法律解釈の手筋

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『ロースクール演習 民事訴訟法[第2版]』 問題24 解答例

解答例

 

第1 設問1小問1 (以下、民事訴訟法は法名略。)

 1 裁判所は、甲債権乙債権ともに成立・存在し、相殺適状にあるとの心証を形成しているところ、甲債権と乙債権はその対等額において消滅することになる(民法505条1項)。したがって、甲債権250万円は乙債権との相殺によって全額消滅することになる。

   よって、裁判所は請求棄却判決をすべきである。

 2 裁判所の上記判決により、いかなる範囲に既判力が生じるか。

 (1)  既判力とは、既判力とは、確定された判決の主文に表された判断の通有性[1]をいう。その趣旨は紛争解決の一回的解決という制度的要請にあり、正当化根拠は手続保障充足に基づく自己責任にある。

    そして、既判力の物的範囲(「主文に包含するもの」 114条1項)は、審理の簡易化・弾力化の観点から、訴訟物にのみ生じるのが原則である。また、時的範囲は、当事者に手続保障が与えられていたといえる時点、すなわち事実審口頭弁論終結時に生じる。そして、人的範囲は、原則として手続保障の及んでいた当事者にのみ及ぶ(相対効 115条1項1号)。

    もっとも、相殺の抗弁は、それ自体が訴訟物となり得反訴提起の実質がある。そこで、債権の二重行使防止の観点から、例外的に判決理由中の判断であっても既判力が生じる(114条2項)[2]

(2) 本件では、まず訴訟物であるXのYに対する金銭消費貸借契約に基づく250万円の貸金返還請求権の不存在について既判力が生じる。また、本件では、Yは相殺の抗弁を主張し、これについて裁判所が審理し、乙債権が発生・存在しているため甲債権と相殺されるとの判断をしているところ、YのXに対する請負契約に基づく350万円の代金支払請求権のうち、「対抗した額」すなわち250万円の限度において、その不存在に既判力が生じる。

    次に、かかる既判力は、前訴事実審口頭弁論終結時を基準時として生じる。そして、XYにのみ及ぶのが原則である。

第2 設問1小問2

 1 裁判所は、甲債権が発生・存在し、乙債権が発生したが弁済により全額消滅したとの心証を形成しており、他に甲債権の発生を障害・消滅・阻止する事実は主張されていない。

   したがって、裁判所は請求認容判決をすべきである。

 2 裁判所の上記判決により、いかなる範囲に既判力が生じるか。前述の基準により検討する。

   本件では、まず訴訟物であるXのYに対する金銭消費貸借契約に基づく250万円の貸金返還請求権の存在について既判力が生じる。また、本件では、Yは相殺の抗弁を主張し、これについて裁判所が審理し消滅したとの判断をしているところ、YのXに対する請負契約に基づく350万円の代金支払請求権のうち、「対抗した額」すなわち250万円の限度において、その不存在に既判力が生じる[3]

   次に、かかる既判力は前訴事実審の口頭弁論終結時に生じており、XY間にのみ及ぶのが原則である。

第3 設問2

 1 裁判所は、甲債権の発生・存在を認め、他方、乙債権による相殺の抗弁を不適法却下しているところ、Xの請求を認容すべきである。

 2 裁判所の上記判決が確定した場合、いかなる範囲に既判力が生じるか。前述の基準により判断する。

   本件では、まず、訴訟物であるXのYに対する消費貸借に基づく250万円の金銭返還請求権の存在について、前訴事実審の口頭弁論終結時を基準に、XY間で既判力が生じる。

   次に、Yの相殺の抗弁であるが、本件では、相殺の抗弁は時機に遅れた攻撃防御方法にあたるとして却下されており、裁判所が乙債権の発生・存在について実質的な判断をしていない。このような場合には、債権の二重行使という趣旨が妥当しない以上、既判力が生じないと考える。したがって、乙債権については何らの既判力も生じない。

