第1 屋外広告物規制(以下、「本規制①」という。)の憲法適合性
1 本規制①は、以下のとおり、憲法21条1項に反し、違憲である。
2 まず、屋外に広告物を掲示する自由は、表現の自由として憲法21条1項により保障される。
3 次に、かかる自由は、本規制①により制約されている。
4 そして、かかる制約は、以下のとおり、形式的に正当化されない。
(1) 表現の自由については、委縮効果の生じるおそれが強いため、高度の規範の明確性が要求される(明確性の原則)。そこで、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れる場合には、明確性が認められると考える。
(2) 本規制①の許可要件は、「歴史的な環境を向上させるものと認められる」場合と定めるが、「向上」がいついかなる場合に認められるかは、一般人の理解において直ちに文言から読み取れない。また、「歴史的な環境の向上」については、そもそもC地区の歴史がどのようなものであるのか、江戸時代風の街並みがどのようなものか、という専門技術的な判断が必要であり、一般人がこれを判断することは難しい上、これを明確化する下位法令等もない。そうだとすれば、本規制①は、一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるかの判断ができない。なお、本件のような歴史的環境の維持・向上が規制目的の場合、広告物の内容に着目したり行為の違法性に着目したりして限定解釈をすると規制目的の達成が困難になるため、合憲限定解釈によって要件を明確化することもできない[1]。
(3) したがって、本規制①は、明確性の原則に反する。
5 仮に形式的に正当化されるとすれば、以下のとおり、実質的には正当化される。
(1) まず、広告物の掲示は、費用が低廉で、極めて容易に永続的かつ広範囲への伝達が可能であり、その重要性は高い[2]。もっとも、本件の制約態様は、表現内容に着目したものではなく、表現の方法及び場所に着目した、いわゆる表現内容中立規制であり、表現内容規制に比べるとその規制態様は弱い。たしかに、「歴史的な環境を向上させるものと認められる」かどうかは、当該広告物が伝えようとしているテーマも含めて総合的に判断される点で表現内容規制にも見えるが、テーマそれ自体をもって規制するわけではない以上、表現内容規制とまではいえない。なお、恣意的な運用がされている場合には、適用違憲をもって対応可能である。そこで、①本件規制目的が重要で②規制手段が必要な限度にとどまり、③代替的伝達経路が確保されている場合でない限り、違憲になると考える。
(2) 本件規制目的は、歴史的環境の維持・向上にあるところ、C地区の街並みに溶け込んでいない看板等が未だ3割残っていることにかんがみれば、かかる目的は重要といえる(①充足)。また、本件規制は、特別規制区域内にとどまっており、かつ、特別規制区域としてはC地区のみを想定しているのであるから、歴史的な環境の整備の重要性の高い地区に限定されている。たしかに、本規制①は、広告物を原則として一律に禁止する点で、必要な限度にとどまるとはいえないようにも思える。しかし、歴史環境の維持・向上のためには、広告物の形状や色等が街並みに溶け込んでいるかが重要であり、原則として一律に禁止しない限り、目的達成が困難である。また、市長によって歴史環境の向上が認められる場合には広告物の掲示が許可されるという例外もある。したがって、本規制①は、必要な限度にとどまるといえる(②充足)。さらに、C地区での演説による表現活動は禁止されておらず、近隣の別地区による広告物の掲示等も許されることにかんがみれば、代替的伝達経路が確保されているといえる(③充足)。
(3) したがって、本規制①は、実質的に正当化される。
6 よって、本規制①は、憲法21条1項及び同31条に反し、違憲である。
第2 印刷物配布規制(以下、「本規制②」という。)の憲法適合性
1 本規制②は、以下のとおり、憲法21条1項に反し、違憲である。
2 まず、印刷物を配布する自由は、表現の自由として、憲法21条1項により保障される。
3 次に、本規制②は、路上という、本来表現活動に自由に利用できる場所での印刷物配布を禁止している点において、上記事由が制約されているといえる。
4 そして、かかる制約は、以下のとおり、制約されない。
(1) 印刷物の配布も費用が低廉で、当該地域の者をターゲットとした伝達手段として有効であり、重要性が高い。もっとも、本規制②も、印刷物の配布という表現方法に着目した表現内容中立規制にとどまる。そこで、前述の同様の基準により判断する。
(2) 本件規制目的は前述のとおりであり、C地区の歴史・伝統とは無関係の各種のビラが路上で頻繁に配布されるようになっていることからすると、かかる規制目的は、重要である(①充足)。しかし、本規制②は、C地区でのビラ配布を一律に禁止する。たしかに、原則としてビラ配布を一律に禁止しなければ目的達成は難しいが、本規制①と同様に、例外的な許可制を設けることは可能といえる。また、本規制②は、特別規制区域内の店舗の関係者が自己の営業を宣伝する印刷物を路上で配布する場合は歴史的環境を損なわないとしてビラ配布を許容するが、必ずしもそういえるとは限らず、特別規制区域内の店舗関係者を不当に優遇するものといえる。以上にかんがみれば、本規制②は、必要な限度にとどまるとはいえない (②不充足)。
(3) 以上より、本規制②は、憲法21条1項に反し、違憲である。
以上
[1] 大分県広告物条例事件判決(最判1987年(昭和62年)3月3日 刑集第41巻2号15頁)の伊藤正己補足意見参照。伊藤正己補足意見は、広告物規制について、政治的意見の表示を含む広告物には適用されないという限定解釈に限ってではあるが「美観風致の維持を目的とする本条例について、右のような広告物の内容によつて区別をして合憲性を判断することは必ずしも適切ではない」とする。明確性の要請との関係では、条例施行規則や裁量基準(許可要件の運用基準や指針)によって対応することになろう。このような条例施行規則等の下位の法規範によって具体化することで明確性の要請を充足できるかどうかについては、論点であるが、広島市暴走族追放条例事件判決(最判2007年(平成19年)9月18日刑集61巻6号601頁)が、「暴走族」の意義について、条例施行規則まで参照して合憲限定解釈をすることにより合憲判決を下していることからすれば、判例は下位の法規範による明確化を肯定していると思われる。施行規則等による明確化が許される根拠を一般に公示されていることに求める場合、裁量基準によって明確化することも許されることもあると思われる。もっとも、明確化の要請が強く働くような場合には、このような下位の法規範による明確化を認めない見解もあるだろう。これらについては、横大道聡・編著『憲法判例の射程[第2版]』(弘文堂、2020年)「不明確性・過度広汎性」(吉川智志)358頁参照。
[2] 前掲注(1)・大分県広告物条例事件判決の伊藤正己補足違憲参照。