法律解釈の手筋

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一橋ロー入試 平成31年度(2019年度) 刑法 解答例

解答例

第1 第1問 小問1 (以下、刑法は法名略。)

 1 Xが毒物入りの清酒をBの旧知の者の名義で宅配業者に差し出し、B方に向けて発送した行為に、殺人未遂罪(203条、199条)が成立する。

 (1) Xの上記行為は宅配業者に差し出したにすぎないものの、なお殺人罪の「実行に着手」したといえる。

   ア 実行の着手論は、行為者の犯行計画ないし認識を基礎として事態の進行が犯行の進捗度合いという観点からみて未遂処罰にふさわしい段階に至っているかを問うものである[1]ところ、①必要不可欠性②障害の不存在③時間的場所的近接性の観点から、実行行為との密接関連性を検討すると考える。

   イ 本件では、Xは、毒物入りの清酒を宅配業者に差し出し、宅配業者がB方に発送し、それをBが飲酒することで殺害することを計画している。清酒に毒が入っていると通常考える者はいないことにかんがみれば、宅配業者は漫然とB方に発送することが想定される。また、XはBの旧知の者の名義で発送しているところ、Bは旧知の者からの差入れであれば、なんの疑問もなしにかかる清酒を飲むはずである。以上にかんがみれば、Xは宅配業者及びBを道具として利用している。また、自己の犯罪として利用する正犯意思が認められる。そして、Bが毒入りの清酒を飲めば死に至る現実的危険性が認められるところ、Xの上記行為は、殺人罪の実行行為それ自体にあたる。

ウ したがって、Xは既に殺人罪の「実行に着手」したといえる。

 (2) 毒入りの清酒はCが海に廃棄してしまっているところ、Bの死という結果が発生していない。

 (3) よって、Xの上記行為に殺人罪が成立する。

 2 以上より、Xはかかる罪責を負う。

第2 第1問 小問2

 1 Xが殺意をもって、第1の1の行為によってVを殺害した行為に、殺人罪(199条)が成立する。

 (1) まず、Xの上記行為が殺人罪の実行行為にあたることは、前述のとおりである。

 (2) Vは死亡している。

(3) Vの死という結果は、XがB方に差し出した毒入りの清酒をVが飲んだことによるが、なおXの行為との間に因果関係が認められる。

   ア 法的因果関係とは、当該結果発生を行為者に帰責できるかという問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化した場合に因果関係が認められると考える。

   イ 本件では、確かにVがB方にあった毒入りの清酒を飲んだという介在事情が存在する。しかし、かかる介在事情は、Xがかかる清酒をB方に発送したために起きたのであるから、Xの上記行為に誘発されたといえる。また、B方にある清酒をBでなく、Bの親族や友人などの関係者が飲むということは通常考えられる事態であって、Vが清酒を飲んだことは介在事情として異常性を有しないといえる。

   ウ したがって、Xの上記行為とVの死との間に因果関係が認められる。

(3) XはBを殺害する意図で上記行為を行っているのに対し、客観的にはVの死という結果が発生しているものの、なお故意(38条1項)が認められる。

   ア 故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難でありかかる規範は構成要件という形で一般国民に与えられている。そこで、同一構成要件の範囲内で重なり合いが認められる場合には、規範的障害を克服したといえ、故意が認められる。

   イ 本件では、主観的にはBに対する殺人罪であるのに対し、客観的にはVに対する殺人罪が成立しているところ、およそ人に対する殺人罪という限りで同一の構成要件内での重なり合いが認められる。

   ウ したがって、Xに故意が認められる。

 (4) よって、Xの上記行為に殺人罪が成立する。

第3 第2問

 1 Xが、D社の出版する刑法のテキストC(以下、単に「テキスト」という。)を紹介してくれたお礼の趣旨として、Eから10万円分の商品券を受け取った行為に収賄罪(197条1項)は成立せず、何らの罪責も負わない。

 (1) Xは国立A大学法学部教授であるため、「公務員」にあたる(国立大学法人法19条、刑法7条1項)。

 (2) Xは、法学部3年生Cから、B教授主催のゼミ内で刑法の勉強会を開催するにあたり、いいテキストを紹介してほしいとの依頼を受けたのに対して、テキストを推薦したにすぎず、かかる推薦行為はXの「職務」にあたらない。

   ア 「職務」とは、公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の執務[2]をいう。賄賂罪の保護法益は職務の公正及びそれに対する社会の信頼にあることからすれば、かかる執務は一般的職務権限に属する範囲のものであれば足りると考える。また、同保護法益からすれば、一般的職務権限の範囲に属するかが明らかでない場合であっても、①職務を遂行する上で必要とされる準備的行為、②本来の職務の内容に影響を及ぼすような密接な関連性を有する行為も、「職務」に含まれると考える。

   イ 本件におけるXの上記行為は、法令上、少なくともXの一般的職務権限の範囲内に属するとはいえない。また、Xの紹介したテキストは、Xの主催ゼミナールで使用するわけではなく、民法担当のB教授のゼミ生が、ゼミ内での勉強会で使用するにすぎない。そうだとすれば、このような行為は、職務を遂行する上で必要とされる準備的行為とはいえないし、また、本来の職務の内容に影響を及ぼすとも言い難い。

   ウ したがって、Xの上記行為は、「職務」にあたらない。

 (3) また、仮にXの上記行為が「職務」にあたるとしても、10万円にすぎない商品券は社交儀礼の範囲内といえ、「賄賂」にあたらないと考える。

   ア 「賄賂」とは、公務員の職務行為の対価として授受等される不正な利益[3]をいい、有形・無形を問わず、人の需要・慾望を満たすに足りる一切の利益を含む[4]と考える。もっとも、社交儀礼としての範囲内に属する贈与については、そもそも職務との対価関係が認められず、「賄賂」にあたらない[5]と考える。

   イ 本件では、Xの受け取った利益は、10万円分の商品券であるところ、Xの給与の1か月分の半分に満たないであろうことは明らかである。また、Xの行為は、自己のゼミ生でない学生Cに対するテキストの紹介であることからしても、教育に対する熱意からなされたものであることが強く伺われるのであって、その結果としてD社の業績が回復したにすぎない。以上の事情にかんがみれば、かかる利益は、社交儀礼の範囲内であるといえる。

   ウ したがって、Xの受け取った10万円分の商品券は「賄賂」にあたらない。

 (4) よって、Xの上記行為に賄賂罪は成立しない。

 2 以上より、Xは何らの罪責を負わない。

以上

 

[1] 樋口亮介「「実行の着手」—最高裁第一小法廷平成30年3月22日判決を踏まえて—」法科大学院ローレビュー13号(2018)60頁。

[2] 山口青本・481頁。

[3] 山口青本・484頁。

[4] 大判1943(明治43)年12月19日参照。

[5] 最判1975(昭和50)年4月24日参照。