解答例
第1 設問1
1 AはBに対して売買契約(555条)に基づく代金支払請求をすることが考えられる。
(1) まず、AはBと甲地の売買契約を締結している。
(2) もっとも、Bは、甲地が売買契約締結後に地震で海没しており、536条1項によって自己の売買代金債務も消滅したと反論することが考えられる。これに対して、Aは、甲地は特定物なのであるから、534条1項が適用されるため、BのAに対する売買代金債務は消滅しないと再反論することが考えられる[1]。
ア 534条1項は任意規定であり、特約によってその適用が排除可能である。したがって、特約なき限り、特定物には534条1項が適用されると考える。
イ 本件ではAB間に所有権移転時期などの特約はなかった。また、地震による甲地の海没は、「債務者の責めに帰することができない事由」にあたる。
ウ したがって、Bの反論は認められない。
(3) もっとも、Bは、AがCに対して甲地を売却し登記を移転させた時点でAのBに対する所有権移転債務の履行が不能となっており、契約を解除(543条)してかかる債務を免れる、と反論することが考えられる。
ア AがCに対して甲地の所有権登記を移転した時点で、Bに対して登記を移転することが不可能となっており、「履行」が「不能」となっている。
Bは解除の意思表示をする。
イ なお、Aは帰責事由がないと反論するかもしれないが、甲地をBに売却したAがかかる事実を認識しながらCに売却したことは故意があり、帰責事由がある。
ウ したがってBのかかる反論は認められる。
(4) よって、Aの上記請求は認められない。
2 AはCに対して売買契約(555条)に基づく代金支払い請求をすることが考えられる。
(1) まず、AはCと甲地の売買契約を締結している。
(2) もっとも、Cは、甲地が地震により海没しており、536条1項によって自己の売買代金債務も消滅したと反論することが考えられるが、前述のとおり、かかる反論は認められない。
(3) よって、Aの上記請求は認められる。
第2 設問2
1 BはCに対して所有権(206条)に基づく甲地の所有権移転登記抹消登記手続請求をすることが考えられる。
(1) BはAと甲地売買契約を締結しており、甲地所有権を取得している(176条参照)。また、Cは甲地所有権移転登記を保持している。
(2) もっとも、Cは、甲地の所有権移転登記を具備したことによって、Bは177条により甲地所有権を確定的に喪失したと反論することが考えられる。
ア CはAと甲地売買契約を締結しており、後述の「第三者」(177条)にあたる。
イ CはAとかかる契約に基づいて甲地の所有権移転登記を取得した。
(3) これに対して、Bは、Cに背信性が認められ「第三者」にあたらないから、上記反論は認められない、と再反論することが考えられる。
ア 177条の趣旨は、登記という画一的処理によって取引の安全を図る点にある。
そこで、「第三者」とは、当事者又はその包括承継人以外の者であって、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいうと考える。そして、自由競争原理から単なる悪意者は「第三者」に含まれるが、背信的悪意者はもはや自由競争原理を逸脱しており、「第三者」にはあたらないと考える。
イ 本件では、確かにCはAB売買について知っていた。しかし、Cは専ら自己の事業のために甲地を取得しようとしていただけであり、Bを妨害する意図はなく、背信性は認められない。
ウ したがってCは「第三者」にあたり、Bの再反論は認められない。
2 よって、Bの上記請求は認められない。
第3 設問3
1 Bは、AがBに対する財産移転義務の履行不能と同一の原因であるCA売買によって4000万円の利益を得ていることを理由に、代償請求権[2]を行使してAのCに対する4000万円の債権の譲渡を請求することが考えられる。二重譲渡における履行不能に代償請求権が認められるか[3]。
- 二重譲渡における履行不能では、第2売買の所有権移転登記によって売主は履行不能になり、かつ第2売買の売買代金を取得しているため、同一の原因によって売主は利益を得たといえる。
そこで、代償請求権が認められると考える。
- 本件でも、代償請求権は認められ得る。しかし、そもそもBもAに対する代金債務3000万円を免れており、3000万円は損益相殺される。また、1000万円についても、Aの才覚によって発生した利益であり、Cの損害とはいえない。したがって、本件では、Cに損害が認められず、代償請求権は認められないと考える。
以上
[1] AB間ではなくAC間で書いたほうが問題点を明確にできるため良いのかもしれない。そもそもAB売買では既に引渡しがなされているため、有力学説たる引渡時説に立ったところで結論が変わらない。
[2] 改正法422条の2「債務者が、その債務の履行が不能となったのと同一の原因により債務の目的物の代償である権利又は利益を取得したときは、債権者は、その受けた損害の額の限度において、債務者に対し、その権利の移転又はその利益の償還を請求することができる。」
[3] 肯定説否定説ともに有力。
肯定説の理由は、答案に述べたとおりである。これに対して、否定説の論拠は(1)売買代金は第2売買契約の履行の結果として得たもので、第1売買契約の履行不能を原因として発生したものではないこと(2)売主自身が自己の才覚・技能を用い、取引を介して得た利益は「代償」ではないこと等があげられる(潮見佳男『プラクティス債権総論<第4版>』信山社76頁参照)