記衝突行為は強盗の機会に行われたものといえる。

  ウ したがって、実行行為性が認められる。

(3) 上記行為によって、Bは1週間の傷害を負った。

(4) よって、甲の上記行為に強盗致傷罪が成立する。

4 甲がAの顔面を殴打した行為に事後強盗罪が成立する。

5 以上より、甲の一連の行為に①建造物侵入罪②事後強盗罪③強盗致傷罪④事後強盗罪が成立し、④は②と時間的場所的に近接した同一の法益侵害行為であり②に吸収される。①と②は目的手段の関係にあるため牽連犯となり、①②と③は別個の法益侵害行為であるところ、併合罪(45条)となる。

以上

 

[1] 最判平成29年4月26日決定参照。考慮要素は①行為者と相手方との従前の関係②予期された侵害の内容③侵害の予期の程度④侵害回避の容易性⑤侵害場所に出向く必要性⑥侵害場所にとどまる相当性⑦対抗行為の準備の状況⑧実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同⑨行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容、等。