第4 設問3

 1 Xは乙債権の相殺行使が権利の濫用にあたるとして、原判決破棄差戻しの判決を受けているところ、これに対してさらに上告していく必要性、すなわち上告の利益が認められるかが問題となる。

 2 処分権主義の観点から、控訴の利益は裁判所の裁量的判断に左右されるべきではない。そこで、基準の明確性という点から、第1次的には当事者の申し立てと判決主文を比較して、後者が前者よりも原告に不利な場合には、上告の利益が認められると考える 。もっとも、実質的な救済の見地から、補充的に、判決効が後訴において不利に働く者についても、上告の必要性があり、上告の利益が認められると考える[4]

 3 本件では、裁判所は原判決破棄差戻しの判決をしており、原判決破棄を求める控訴人Xにとって、かかる判決は不服申し立てと比較して不利でない。したがって、形式的には上告の利益が認められない。もっとも、破棄差戻しによって第1審に差し戻されると、第一審裁判所は、かかる差戻理由に拘束される(裁判所法4条)。そうだとすると、差戻しされた裁判所では、相殺の抗弁に供した乙債権が存在することを前提に審理することとなる[5]。これは、乙債権の存在自体を争いたいXにとっては、破棄差戻し判決の効力が不利に及ぶと考える[6]

 4 したがって、Yには上告の利益が認められる。よって、Xは相殺権の不存在を主張して上告または上告受理の申立てをすることができる。

第5 設問4

 1 まず、Yとしては別訴を提起して、乙債権の残部である100万円について請求していくことが考えられる。

   別訴提起の場合、133条1項に基づき、訴状を裁判所に提出するという手続きを踏まなければならない。

 2 もっとも、それでは本件訴訟における訴訟資料を継続的に使用することができず、妥当でない。そこで、Yは、本件訴訟において反訴(146条1項)を提起することが考えられる。反訴の要件を充足するか。

 (1) 「関連する請求」とは、反訴請求が本訴の請求や防御方法と内容または発生原因事実において共通すること[7]をいうところ、本件では、Yがした相殺抗弁と同じ債権を訴訟物として反訴提起しようとしており、防御方法と内容発生原因事実が共通である。

    したがって、「関連する請求」にあたる。

 (2) 本件は、第一審判決が出されたにすぎず「口頭弁論の終結」に至っていない。また、「著しく訴訟手続を遅滞させる」(同項2号)事情もなく、請求の併合要件(136条)も当然充たす。反訴請求は他の法定専属管轄に属してもいないし、反訴も禁止されていない。

 (3) もっとも、控訴審での反訴は相手方の審級の利益を奪う。そこで、反訴被告の同意がある場合に限り、本件反訴提起が認められる(300条1項)。

 (4) そして、控訴審における反訴提起の場合、控訴審裁判の審判対象は控訴及び付帯控訴の不服申立ての限度に限られる(304条)ため、付帯控訴(293条)の方式に基づいて手続きしなければならないと考える[8]

以上

 

[1] 高橋概論251頁参照。

[2] 条文の文言では「成立又は不成立」に既判力が生じるとされているが、「存在又は不存在」に生じると解釈するのが一般的な見解であり、しかも存在について既判力が生じることはないため、「不存在」に既判力が生じると解釈することになる。

[3] 乙債権がそもそも不存在である場合も訴訟物との対抗額の限度で既判力が生じることに注意。本問でいえば、350万円全額の不存在に既判力が生じるのではなく、あくまで250万円の限度で請負代金請求権の不存在に既判力が生じることになる。なお、既判力の生じなかった残額100万円について後訴において請求した場合については、一部請求の全部又は一部棄却判決後の残部請求において信義則により後訴遮断を認めた最判平成10年6月12日とパラレルに考えることができ、信義則による後訴遮断によって対応することになると考えられる。この問題について、勅使川原和彦『読解民事訴訟法』(有斐閣、2015)198頁参照。また、平成29年度司法試験予備試験設問2参照。

[4] 高橋概論358頁参照。

[5] 反論があるとすれば、この点だと思われる。すなわち、破棄差戻審で拘束されるのは相殺権の濫用の有無の問題だけであり、相殺に供した乙債権がそもそも不存在であるかどうかについて差戻審は拘束されないという考え方もあり得る。同書解説247頁前者の見解である。本参考答案例は、後者の見解に拠る。

[6] 最判昭和45年1月22日参照。

[7] LQ518頁参照。

[8] 最判昭和32年12月13日参照。