解答例
第1 設問1
1 第1に、後訴に前訴既判力が作用し、裁判所は拘束されないか。
(1) 既判力とは、確定された判決の主文に表された判断の通有性[1]をいう。その趣旨は紛争解決の一回的解決という制度的要請にあり、正当化根拠は手続保障充足に基づく自己責任にある。
そして、前訴既判力が後訴に作用する場合とは、前訴既判力と後訴の訴訟物が①同一②先決③矛盾のいずれかの関係にある場合であると考える。
(2) 前訴既判力はいかなる範囲に生じるか。
ア 既判力の物的範囲(「主文に包含するもの」114条1項)とは、審理の簡易化・弾力化の観点から、訴訟物に限定されると考える。
イ 一部請求の訴訟物がいかなる範囲であるかが問題となるが、原告の処分権主義と被告の副次的応訴の負担の調和の観点から、当該請求が債権総額の一部であることの明示があったと評価される場合にはその一部が訴訟物になり、明示がないと評価される場合には、禁反言の観点から債権総額が訴訟物になると考える。
本件では、500万円の賃料支払い請求が、800万円の未払い賃料の一部であることの明示がなされている。したがって、明示があったと評価され、本件訴訟物はXのYに対する賃貸借契約に基づく500万円の賃料支払請求権となる。
(3) これに対して、後訴訴訟物は800万円の未払賃料の残部であるXのYに対する賃貸借契約に基づく300万円の賃料支払請求権である。したがって、前訴既判力と後訴訴訟物は、①ないし③のいずれの関係にもない。
(4) よって、前訴既判力は後訴に作用せず、裁判所は既判力に拘束されない。
2 第2に、本件後訴は実質的に前訴の蒸し返しであるとして、信義則により遮断されないか。
(1) 最判平成10年6月12日(以下「平成10年判決」という。)によれば、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないとする。なぜなら、一部請求で敗訴したということは、原告の合理的意思の観点から債権総額を基準に債権の不成立や消滅による不存在とされた債権額を控除されたはずであり、実質的に残部について債権が存在しないという判断がなされているのが通常だからである。そうだとすれば、被告は原告から残部請求をされないと期待し、かかる期待は合理的であるのに対し、原告の全部請求を認める必要性は低い。
そこで、判例の規範に従って検討する。
(2) 本件では、原告は、未払賃料800万円の内500万円について一部請求をし、かかる請求が棄却されている。本件では、債権総額が800万円と確定しているため、かかる債権総額を基準にすることができる。また、同債権は100万円の賃料8か月分であり、債権の均質性が認められるところ、裁判所は一部請求の債権が不存在とするには、自ずから債権総額について審理判断し、残部が存在しないと判断しているといえる。
したがって、本件では特段の事情は認められず、判例の射程が及ぶ。
(3) よって、裁判所は、本件訴えは信義則に反するとして却下判決をすべきである。
第2 設問2
1 未払い賃料および口頭弁論終結の日までの損害賠償請求について
かかる請求部分は、訴訟終了までに債権が発生し、当事者に攻撃防御の機会が与えられるため、現在給付の訴えにあたる。
したがって、紛争解決の必要性・実効性が認められ、訴えの利益が認められる。
よって、かかる訴えは適法である。
2 口頭弁論終結後の損害賠償請求について
(1) かかる請求部分は、当事者に攻撃防御の機会が与えられている時点で損害が発生しない、いわゆる将来給付の訴えであるところ、「あらかじめその請求をする必要」(135条)がなければならない。すなわち訴えの利益の問題であるところ、上記請求に訴えの利益が認められるか。
(2) 訴えの利益とは、当該訴訟物について、紛争解決をする必要性・実効性をいう。そして、将来給付の訴えについては、いまだ請求権が現実化していないため、原則として訴えの利益は認められない。
もっとも、①請求の基礎となるべき事実関係または法律関係が既に存在し、その継続が予想され、②請求の成否について債務者に有利な将来の事情の変動として、明確に予測しうる事由があり、かかる事情の立証を請求異議の訴えによって、債務者に課すことが不当とはいえない場合には、紛争解決の必要性・実効性が認められるといえ、訴えの利益が認められると考える。
(3) 本件では、既に、YはXに対して賃料の支払いを怠っており、損害賠償請求の基礎となるべき法律関係は既に発生している。また、ある時点から継続してその支払いを断っている。そして、かかる賃料はXの甲土地に作業小屋を建てて金属加工を行っているという態様のものであり、かかる不法占有状態を解消することは容易にはなし得ない上、作業小屋の存在により賃料債権が発生し続ける以上、法律関係の継続が十分に予想される(①充足)。そして、債務者としては、作業小屋の撤去や損害賠償額の支払いという明確に予測しうる事由によって有利な事情の変動をもたらすことができるため、起訴責任を転換しても当事者の衡平を害することはない(②充足)。
(4) したがって、紛争解決の必要性・実効性が認められ、本件未発生の損害分についても訴えの利益が認められる。
よって、かかる訴えも適法である。
以上
[1] 高橋概論・251頁